投稿者:aki

 

 

前回の記事で、大日本帝国の軍隊では壮絶なイジメがあり、その様子を簡単に説明しました。

 

それだけでは、信じられないという人もいるので、本記事では具体的な体験談を中心に紹介します。

 

 

こちらはショッキングな内容が含まれているので、そう言うのが苦手な方は読まない方がいいかもしれません。

 

 

 

大日本帝国時代の日本人のモラル

 

 

戦争体験者の話を読んでいると、暴力の話が沢山でてきます。

 

 

敵への暴力ではなく、味方である日本人に対しての暴力です。ちょっとした事でイチャモンをつけて、過剰な暴力をふるっていました。海軍・陸軍関係なくです。

 

 

人も戦闘力の1つですから、大切に扱うのが本当です。怪我をしたら使い物になりませんし、健康は大事です。昔から我が国は物資が不足しているので、人を大切にしなければならないのです。

 

 

上下関係があるとは言え、戦友をストレス解消のように暴力をふるっていた人達が大勢いたことに驚いています。イジメを止めようとしない仲間も酷いです。

 

 

 

訓練中の暴力で叩き殺された特攻隊員もいたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同胞と、日本のくだらない国家観に未来ある若者が殺されたのです。

 

 

 

特攻の裏側

 

 

 

特攻隊を美化する人は多いです。

 

 

お国の為に勇敢に敵に突っ込んでいった...という話ばかり強調されますが、そんな建前を真に受けるのは、子供だけにして下さい。本音と建て前を使いわける大人が騙されてはいけません。

 

 

本当は死にたくなかった、家族の事を考えた...という話は腐るほど残っています。同調圧力に逆らえなかったと。

 

 

敵よりも上官の方が怖いから向かって行った人もいたそうです。

 

 

これはパワハラと言います。

 

 

同調圧力によって死ぬ闘いをさせるのは、命令とも言いますが、同胞殺しです。

 

 

命令でも同調圧力でも、同胞殺しです...。

 

 

大日本帝国のブラック国家ぶりは枚挙にいとまがありません。

 

 

特攻隊員にヒロポンを打って、ハイにして出撃させた話も残っています。

 

 

 

 

 

元軍医の証言は是非動画で見て欲しいです。

 

 

 

よく分からないものを打たせるとは、コロナワクチンに通ずるものがあります。

 

 

こっちの方が酷いですが...。

 

 

 

 

 

 

 

 

加害者を責めたくなりますが、こんな風に晩年になって苦しむ姿をみると、かわいそうになってきます...。

 

 

笑って飛び立って行った...みたいなところだけ切り取れば、「国の為に喜んで命をささげた若者」という美談ができあがります。しかしその裏で、気持ちをハイにさせる工作があったのです。

 

 

 

「裏工作をされて突っ込んだ現実」や「加害者の苦しみ」を無かったことにして、「お国の為に自ら死んでいった」という美談にする風潮に怒りを覚えます。

 

 

こうして話してくれる人は氷山の一角です。表に出ない酷い話もまだたくさんあるはずです。

 

 

美談の皮を一枚めくってみると...

 

 

特攻は相当美化されています。

 

 

笑って死んだのは、ヒロポンを打ったからではなかったのか...。

 

 

遺書に前向きな言葉を書いたのは、手紙を検閲されて家族に危害が及ぶことを恐れたからではなかったのか...。

 

 

当時の人が、「任意で自ら進んで死んだ」という事になっていますが、任意の部分は、作りが多いです。

 

 

任意にしたら、命令した上官は責任を問われなくて済むからです。都合が良いんですよ。「国の為に死ぬのは私の意志です」と言わせる方が。

 

 

「ワクチンは任意だった」「サインしたお前が悪い」と言って、騙して推奨した人が逃げ回っていますが、あれと骨子は同じです。

 

 

「特攻は志願だった」という設定ですが、命令だったと証言している人がいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

以下の記事にも、特攻の証言が紹介されています。

 

 

憲法と戦争

 

 

 

 

特攻失敗組が入る「振武寮」

 

 

元々、死ぬことに憧れる教育で洗脳されていたので、特攻を志願する人もいたみたいですが、基本的に特攻は同調圧力と命令で成り立っています。

 

 

ワクチンと同じです。建前は強制ではないとしているけど、実際は同調圧力が大きな力を発揮しました。

 

 

自ら死ぬこと、特攻が命令だったことが良く分かる話があるので紹介します。

 

 

特攻は時々失敗していました。例えば、飛行機がボロくて戻ってきた...とか、燃料もれ...とか、本人の責任ではない事もありますが、当時の日本は、戻ってくる事自体が「恥」という扱いでした。

 

 

死んだはずの軍神が生きていてはおかしい...という理屈です。戦争の目的がズレています。

 

 

陸軍では特攻隊員として出撃したものの、何らかの要因により攻撃に至らずに帰還し
た特攻隊員を、次の出撃まで人目につかないよう秘密裏に「振武寮(しんぶりょう)」と呼ばれる施設に隔離していました。

 

 

 

「九電記念体育館」跡地で帰還特攻隊員を隔離差別した【振武寮】発掘を!

 

 

 

 

 

振武寮は、現在の福岡県福岡市中央区にあった大日本帝国陸軍第6航空軍司令部
内にありました。帝国海軍航空隊には、同様の施設の存在は知られていないそうです。

 

 

ここまで読んだ方なら、だいだい察しがつくと思いますが、この施設の実態もご多分に漏れず酷くて、特攻失敗組は人間として扱われませんでした。

 

 

振武寮では、罵倒され足腰が立たなくなるほど殴られる等、非人道的な事が行われていました。仲間の中には耐え切れず自殺した人もいたそうです。

 

 

「振武寮」に隔離された元陸軍 特攻隊員の証言など(文字起こし)

 

 

 

元第二十二振武隊所属 大貫健一郎さんの証言

 

「お前たち命が惜しくて帰ってきたのか。そんな死ぬの嫌か。卑怯者だとか、死んだ連中に申し訳ないと思わないかとか、そういことを毎日毎日言う訳です。おまえら人間のクズだと。」

 

 

元第六十五振武隊所属 片山啓二さんの証言

 

