2025年4月に、国民の人権を脅かすことに繋がるような法律が、いくつか施行されました。
一部の人達が危険を察知して、「SNSが規制される!情報統制が始まった!」...と、大騒ぎしていたので、記憶に新しいと思います。
ここ最近、戦前・戦中の大日本帝国の社会システムや、人々の性質などを記事にしているのですが、当時と比較すると、現代は酷くはなったとはいえ、まだマシです。
自分の頭で考えて、選択し、行動に移す自由は、かろうじて残されているからです。自分の命を守る自由もあります。
大日本帝国は、それすらも奪ったので、多くの国民が苦しみました。祖母が生前に「おばあちゃんらは、青春やなんか無かった」と言っていたのを思い出します。
現代の日本が、これ以上酷くならない為にも、かつて大日本帝国がどんな法律を作って国民を締め付けてきたのかを知っておく必要があります。
前回の記事では、言論弾圧に関するお話をしました。「治安維持法」によって、多くの日本人が亡くなった話は衝撃的です。
今回は、緊急事態条項や授権法を彷彿とさせる「国家総動員法」について考えてみたいと思います。
国民総動員法
国家総動員法(昭和13年4月1日法律第55号)の基本的な情報がこれです。
1938年第1次近衛内閣により日中戦争の長期化による国家総力戦の遂行の目的で、国家の全ての人的・物的資源を政府が統制運用できる(総動員)旨に関する法律である。
第73帝国議会で可決成立し、同年4月1日に公布、5月5日に施行された。第26代内閣総理大臣田中義一の下で1929年(昭和4年)に策定された「総動員計画設定処務要綱案」から発展した法律である。同年12月には満州における政策を統括する興亜院も発足した。
1945年(昭和20年)の大東亜戦争終結によって名目を失い、GHQ/SCAP被占領期にあって同年12月20日に公布された「国家総動員法及戦時緊急措置法廃止法律」(昭和20年法律第44号)により廃止され、効力が消失した。
当初は企画院第一部が所管し、商工省(現・経済産業省)工務局・鉱山局と連携して執行。
1943年(昭和18年)から降伏直後までは軍需省総動員局総動員課が所管し、大本営陸軍部、陸軍省兵器行政本部および農商省(現・農林水産省)商工局と連携。
軍需省解体後、本法律廃止までの残務整理は商工省大臣官房が担当した。
国家の全て...という部分が怖いですね。占領期に廃止されたということは、GHQがいなかったら、存在していたかもしれません。
wikiだと少し分かりにくいので、別の解説を参考にします。
『天皇財閥 皇室による経済支配の構造 / 著者:吉田祐二』
恐るべき「国家総動員法」の成立
これまで、日本のアジア進出および海外侵略とは、銀行と国策企業としての植民地会社を中核とする、天皇財閥の経営戦略であることを明らかにしてきた。
こうして対外進出を果たした日本は、迫りくる戦争に向けて軍事生産力の強化に乗り出したのである。
大日本帝国は、台湾、朝鮮、満州に続き、中国北部(華北)への進出を目指した。中国との全面戦争に突入した日本は、膨張する軍事支出、軍需物資の輸入増大に対応するため、直接的な経済統制下に入る。
総力戦(Total War)に備えるために、国をあげて「国家総動員体制」をつくり上げるのである。国家総動員体制とは何か?
昭和十三年(一九三八)に公布された国家総動員法のなかの定義を見て見よう(原文は、漢字は旧字体、平仮名は片仮名表記)。
第一条 本法において国家総動員とは、戦時に際し国防目的達成のため、国の全力を最も有効に発揮せしめるよう、人的および物的資源を統制運用するを謂う。
「総動員」とは、英語の「mobilize」の翻訳である。これは戦時に際して、政府はすべての物資、人命を、強制的に動かすことができるという、とても恐ろしい意味をもつ言葉である。
国家総動員法においては、「国家総動員上必要あるときは、勅令の定むる所により」、次のような、あらゆることが可能となるのである。
帝国臣民を徴用して総動員業務に従事せしめることを得(第四条)
物資の生産、修理、配給、譲渡その他の処分、使用、消費、所持および移動に関し必要なる命令を為すことを得(第八条)
新聞紙その他の出版物の掲載に付き制限または禁止を為すことを得(第二十条)
つまり国民すべてを「徴用」することができるのである。物資の生産や修理、移動など、必要なことなら何でもやらせることができるという、恐るべき目的が、この法律にはうたわれているのである。当然のように言論の自由などは完全に封殺された。これは現在の北朝鮮の体制とまったく同じである。
国家総動員法は第一次近衛内閣によって成立した。この法律により、政府は議会によって制定された法律によってではなく、勅令によって直接、国民を無制限に統制することができるようになったのである。
(122~124p)
強制的に動かせる対象に「人命」が含まれるのが恐ろしいですね。戦争末期は、命や尊厳が、使い捨ての物同然の扱いでした。
お気付きでしょうか?このように扱われる人の事を、日本語で奴隷と言います。
人間でありながら人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の私有財産や所有物として取り扱われる人のことである。所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされた。奴隷を許容する社会制度を特に奴隷制という。
国民総動員法は、ありとあらゆるものを絞り取る為に、国民を奴隷にする法律だと言っても過言ではありません。
現代だったら、国民を奴隷化するような法律は作れません。それは日本国憲法があるからです。
奴隷システムは何故できた?