「振武寮に入ったらビックリしましたね。周り見たらもう出撃して死んだと思っていた奴らがごろごろしとったんですね。ここは特別攻撃隊の収容所かと思いましたね。そのときの参謀の態度も非常に腹が立ちましてね。腕組みして長靴履いた足をバーンとこういう(机の上に足をのせる)格好でだしましてね。ふんぞり返って、貴様らなんで帰ってきた。飛行機が具合悪かったんでございます。悪かったのはお前らの腕前だろ。」

 

 

 

 

先に紹介した大貫氏は、特攻が生きて帰ってはマズい理由を知ることになります。

 

 

『ヒロポンと特攻 太平洋戦争の日本軍 / 著者:相可文代』

 

 

出撃前には「軍神」と呼ばれ、生き神様として扱われた我々特攻隊員でしたが、生き残るや一転、国賊扱いとなったのでした。

 

振武寮に収容されて一週間ほどが過ぎたころでしょうか。ひょんなことから出撃名簿を見る機会を得たのですが、私は強い衝撃を受けました。

 

我々第二二振武隊一二人のうち五名は帰還したにもかかわらず、沖縄作戦で飛び立った日付で戦死公報が作成され、軍籍から抹消されていました。

 

つまり、我々は飛び立った瞬間に戦死したことになっているわけで、軍司令部にしてみれば、いまさら生きて帰ってこられても扱いに困るということですね。

 

倉澤参謀が我々に与える仕打ちの理由が、書類上からも明確になりました。私、大貫健一郎は戸籍上、名誉の戦死を遂げていたのでした。

 

(124~125p)

 

 

勝つことが目的ではなく、最初から死ぬことを前提にしているあたりが意味不明です。

 

 

しかも、これを美しい事のように語るわけです。

 

 

死ぬことを目的にする事自体が異様ですし、それを美しいとする発想は、生き残る為、守る為にある軍隊の存在意義を否定しています。

 

 

死ぬことが目的と聞いたら、生贄みたいで、悪魔崇拝を彷彿とさせます。

 

 

 

上官は責任逃れ

 

 

徹底した暴力で支配した軍隊ですが、

 

 

終戦後、上の立場の者ほど、責任逃れをした人が多かったみたいです。

 

 

『愛国者の条件 昭和の失策とナショナリズムの本質を問う 著者 / 半藤一利 戸高一成(2006年12月4日 初版発行)』

 

 

私は太平洋戦争の本質、ひいては現代日本社会をつくり上げてきた本質は、あの特攻作戦にあると考えています。

 

 

古今東西の戦史を見てみると、実のところ特攻作戦のような攻撃は枚挙にいとまがありません。

 

 

アメリカの南北戦争では、ポトマック川河口のチェサビーク湾に停泊中の北軍砲艦ホウサトニックに、南軍の潜航艇ダビッドが爆薬を装着して体当たりし、撃沈したことがあります。当然ながら、指揮官ディクソン中尉以下全員戦死しています。人によっては、世界貿易センターへの同時多発テロを「特攻のようだ」と感じたかもしれない。

 

 

しかし、これらと太平洋戦争における特攻作戦は決定的に違っています。

 

 

特攻作戦は、制度として体当たり攻撃部隊を編制し、制式兵器としての体当たり専用兵器を開発し、上官の命令によって隊員に体当たり攻撃を命じた、前代未聞のものであって、今日の自爆テロとは、成り立ちからして違うのです。制度として正式の手続きを踏んでつくられた体当たり攻撃部隊が、特攻部隊なのです。

 

 

そして冒頭の対談でも触れているように、上官たちは「俺も後から行くから」と約束して隊員たちを送り出した。つまり「死んでこい」という命令を出した。

 

 

ところが、終戦時に「約束」を守ったのは大西瀧治郎中将と、宇垣纒中将の二人だけでした。大西は割腹し、宇垣は部下と共にという点で問題があったにせよ、艦上爆撃機の「彗星に乗り込んで沖縄に向かって帰りませんでした。

 

 

それで、残った上官たちはどうしたか。当然のように「死ぬことよりも、戦後の復興に尽くすことが自分の役目」と気づき、隊員たちと交わした命をかけた約束などきれいさっぱり忘れてしまうのです。

 

 

さらにひどいことに、彼らは戦後一貫して特攻隊員たちは自発的に志願したと主張し、自らが死を命じた責任をかき消そうとし続けました。

 

 

私が問題にしているのは上官たちが腹を切らなかったことではありません。隊員たちとの約束を破り、保身のために過去を偽ったことなのです。そして、こういう人間がつくっていった戦後が、どのようなものであったか。

 

 

他人に死を命じながら、命をかけた約束を忘れてしまった人間、そしてそれを許容した社会がどうなっていったか。はたして「美しい国」であったかどうか。

 

 

ですから、私にとっての「美しい国」の姿ははっきりしています。それは、ただひたすら「約束を守る国」であり、しっかりと「責任をとる国」であり、そして「命をかけた約束は守る国」であることにほかなりません。

 

 

そうやって考えると、戦後日本がいかに「美しくない国」であったかが見えてきます。公約を守ろうとしない政治家、そしてそれを黙認する有権者。

 

 

あるいは、昨今の耐震偽装問題に代表されるような民間企業の偽装隠蔽体質。そのような大人を見て育った子どもたちに、どれだけ愛国心を教えようとしたところで、およそこの国に対する自信や誇りを持つことはできません。できたとしても、それは「偏狭なナショナリズム」でしかないはずです。

 

 

戸高一成(44~46p)

 

 

満州でも同じです。逃げたそうです。

 

 

 

 

(7:38~)

 

 

指揮官にあたる上官はみんな逃げて居ないの。

 

 

 

(2:20~)

 

 

自分達を守ってくれるはずの日本軍は、駅や線路を爆破し、既に撤退。

 

 

 

酷い話ですが、支配者にとっては天国です。命令するだけして、あとは知らんぷり。

 

 

 

大日本帝国は奴隷社会

 

 

結果が全てを物語っています。やってる事をみたら、国民は使い捨てです。

 

 

下っ端の者には国を愛せと強要されますが、上の立場の人からすれば、下っ端は切り捨ててもいい、どうでもいい存在なのです。

 

 

奴隷の定義をご存じでしょうか?