法律より強いのが憲法です。
そして憲法は、国民ではなく、公権力側の人達が守るべき決まり事です。以下は現代の「日本国憲法」です。
憲法は権力者が守る決まり事。憲法は、権力者の暴走を止めるのが仕事です。

現代だったら、日本国憲法が国民の人権を守ってくれているので、それに反するするような法律は、憲法違反になります。
もし「自民党の改憲草案」のような内容に変更すると、国民の人権は守られなくなります。これは国民にとってはデメリットです。

戦前・戦中は、大日本帝国憲法でした。今の憲法とは中身が違います。
この時代なりに、国民(当時は臣民の立場)の事を考えていたのかもしれませんが、結果的に「人権を無視するような法律」がたくさんが作られて、それによって国民が犠牲になったのは事実です。
何故、「国民総動員法」のような国民を不幸にする法律ができてしまったのか、どのように実行されたのか見てみます。
『太平洋戦争と「国民総動員」 / 著者:小野賢一 けやき出版 1995年出版』
めざすは「軍備の充実」
戦後五〇年の今日、吟味しなければならないことがある。その一つが総動員の問題である。というは、九四年春に朝鮮有事を口実に、九五年一月には阪神淡路大震災を口実に有事法制の必要が説かれたが、この法制の原型は国家総動員法だからである。
国家総動員法は、近衛文麿が内閣をつくった直後にはじまった日中戦争のなかで立法が要請され、一九三七年十月の企画院創設にともない法案が作成された。すでに開戦とともに政府は、臨時処置として資金の使用と輸出入の統制をおこなったが、そのうえにたって総力戦体制をきずこうとしたのである。
法案は三八年二月、帝国議会に提出され、多少の紛糾があったが三月に議会を通過、天皇の裁可(承認)をへて同年四月一日に公布、五月から施行された。
なお、戦前の日本では明治憲法によって、議会が法案を通過させても天皇が承認しなければ法律とならないし、また天皇は一般の法律と同格の勅令というものを自由につくることができた。
議会は、真の立法権をもたなかったのである。
そのころ日本軍は、すでに中国の北京・上海・南京を占領し、内陸部の武漢にむかって進撃しようとしていた。
近衛首相は法案を提出した第七三帝国議会の施作方針で(三八年一月)、この法律が軍事に奉仕するものであることをあけすけにのべた。
すなわち、この法は物心両面にわたり、「国家総動員体制の完成を図る」もので、この方針にもとづいて「軍備の充実と国費の調達」につとめる。予算も「軍事の需要充足に集中」する。産業については「日満支〔日本・満州・中国〕を通ずる全体計画の下に我画生産力の拡充を図る」。ことに「国防上緊切なる物資の供給、重要産業の振興、輸出貿易の伸張に力」をつくす、という。
この主張にあるように、総動員体制はまず日本経済を直接軍事に奉仕させるもので、さらに植民地・占領地の力をも利用するものであった。
現代に比べると、議会がきちんと機能していなかったようです。まず、これが大きな問題です。
いうまでもないことだが、総動員法だけが国民にかかわったのではない。
治安維持法(二五年)や国防保安法(四一年)による弾圧が、ともに国民をおさえつけた。
特別高等警察(特高)と憲兵は、その担い手であった。うかつに不満や情報をもらすと処罰され、国家にかかわる重要なことは秘密とされた。
また文部省も、戦争にむけた国民精神総動員運動の主務官庁の一つであったし、その主任務である文教政策をつうじ青少年を精神的に動員することに力をつくしていた。
総動員法による統制は、日本経済と国民生活のすべての領域にわたり、年ごとに強まっていった。
今の人達は、権力が暴走しても、自由にしてたらいい、従わなければいい...と簡単そうに言いますが、戦前・戦時中にそれを実行するのは、かなりハードルが高そうです。
当時も、一応批判はあったみたいですが、進める力の方が強引です。
しかしこれには、戦前でも批判があった。たとえば法制定直後のことだが、東洋経済新報社編『日本経済の戦時編成』は、この法律は「政府の戦時統制に絶対服従する義務を負はせる」もの、「国民の服従宣誓書」、「政府への『白紙委任状』」であるという言葉をつかって問題にしている。
そうした批判もあったが、近衛内閣は三八年五月にこの法を施行した。法を直接適用した範囲は、北海道から沖縄までの内地と、樺太・台湾・朝鮮・南洋群島の外地である(四一年の改正法の骨組みは別項)。
それは、戦時ばかりでなく、平時から将来にそなえて準備することをふくんでいた。
当時、末川博教授は、東洋経済新報社の指摘を『国防経済法体制』のなかで別の表現で確認している。
改正された総動員法を「国防経済体制の根幹を法的に表現する基本法」だといい、
その国防経済は今日、統制経済とよばれているが、国防経済は「広い意味での政治的秩序」で、その秩序はこれまでの経済を「抑圧し規制する統制」によって実現されるものだから、そこには「権力的な要素が強大にはたらく」し、総動員とは「必要に応じいかなる方法でいかに強烈な統制でも成し得る」ものなのだと指摘している。
そして、「実際上の適用は各本条に基き更に改めて制定される勅令」によって統制・運用されると特徴づけている。
昔から、民意を無視して押し切っていたようです。
「戦時ばかりでなく、平時から将来にそなえて準備することをふくんでいた。」に驚きました。平時から備えるということは、永久に続くということなのでしょうか。
内容も酷く、これを法律と呼んでいいのかと言いたくなります。
それにしても総動員法自体は簡潔にすぎて、具体的な内容はつかみにくい。
実際は、この法律に膨大な数の勅令がともなっていて、なにをどう統制するかをしめしている。
だから総動員法は、具体的なことを権力者の自由にまかせる委任立法であった。
この法体系の根幹だけさだめておいて、その具体化は勅令を大量にだして統治するものである。議会はそれらをおしとどめる権限をもたなかった。
衣食と直接かかわったものの例をあげれば、価格等統制令(三九年十月)、生活必需物資統制令(四一年四月)、物資統制令(四一年十二月)がある。これらに違反した場合どのような処罰をうけるかは、あとでみることにする。
その勅令群の下に、さらに省令・道府県令があって、それで国民生活をがんじがらめに統制したのである。
しかも、それらにかんする情報もコントロールされた。太平洋戦争中の内閣情報局による発表禁止例では、四二年度下期の鉄鋼・石炭・アルミ生産確保のため「政府で対策を研究しているというようなものも不可」とか(四二年十一月)、政府の緊急物価対策の解説に「物資の名称も出てはいけない」という(四三年四月)あきれはてた事態であった(星野力『報道されなかったニュース』)。
(14~17p)
曖昧に作っておいて、細かい部分は権力者にお任せ、決めてもらう...というのが日本人らしいです。
現代の憲法や法律で動いている社会と大きく違うのは、勅令だと思います。
昔の日本の統治者は、選挙によって選ばれた政治家ではなく天皇です。以下の3つの条項を見たら分かるように、その地位は誰も侵す事のできない神聖なものなので、その天皇の命令は強力です。
第一條
大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第二條
皇位ハ皇室典範ノ定ムル所󠄁ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス
第三條
天皇ハ神聖󠄁ニシテ侵󠄁スヘカラス
次の3つの条項には、国家元首であること、陸海軍を率いて指揮する権限を持ち、戦争の際には、宣戦布告・講和・条約締結の全ての権限を持っていたことが書かれています。
第四條
天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲󠄁法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ
第十一條
天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第十三條
天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス
「国家総動員法」は、国家の全権を持つ統治者の出す命令で、具体的にどう統制するかを決めるわけですから、独裁になるでしょう。
象徴天皇になった「日本国憲法」だったら、「国家総動員法」は憲法違反と言われますが、この時代は天皇の地位は統治者なので、どうなるのでしょう...。
ちなみに、軍隊では、「上官の命令は天皇陛下の命令」と言われていました。国家の全権を持つ統治者の命令だと思って部下に接すれば、態度がデカくなります。
④証言を元に、大日本帝国の軍隊のイジメがいかに酷かったか考える。
「国家総動員法」だけでなく、複数のヤバい法律とコラボして、国はどんどん悪い環境になっていきました。
治安維持法は、以下の記事で紹介しました。
国防保安法は(昭和16年3月7日法律第49号)は、政治的な国家機密の保護に関する日本の法律で、1941年(昭和16年)に公布・施行されました。かなり厳しいです。これもGHQが廃止してくれました。
概要
目的は国家機密のうち、政治的な機密を保護することにあった。1941年(昭和16年)3月7日に公布され、5月10日に施行された。そして、同年5月12日から、外地も含めて全国一斉に防諜週間が始まった。