 

 

奴隷 Wikipedia

 

 

人間でありながら人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の私有財産や所有物として取り扱われる人のことである。

 

 

所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされた。

 

 

奴隷を許容する社会制度を特に奴隷制という。

 

 

日本には奴隷制がなかった、素晴らしい国だ...と言う人がいますが、大日本帝国の国民、軍隊が、バッチリあてハマっています。

 

 

歴史作家の加治将一氏が、奴隷の定義について分かりやすく説明してくれているので、参考になります。

 

 

 

 

 

日本人は奴隷と呼ばれない奴隷です。

 

 

いや、死ねと言われるので奴隷以下です。

 

 

国家による国民への虐待

 

 

日本はお上に甘く、下っ端に対してはキツイ国です。昔から。

 

 

「虐げられる側」の立場に立って考えると、戦前の日本には戻りたくないと思います。しかし、あのような非人道的な行為を良いと思っている人もいます。

 

 

そう考える人はおそらく、戦争になった時、「虐げられる立場」ではなく、「支配する側」に立てる可能性がある人でしょう。それか、昔支配していた側の末裔か。

 

 

その理由だったら、国民にとってマイナスでしかない社会システムや戦争を素晴らしいと言うのも納得です。

 

 

戦前回帰を叫ぶ一部の人達にのせられて、「戦前の日本人はカッコイイ!」と思っている若者もいるみたいですが、徴兵制が復活したら極上の虐めも復活すると思いますよ。

 

 

男ばかりの生活でしたから、おそらく、数%はいたと思うんです。ジャニー喜多川氏のような上官が...。

 

 

ちなみに日本は男色文化が昔からあります。

 

 

男色の開祖?空海は日本の仏教界に男色ブームをもたらした

 

 

日本では武士の世界においても武将と小姓との間に男色関係があったという例は数知れず、また江戸時代に流行した陰間茶屋(少年版の売春居酒屋・料理屋)の例を見ても、男色が世間で浸透していた文化であることがわかります。ごく最近まで同性愛などはタブー視されていたように感じますが、それは明治以降のこと。それ以前は意外と普通に受け入れられていた文化だったのです。

 

 

 

 

 

戦時中はこの文化があったかどうか分かりません。どうだったんだろう?

 

 

でも、この文化が残っていて狙われたら、上官の命令は絶対ですから...。

 

 

戦争は同胞殺しが行われます。それは日本以外でも同じです。

 

 

 

 

私が戦争に反対なのは、敵国ではなく、自国が国民を殺すからです。

 

 

愚かな戦い

 

 

うちにも特攻で戦死した身内がいますが、このような実態を知ってからは印象が変わりました。

 

 

いい作戦であれば生き残れたかもしれないのに、それをさせないように仕向けたのです。使い捨てにされたと思っています。

 

 

 

特攻だったら少しでも敵を倒せる可能性があるんだ...という意見もあるかもしれませんが、体を武器にするほど物資が不足している時点で、もう負けなんですよ。

 

 

突っ込んだところで、人の切れ目が攻撃の切れ目。多勢に無勢でやられてしまいます。負けるまでの時間を引き延ばすことはできても、勝つことはできません。

 

 

同胞を物扱いする時点で、戦争の動機「日本人を、味方を守る」という本来の目的がどっかいってます。本末転倒になっていることに誰も気づいてないのが怖いです。

 

 

「お国の為」だと言って敵に突っ込んだ若者がいたとしても、その背景に、洗脳と暴力と支配があった事を忘れてはいけません。

 

 

同胞によって殺されのですから、最も美化されるべきではない戦術です。

 

 

数年前に起きた自爆テロを、カミカゼと言われてしまったり...。

 

 

世界に非人道的な文化を残してしまったのですから、恥ずかしいと感じて、反省しなくてはならないでしょう。

 

 

 

 

カテゴリー
タグ

 

 

現在の日本国憲法は、国民の人権を守ってくれているのですが、そのありがたみが分かっていない人が多すぎます。

 

 

日本を守るために憲法を変えなければならない...と考えている人は、今の憲法では国民を守れないと考えていて、よく次のような事を言われます。

 

 

●敵が攻めてきたらどうするんだ

 

 

●丸腰はダメだ。

 

 

●自分の国は自分で守らなければいけない。

 

 

●昔の日本人は国の為に勇敢に戦った。

 

 

●今の日本人が戦えなくなったのは、GHQによって弱体化させられたからだ。

 

 

●GHQのせいで自虐史観を植え付けられて、日本人は自信が持てなくなった。

 

 

●GHQに支配される以前の日本人の精神はすごかった。

 

 

●他国を支配していない、解放したんだ。日本人が悪い事をしたというのはデマだ。

 

 

これらのうち、本記事では「昔の日本人は国の為に勇敢に戦った。」や、「GHQに支配される以前の日本人の精神はすごかった。」という部分を深掘りしていきたいと思います。

 

 

日本の軍隊の魅力

 

 

最近「昔の日本人の強さ」や「戦うこと」を褒めているコンテンツをよく見かけます。以下のようなCMも多いです。

 

 

 

 

 

 

主に戦争や、日本軍の事を指しているのだと思います。

 

 

こんなキャッチコピーを見たら、カッコイイと思いますし、自分もこうなりたいと思うのではないでしょうか。私もヒーローものの作品は大好きですから、気持ちは分かります。

 

 

 

でも、私は歳をとった軍隊経験者を沢山見てきましたが、そんなに強いと感じた事はありませんでした。

 

 

現代の日本人より感情を表に出す傾向が強かったですが、一方で、長い物に巻かれる性質も持っていました。ここは現代の日本人と変わりません。

 

 

でも、上のCMはそのような現実は無視して、カッコいい話ばかりが紹介されます。

 

 

戦前や戦中の日本人は、本当はどうだったのか、強かったとしたらそれは何故なのか、その理由を考えてみます。

 

 

軍隊の実態

 

 

圧倒的に不利な戦局でも、命を惜しまず立ち向かった...というと、強靭な精神の持ち主のように感じます。そして日本軍は、現実にそういう戦い方をしていました。

 

 

ただし、その表面だけを見てはダメです。彼らの心理を深掘りして考えないと実態は見えてきません。

 

 

日本軍は、凄く強かった一方で、角度を変えたらとても弱い面を持っていました。

 

 

具体的に言うと、弱者に対しては強く、お上に対しては弱かったのです。だからあのような、負ける闘いでも向かって行けたのです。

 

 

改憲派による日本軍の美談では語られませんが、実は日本軍は徹底した縦社会で、イジメの巣窟でした。

 

 

 

陸軍海軍もどちらも同じです。

 

 

 

ちなみに、陸軍には特攻に失敗した人を収容する「振武寮(しんぶりょう)」という施設があり、そこに入った特攻失敗者は、人として扱われず、暴言や暴行を受けていました。

 

 

大日本帝国の軍隊の虐めレベルは、現代の学校や職場の虐めなど足元にも及びません。

 

 

その環境に放り込んで、軍人としての人格を作っていったのですが、そのプロセスを調べると、宗教みたいです。

 

 

何処の国の人間でも、このやり方で鍛えると、狂っていくと思います。

 

 

戦争に行きたいとか、昔の軍隊を崇拝している人達は、これらを知った上で、軍備増強や徴兵制を望んでいるのでしょうか?

 

 

日本人の精神は変わっていないので、軍国主義になったら、極上の虐めが復活し、同胞からの暴力と暴言を楽しむことができるでしょう。

 

 

ではどうやって、そんな異常な社会を作っていったのか、その方法を解説します。

 

 

大日本帝国に相応しい人間の作り方

 

 

大日本帝国では、全ての国民を洗脳していました。一般国民が余計な事を考えないようにしたのです。

 

 

その為には、冷静にさせないように、人々の精神が高揚するスローガンを連発して、精神主義の大切さを徹底的に叩き込んでいました。

 

 

そして、それぞれの施設で教育されます。

 

 

まず、子供時代。学校の授業での洗脳です。

 

 

小学校では、教科書は神話で溢れており、大和民族がいかに優れているかが描かれ、天皇は神であると教え込まれました。

 

 

「天皇に尽くすことこそが、日本国民の神聖な義務であり、最高の名誉である」ことを、学校で繰り返し教え込まれるので、子供の時から奴隷脳になり、軍国少年・少女になりやすいです。

 

 

そしてその後、軍隊に入ると、もっと本格的な洗脳を受けられます。

 

 

『上官の命令は、直ちに、天皇の命令なりと心得よ』と教え込まれるので、上官に逆らう強さは養われません。多くの下級兵隊は、どちらかというと組織内での保身のために、理不尽な事にも従うようになります。

 

 

酷いのは、初年兵教育のイジメです。「鉄拳制裁」や「いびり」が当たり前だという証言は多数残っています。

 

 

『日本刀の刃と同じで、兵隊は叩けば叩くほど強くなる』という“論理”で、兵隊を人間として扱いませんでした。

 

 

殴られなかったのは、入隊した日と予防接種を受けて熱が出た日の三日くらい。それ以外は毎日朝から晩まで、上官から殴られるような異常な環境。それでも、反発しなかったそうです。

 

 

暴力は、裏にびょうの付いた編上靴や木刀等を使うこともありました。怪我をさせてもお構いなしです。

 

 

上の者が言うことに絶対服従の『ロボット』にするために、かなり意図的にやっていたみたいです。ちょっと調べたら、こういう話がゴロゴロでてきます。

 

 

徹底した精神的・肉体的暴力によって、「真っ当な人間の人格・良心・尊厳を壊し、元々備わっている感情や考えを、殴って殴っていじめ抜いて『空』にしていたそうです。

 

 

そして、自分が上官になったら、同じ事を部下にすると...。

 

 

一階級でも上の兵、少しでも先に入隊した兵の言葉には絶対服従です。彼らに逆らうことは、天皇に逆らうこと...という理論がまかり通っていました。

 

 

 

ただのイジメ

 

究極の縦社会なので、イジメられる後輩も先輩も狂っていきます。

 

 

国家によって青春を奪われ、良いようにこき使われて殴られたら、気持ちが荒んできます。しかも、いつ死ぬか分かりません。

 

 

古い兵は、退屈しのぎ・憂さ晴らしで私的制裁を加えるようになるし、部下はどんな非人道的な命令でも、「あいつは良くやっている。度胸がある」と言ってもらいたいがために、上官には忠実に従いました。

 

 

イジメにハマった教育係上官以外の古年兵は、「言葉づかいが悪い」「生意気だ」「動作が遅い!」「服装が悪い!」などと、適当な理由や因縁をつけては殴っていました。

 

 

特に高い教育を受けていた人はターゲットにされ、徹底的に痛めつけられたそうです。

 

 

これを敵に対して行っているのではなく、同胞に対してなので相当ヤバイです。身内は戦力です。それを無駄に傷付ける非効率な組織だったので、戦争で酷い負け方をしても不思議ではありません。

 

 

では、どうしてこんな事になるのかというと、当時の日本が、政治×軍隊×宗教なので、社会の運営が、カルト式になるのでしょう。

 

 

天皇の命令=上官の命令という設定なので、上に逆らえないから、みんなバカになります。問題に気付いて指摘するような、優秀で勇敢な人は処分されます。

 

 

そうなると、上官は間違いを訂正することができないのでバカになります。

 

 

縦社会はみんなの能力を潰すので、バカが命令して、バカが従うという組織ができあがります。

 

 

敵の人権

 

 

よく「アジアを解放したんだ。現地の人から感謝された。日本人は侵略も悪い事もしていない」と言う人がいます。

 

 

落ち着いて考えましょう。ご説明したように、日本軍は身内に対しても酷かったわけです。愛国と言いながら、同胞に対する愛は全く感じられません。

 

 

そんな人達が、敵にだけ優しい...という事があるでしょうか?

 

 

答えはNOです。身内に酷い事をする奴は、敵とみなした相手に対しては、もっと酷い事をするものです。これだと理屈が通ります。

 

 

私が戦前・戦中の日本人の悪事を説明する時に、外国人に対する悪事ではなく、まず同胞に対する悪事を紹介するのは、これを説明する為です。

 

 

 

日本軍は軍隊内で基本的人権が守られていない状況でしたし、さらに、敵の捕虜となることも許されませんでした。それ以前に、「人権」と言う概念さえなかったように見えます。

 

 

自分の人権は蔑ろにされ、同胞の人権も平気で踏みにじる...そんな状態なので、「劣等だと見下していた外国人」の人権は当然考えません。

 

 

ちなみに、「俺たちが行ったお陰で、インフラが整って発展した」みたいな事を言って、日本人が凄く良い人達だったかのように言われていますが、表向き友好の形を取っているだけで、実際は日本人以外を見下していました。

 

 

満蒙開拓平和記念館(長野県):本人が語る76年前の「地獄の逃避行」 国策による苦難の歴史伝える

 

「満洲国の『五族協和』なんてとんでもない話で、日本人は一等国民、朝鮮人は二等、中国人は三等と、もうあからさまの差別。だから暴動が起きるのは何の不思議でもない」

 

 

現地の人は迷惑したと思いますよ...。

 

 

余談ですが、戦争中、日本軍が「食料は現地調達」「捕虜は持たず」という無責任な命令をしたのは有名です。そんな命令すればどうなるかというと、現地で、略奪や虐殺をするようになります。

 

 

軍人としての経験が少ない時、殺人、略奪などの「やりたくない命令」をされた場合は、「こいつらのせいで、俺たちは苦労しなけりゃならないんだ」「皇軍の言うことを聞
かない劣等民族は、懲らしめられても仕方ない」と言い聞かせ実行していたそうです。

 

 

当時の人の証言を読むと、根底に差別意識が見え隠れします。

 

 

 

人権が守られるありがたさ

 

 

昔の日本人が強かったのは、徹底した洗脳で、ロボットになったからです。

 

 

現代は国民の人権を日本国憲法が守ってくれているので、当時のような酷いことはできません。非人道的なことをやって、世間にバレたらバッシングです。

 

 

しかし、改正して人権が守られなくなると、戦前のようになります。

 

 

つまり、憲法を改正すると、外国からも、同胞である日本人からも攻撃されるのです。日本人は両方からのダメージでボロボロになるでしょう。

 

 

味方が敵になるのが戦争なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続編は以下の④です。

 

 

日本国憲法の大切さについて考える

 

 

カテゴリー
タグ

 

日本国憲法と、その恩恵を受けている今の日本がいかにありがたいか...を、これから解説していくつもりですが、まずは、反対意見を解決する必要があると思っています。

 

 

前回も説明しましたが、よくくるのが、このような反論です。

 

 

●敵が攻めてきたらどうするんだ

 

 

●丸腰はダメだ。

 

 

●自分の国は自分で守らなければいけない。

 

 

●昔の日本人は国の為に勇敢に戦った。

 

 

●今の日本人が戦えなくなったのは、GHQによって弱体化させられたからだ。

 

 

●GHQのせいで自虐史観を植え付けられて、日本人は自信が持てなくなった。

 

 

●GHQに支配される以前の日本人の精神はすごかった。

 

 

●他国を支配していない、解放したんだ。日本人が悪い事をしたというのはデマだ。

 

 

 

これらのうち、本記事では、自虐史観について考えてみます。

 

 

 

自虐の定義

 

 

GHQのせいで自虐史観を植え付けられて、日本人は自信が持てなくなった。

 

 

...という話はよく聞きます。従って、まず「自虐」の定義から。

 

 

自虐とは、「自分で自分をいじめ苦しめること。自分の肉体や心をいためつけること。」を意味します。

 

 

そして、自虐史観とは、wikipediaによると、

 

太平洋戦争(大東亜戦争)後の日本の社会や歴史学界、教育界における特定の歴史観を批判・否定的に評価する概念である。 この言葉を使用する論者が何らかの歴史に関する記述が日本の歴史の負の部分をことさらに強調して日本を貶めていると批判する際に用いられる。

 

 

...ということだそうです。

 

 

日本の歴史の負の部分をことさらに強調...ということなので、「負の部分」をどれだけ教育されたかを考えてみます。

 

 

大日本帝国時代の日本人が行った人権侵害

 

 

教育で教えられたかどうか...は置いておいて、まずは戦前、戦中の日本人が行った人権侵害を、今思いつくだけ書いてみます。

 

 

外国人に対してだけでなく、同胞に対しての行いもあげていきます。

 

 

 

●国民を騙して戦争に向かわせる

 

 

●密告し合う

 

 

●逆らったら家族にも影響がある

 

 

●上官は部下に酷い事をするのは当たり前だが、ヤバくなったら部下を放ってさっさと逃げる

 

●口減らしの為に貧しい人達を満州に追いやる

 

 

●アヘン漬け

 

 

●731部隊

 

 

●満州での地位は日本人の方が上(支配する側)

 

 

ざっとこれだけ思いつきました。戦争中とはいえ、酷い事をしたのは変わりないです。

 

 

よく「日本はインフラを整えた。喜ばれたんだ」と言う人がいます。たしかに良い事もしたのかもしれませんが、だからといって、悪事がチャラになるわけではありません。

 

 

身近な例に置き換えてみます。

 

 

例えば、他人の家庭に強引に押し入って、その家のものを略奪したり、奴隷にしたとします。その時、その家がボロいから改装したら、見違えるように綺麗になったとします。

 

 

押し入った人が、改装した事をピックアップして、「いい事したよね」と言ったらどう思いますか?

 

 

環境をよくしてあげれば、他人の家を乗っ取った事はOKになるのでしょうか?家が綺麗になって結果的に喜ばれれば良いですが、そうだとしても、最初の目的は問題があります。

 

 

悪事はチャラになりません。

 

 

また、本当に現地の人の為だけにインフラの整備を行ったのかも疑問です。日本人も同じ地で生活するなら、自分達が快適に過ごす為に、不便な環境を整備した...と考えるのが普通です。

 

 

とりあえず、日本人がやっていた人権侵害をいくつか上げてみましたが、次はこれらが、どれだけ教育現場で教えられているのかを考えてみたいと思います。

 

 

自虐を教育で教えたらこうなる

 

 

何処の国も自国の歴史を正当化しているのに、日本だけ自虐史観を植え付けられている...と言う人がいるのですが、とんでもないデマです。

 

 

日本は「自国の歴史」を悪く言ってはいません。

 

 

私は広島出身ですが、広島の学校の平和学習でさえ、被害者視点重視です。加害者視点は、私が知る限りありません。

 

 

広島は軍都だったので、加害の歴史を持っている地域ですが、それを教えられた記憶はないのです。

 

 

本当に自虐の授業なら、当時の政治や、責任者である天皇を問題視するはずですが、そんな教えはありませんでした。

 

 

当時の年寄りから文句を聞いた事はありますが...。

 

 

平和学習では、犯人探しみたいな事はせず、むしろ当時の政治の問題点に矛先が向かないように「かわいそう」「戦争はいけない」という感情論に持って行こうとしています。

 

 

平和学習の内容は、映画、本、漫画、証言者の話を聞く、感想を書く、歌を歌う、劇をする、折り鶴を折る、原爆ドーム・平和資料館訪問...等。覚えるより、体験型が多かったです。

 

 

繰り返しますが、日本人が行った悪い事...つまり自虐だと言われている要素は、習った記憶が全くありません。(...と言っても、日本人が実際にやっていた事を教えるなら、自虐ではなく事実というべき。)

 

 

もしこの広島式体験平和学習のスタイルで「自虐」を教えるなら、次のような内容になるはずですが、全くこうはなっていませんでした。

 

 

 

●元兵隊を学校に招き、具体的にどんな悪行を働いたのか証言してもらう

 

●アヘンにまつわる話を聞く

 

●731部隊で行われた研究の酷さを伝える為に、生徒に証言集を朗読させる。昆虫で再現実験。

 

●配給がどんなに少なかったか、当時の一日の食事の量がどれだけ少ないかを調理して体験。

 

●(高校生限定)軍隊に入る年代の子たちに、かつで軍隊でどれほどのパワハラがあったのか、体罰体験。

 

●洗脳講座。洗脳されてみる。

 

 

 

「日本人は悪いんだ、加害者として反省しろ」と、自信を失うくらい悪い部分を教えるなら、最低でもこのくらいの授業は必要でしょう。

 

 

こんな事を教えられたら、「日本人は悪い事をしたんだな」と思うかもしれませんが、こういう事は習いません。

 

 

日本人が悪い事をしたという話は、私の場合、年寄りの体験を聞いたり、大人になって調べて分かりました。

 

 

自虐を教えられたと思っているみなさん、心配する必要はないです。現場は自虐など教えてはいません。

 

 

むしろ、日本人の悪事に触れない、日本人を傷付けない内容になっています。

 

 

高校の日本史の教科書に、アヘン王「里見甫(さとみはじめ)」の名前すらないのです。

 

 

 

 

教科書に載ってない人物

 

 

ここに、25年くらい前の日本史の教科書があります。

 

 

 

 

「さ」行を見てみましょう。

 

 

 

 

...さ..さと....里見甫がないですね。

 

 

関東軍の命を受けて、情報の収集・統制を行い、アヘンの密売を取り仕切った「里見機関」のトップなのですが。

 

 

関東軍とは大日本帝国陸軍の総群の一つです。満州国で独裁的権限を持ち、日本の大陸政策の先兵となった日本陸軍部隊のことです。名前は中国北東部の「関東州」からきており、日本の関東地域とは関係ありません。

 

 

関東軍は、東京にある「中央政府のお金」ではなく、「アヘンを売ったお金」で戦争をしていました。関東軍の財源はアヘンだったため、その産地を拡大するように、戦線が拡大していったのです。

 

 

日本軍の占領地では、日の丸を掲げてアヘン売りが売りに来ていたので、中国人が日の丸を見みて、「あ、アヘン売りが来た」と思われていたそうです。

 

 

金の為なら、無知な同胞に、薬害だらけの遺伝子ワクチンを平気で推奨する民族の先祖はやることが違いますね。

 

 

我が国は、数十万人の中国人に健康被害を与えただけでなく、その金で武器を購入し、中国人を殺傷していました。

 

 

アヘンを売ったお金で、戦費と資源の調達。戦争の為に使うダイヤモンドやタングステンを購入してました。当然、このアヘンマネーには人が群がりました。これを「満州・アヘン人脈」と言います。

 

 

満州国の運営資金を握っていた里見甫は、民間人でありながら、東条英機、岸信介、佐藤栄作、愛知揆一、児玉誉士夫、笹川良一等も頭が上がらなかったと言われています。

 

 

彼は戦犯として巣鴨拘置所に拘留されたのですが、やがて不起訴になり無条件釈放されました。戦後は表に出ることなく一般市民として生涯を終えたので、知らない人が多いかもしれませんが、歴史上重要な人物であることは間違いありません。

 

 

このアヘン政策は、首相を総裁とし、外・蔵・陸・海相を副総裁とする「興亜院」および、「大東亜省」に掌握、立案、指導され、国策として計画的に展開されたので、出先の軍や機関が、暴走して勝手にやったものではないです。

 

 

誰がどう考えても鬼畜極まりない作戦であり、細菌戦や毒ガス戦等とならぶ、日本国家の大規模な戦争犯罪です。

 

 

それが載っていない教科書を採用しているので、日本人が傷つかない配慮がされています。

 

 

最近、「悪い事をした人物」は全部外国人だと言う人がいるのですが、里見家は源氏の流れをくむ武将の血筋で、「南総里見八犬伝」にもつながると言われているので、日本人です。

 

 

戦後は、大人しく暮らしたとのこと。

 

 

週刊現代 満洲国を裏工作で支えた「フィクサー」がいた…アヘン王・里見甫の「数奇な生涯」戦後は静謐な生き方を選んだ

 

 

 

名前はあるけど、問題点は載っていない

 

 

「岸信介」は....

 

 

 

 

354ページにあります。このページだけです。

 

見てみると、こうなってました。

 

 

 

 

 

戦後の話だけで終わってます。

 

 

戦前、戦中の活躍の方が重要だと思うのは私だけでしょうか。なんなんこの教科書...。

 

 

重要政策が載っていない

 

 

関東軍の「アヘン政策」はどうでしょう...

 

 

あ....

 

 

 

 

「アヘン戦争」が226ページにありました。

 

 

 

 

 

自国の闘いではない「アヘン戦争」はあるのに、肝心の日本の「満州国のアヘン政策」はないわけです。

 

 

後者の方が、日本にとって重要だと思うのは私だけでしょうか?この扱いの差の基準がわかりません。

 

 

ところで、この教科書の戦後の様子が書かれたページを見てみると、美空ひばりの名がでています。

 

 

 

 

歴史の教科書なのに、歴史に影響を与えた里見甫や、岸信介の活躍よりも、お茶の間を魅了した美空ひばりの方が重要みたいです。

 

 

なんということでしょう...。

 

 

美空ひばりは昭和を代表する歌手で、歌謡界では外せない名前です。しかし、歴史の教科書なので、歌手より、政治を動かした人物を、まずしっかり載せてほしいと思います。

 

 

 

紹介したのは、地元でも有名なバカ高校が採用した教科書なので、うっかり、自虐情報を載せ忘れたのかもしれません。

 

 

それとも私が見落とした自虐記述がどこかにあるのか...

 

 

もしかしたら、もっと優秀な人達が通う学校の教科書は、自虐的な内容が書かれているのかもしれません。

 

 

自虐を植え付ける為の教科書なら、事実である日本人の悪行が、これでもかこれでもかこれでもか...と書かれていて、恥ずかしくなる内容になるはずなんですが、そういうのが見当たらないのです。

 

 

 

これを自虐教育だと言われると、もう...不思議で不思議で不思議でしょうがないです。

 

 

 

何故なら、「日本人にとって都合の悪い事」に一切触れてない、甘やかし教育だからです。

 

 

だから、「日本人は悪い事をしていないと思う人」や「アジアのインフラを整えたから、日本は良い行いをしたと主張する人」が増えるのです。

 

 

日本人が本当に反省して、それで相手側から「でも街を発展させてくれたのは日本人だよね」と言われるなら分かりますが、

 

 

そもそも侵略した側なので、それで「街を発展させてやったのは俺たちだ」というのは、メッチャ図々しく支配者の理論です。

 

 

日本人は自信を持てなくなった

 

 

GHQのせいで自虐史観を植え付けられて、日本人は自信が持てなくなった。

 

 

...というストーリーが一人歩きしていますが、実際の教育現場では、自虐など教えられておらず、被害者の立場のみ教えられている事が、お分かりいただけたかと思います。

 

 

ということなので、教えられていない自虐史観によって、日本人は自信が持てなくなった...という話も成立しません。

 

 

そもそも、私が子供だった80年代はバブル期でしたが、大人は自信を持っていましたし、どちらかというと、「少しは謙虚になれよ」と言いたくなるぐらい横柄な大人が一杯いました。

 

 

もし、現代に自信のない日本人がいたとしたら、それはGHQのせいではないと思います。

 

 

 

続編は以下の③です。

 

 

日本国憲法の大切さについて考える

 

 

カテゴリー
タグ

 

2025年、参議院議員選挙の結果が出ました。

 

 

広島県選挙区から立候補した、無所属連合の谷本誠一氏は26,947票。

 

 

広島選挙区は、10人立候補したうち、2人しか通らないので、谷本氏は落選ですが、それにしても、この短い準備期間で、これだけ票を入れてもらえたのは凄い事だと思っています。

 

 

ありがたいの一言です。

 

 

今回、国政選挙を戦ったことで得たことや、学びも沢山あり、充実した一カ月間でした。

 

 

出馬の経緯

 

 

谷本誠一氏は26,947票です。

 

 

今回の結果を受けてガッカリされている方もおられますが、この選挙に至る背景を考えると、私は大健闘だったと思います。

 

 

出馬が正式に決まったのは、告示日の約一カ月前です。つまり、準備期間はわずか一カ月です。

 

 

「選挙運動はセレモニーみたいなものなので、当落にはあまり影響しない。それよりも、選挙期間までの間にしてきた準備が当落に影響する。その準備は一カ月前にはできていないといけない。」

 

 

...これは、2023年、呉市議会議員の選挙を手伝った時に、選挙参謀に言われた言葉です。

 

それがずっと頭にあったので、今回の挑戦は「票の獲得」という意味では無理ゲーだと思っていました。準備期間がなかったですから。

 

 

従って、「負ける事が分かっていても、その中でどんな成果を得るか」を考えて動きました。

 

私は谷本氏とは以前から「改憲勢力の危険性」について頻繁に話し合っており、とくにここ最近の日本美化、戦前回帰の流れに危機感を感じていました。

 

 

改憲派の勢いに押され、護憲を訴える声がだんだん小さくなっている中で、何とかしなければいけないと思っていた時に、出馬の話がきました。

 

 

憲法記念日の5月3日、無所属連合の共同代表である大西つねき氏が、広島に街頭演説に来られ、谷本さんが弁士を行った日でした。

 

 

谷本誠一 2025年5月3日

 

 

記事や動画などで伝えても、なかなか広がらないので、選挙運動を通じて、リアルの場で訴えることはとても意味があります。

 

 

そう思って本人の背中を推し、その一か月後に出馬が決まりました。

 

 

今回そのチャンスを与えてくれた無所属連合さんには本当に感謝しています。

 

 

無所属連合

 

 

組織力がない中で心がけていた事

 

今後選挙に出たい人の参考になればと思い、簡単に説明します。

 

選挙はお金を持っている人ほど出やすい仕組みになっています。供託金の他に、ポスターや、選挙カー、選挙ビラなどに、かなりのコストがかかります。

 

最もネックなのは供託金ですが、これは得票が少なければ没収となります。

 

 

ポスターは一応公費で出してくれる...事になっているのですが、条件があります。得票が少なく、供託金が没収になれば、公費では払ってもらえません。つまり、ある程度票がないと、ポスター代は自腹になります。

 

 

ポスターの掲示板は、広島県だと設置場所は全部で8073カ所。これだけの枚数が必要になります。ポスター代は印刷会社にもよりますが、私の給料の数か月分でした。

 

 

没収になるかどうかの境界線は、2022年の参院戦広島選挙区を例にすると、144,587票。この数字は、投票数や定数によって変動しますが、「だいたいこのぐらいの票以上を取らなければ没収」だと聞かされていたので、最初から、落選する事も、没収される事も分かっていました。

 

 

組織が整っておらず、知名度も準備期間もない状態では、無理ゲーです。

 

 

そう考える根拠は、過去の反コロナ界隈の仲間達が選挙に出た時の得票です。

 

 

特に2022年の参院選の情報は参考にしました。「このぐらいか」という目安はだいたい想像つきます。

 

私個人的には、告示日数日前に出馬を決めた埼玉選挙区から出馬した高橋やすし氏の票を目標にしていました。

 

 

谷本さんの場合は、マスクのイメージもあるので、マイナスからスタートです。これをどうやって巻き返すかも課題でした。

 

 

コロナ関係では参政党がいますし、護憲ではれいわのはんどうさんがいるので、票が割れる事が予想されます。

 

 

だから今回の選挙は、票がとれなくても、「今伝えなければならない事」を伝えるということに力を注ぎました。

 

 

 

お金をかけない選挙

 

 

できるだけお金をかけないよう、無理をしないように心がけました。

 

 

例えば、谷本さん本人の車にポスターを貼って選挙カーにしました。

 

 

スピーカーがついていないので、ウグイス嬢はなし。色んな所へ行って街頭演説をして撮影したものをアップするというスタイルを採用。

 

 

問題は運転手です。市議選の時に常に一緒だったドライバーさんは、今回は家庭の事情で全てに参加が難しく、他に運転できる人は、前半はポスター貼りに行くことになっていたので、それ以上負担かけられません。

 

 

その為、得に前半は谷本さんが運転することもありました。

 

 

行ったことがない場所がほとんどですし、街頭演説の場所選びには苦労しました。

 

 

選挙カーは公道は停められるのですが、あまりにも邪魔な停め方をすると、法律上は問題なくても、イメージが悪くなります。

 

 

人通りの多いショッピング施設でも何度か街頭演説をしましたが、うっかり敷地内に入るとマズいです。かといって、店から出てすぐ車に直行する人が多いので、離れすぎると聞いてもらえないといった問題もあります。

 

 

地元の仲間が誘導してくれた時は、迷わないので助かりました。街宣場所が想像できると、日程調整も楽になります。

 

 

何処に行ったらいいか分からないのが困りました。

 

 

最も過酷だったのは、ポスター貼りです。急なお願いだったのですが、忙しい中、色んな方が協力してくれました。ほぼコンプリートしたと思います。

 

 

伝えたかった事

 

 

谷本氏は政策を5つ掲げていましたが、得に訴えたかった事は、「ワクチンの問題」と「日本国憲法を守る」ことです。

 

 

ワクチンに反対する為には、日本国憲法によって人権が守られている必要があります。憲法を変えると、ワクチンを強制されたり、自由に意見が言えなくなったりする可能性があるので、最優先事項は護憲です。その為、街宣で最も多く話したと思います。

 

 

 

戦争の話をした理由

 

憲法の話と共に、合わせて戦争の話をする事もありました。「選挙と関係ない」と言われた事もあるので、その理由を説明しておきます。

 

 

憲法の話は、関心を持つ人が少ないし、伝えるのが難しいテーマだったりします。そして、護憲を主張する時は、改憲したい人達からの反論を想定しなくてはなりません。

 

 

反論意見で得に多いのが、以下のような話の展開です。

 

 

 

●敵が攻めてきたらどうするんだ

 

 

●丸腰はダメだ。

 

 

●自分の国は自分で守らなければいけない。

 

 

●昔の日本人は国の為に勇敢に戦った。

 

 

●今の日本人が戦えなくなったのは、GHQによって弱体化させられたからだ。

 

 

●GHQのせいで自虐史観を植え付けられて、日本人は自信が持てなくなった。

 

 

●GHQに支配される以前の日本人の精神はすごかった。

 

 

●他国を支配していない、解放したんだ。日本人が悪い事をしたというのはデマだ。

 

 

 

判で押したように、この展開を語られるので、護憲を拡散したかったら、このような意見に対してに、丁寧に答える必要があります。これに答えられなければ説得は厳しいです。

 

 

戦争の話は聞きたくない...という人もいます。悲惨なので気持ちはわかります。「憲法の問題を語るなら、それだけ話せばいい」...という意見もいただきます。

 

 

ですが、憲法単独の説明にしない方がいいのです。

 

 

何故なら、改憲派が、憲法の問題を語る時に、戦争や大日本帝国の話を持ちだすからです。

 

 

特に「攻められた時に丸腰はおかしい、9条を改正して戦えるようにしないと日本を守れない」...といった考えを覆すには、戦争の話をセットにする必要があります。

 

 

攻められるのが怖いから憲法を変えたい...と思っている人に、戦争の話題を避けて話すと説得できません。「攻められた時の不安」を解消する必要があるのです。

 

 

例えるなら、コロナが怖いと思っている人に、ただワクチンやマスクの危険性を説明しても、納得してくれないようなものです。ワクチンを打たない代わりに、大丈夫な方法がほしいわけです。

 

界隈でも賛否両論ありますが、怖い人の為に、私は必ず代替療法を提案します。怖くないんだよ~と説明してあげると、少し落ち着きます。

 

 

憲法の話と戦争の話をセットで語るのは、仮に闘えるようになっても、日本は守れないし、逆に危ないんだよ。今のままがいいんだよ...と言う事を伝える為です。

 

 

戦争の話をすると、揉める事もあります。

 

 

「被害者としての視点」と、「加害者としての視点」の両方を話してもらったつもりですが、得に日本を美化している方には、後者の話は受け入れがたかったようです。

 

 

その時は、選挙期間中ということもあり、詳しい説明ができかったのですが、終わったので、私も分かりやすくまとめていきたいと思います。

 

 

 

護憲を訴えてよかった事

 

 

今回、反コロナと護憲をセットに訴えたとことは、私が考えていた以上に良い結果につながったと思います。

 

 

当選はしませんでしたが、この問題を伝えたいという目的は達成されました。

 

 

最近の、戦前回帰を望んだり、日本を美化する風潮に「おかしい」と思っていた人達が、少しずつですが、反応してくれるようになったのです。

 

 

街宣の後、「僕も今の流れはおかしいと思ってました」といった事を言ってくれる人が何人もいました。

 

 

日本美化の設定に否定的なコメントをすると「反日」「日本人じゃない」というレッテルが貼られるので、それが怖くて何も言えない人がいると、私は前から思っていました。

 

 

ですが、誰かがハッキリ言う事によって、それを聞いた人が、「こんな意見を言ってもいいんだ」と思ってくれるようになったとしたら嬉しいです。最初に言うのは難しくても、誰かが言えば、言いやすくなります。言論弾圧は放置してはいけません。

 

 

 

そんな風にしたいので、これから、何故日本国憲法や戦後の日本の政治がマシなのかを、当ブログでも語っていきます。

 

 

続編は以下の②です。

 

 

日本国憲法の大切さについて考える

 

カテゴリー
タグ