法律の対象は、御前会議、枢密院会議、閣議ならびにそのために準備した事項を含む国家機密の漏洩、その他通敵を目的とする諜報活動、治安を害する事項の流布、国民経済の運行の妨害および妨害未遂、教唆、扇動、予備または陰謀などである。最高刑は死刑が適用された。
刑事手続きにおいては検事に広範な強制捜査権を与えた。裁判は原則として二審制で、弁護人の選任および人数も制限された。
第二次世界大戦後の1945年(昭和20年)10月13日、GHQ指令を受け、ポツダム命令である国防保安法廃止等ニ関スル件(昭和20年勅令第568号)により廃止された。
「国家総動員法」はヤバすぎるので、中身を知れば、多くの現代人には受けないと思います。
しかし、これに近い法律を作りたいと思っている人達はいます。以前、参政党がそんな雰囲気を見せたことがあります。
参政党の問題は方向性
参政党は、一見良さそうな事を言うのですが、戦前回帰や、権力者寄りの考えをしているので、国民の味方というのは無理があります。
例えば、最近「治安維持法」を彷彿とさせる「スパイ防止法」を作りたいような事を言ったり、
スパイ防止法は、日本で作っても、意味ないという意見もあります。
菅野完:石破は自民党からアホ右翼を一掃した。スパイ防止法は無意味(ではなぜ?)
【衝撃】「アホやから日本会議に相手にされなかった」菅野完、参政党の”正体”を暴露。石破茂が処理した安倍派の終着点。https://t.co/Bt94irKiWA pic.twitter.com/pqZm0VmxUn
— 字幕大王 (@jimakudaio) August 10, 2025
参政党は、国民の味方だったら思わないような事を、何度も言って来たので、不安になる人の気持ちが分かります。
「国家総動員法」も、作りたいと思っているはずです。その根拠は、数年前に出ていました。
授権法 HPにのせた政策例に避難殺到
2021年に参政党は、「新しい国づくり10の柱」という政策例をHPにのせました。
そのうちの「六の柱」にある授権法が問題になったのです。
授権(じゅけん)とは、一定の資格・権利・権限などを特定の人に与えることです
(特に、代理権を授与すること)。
授権法とは、政府が立法権を掌握して、どんな法律も作り放題になる...という決まりです...。政府に丸投げ法案とでも言っておきましょうか。
国家における非常事態などの発生に際し、立法府が行政府やその他の国家機関に対し、一定の権限を授権する法律。
概要
非常事態の発生に対し通常の立法・行政手続きを行わずに権力を行使できる権限を与える授権法は、憲法に定義されている場合が多い。
フランス憲法にはこうした授権法規定が明記されており、第一次世界大戦勃発後のフランス第三共和政下では授権法制定が頻発され、1940年1月までに13の授権法が発布された。
ドイツにおいても第一次世界大戦勃発直後に制定された。ヴァイマル憲法にも同様の規定があり、1921年に2度、1923年に1度制定されている。
1933年に制定された全権委任法も一種の授権法ではあるが、従来の授権法制定と異なり、憲法改正手続きに従って行われ、アドルフ・ヒトラーと国民社会主義ドイツ労働者党の政府は憲法改廃権を含む権力を手中にした。
日本においても国家総動員法は一種の授権法であると見られている。
アメリカ合衆国においては通商・国防などの分野で一定の授権を行う法律が存在している。ただし日本において国防授権法(英語版)などと訳される法律は「英語: Authorization Act」であり、厳密には「Enabling Act」である授権法とは異なる。
参政党は、戦前の「国家総動員法」と近い授権法を、政策例に入れたのです。
戦時中の事もありますし、「例」とはいえ、こういう発想をすること自体が怖いです。
授権法は、採用されなかったとして、後に削除されたのですが、参政党としては、これが本音だと思います。ヤバい事考えてるな...と警戒する人が何人もいました。
HPから消えても、それはそれで、みんなザワつきました。
知恵袋 参政党が授権法を掲げてたのはデマなんですか?2022/6/16
ベストアンサー2022/6/17
質問者さんが貼り付けた画像を「捏造」と言っている支持者がいますが、5月中旬にPDFごと削除された実在したものです。参政党のHPにも、「誤解を与えるので削除した」「政策は選挙後に党内で決める」とあります。
参政党のミーティングのズームで支持者の方が授権法を政策としているかと質問したら、
神谷さんは「全くそのようなことはありません」
松田さんは「党員がたたき台として書いてしまった」と言っていてそれで納得したそうです。
でも、演説では、神谷さんは、「東北大地震で、民間の車が邪魔で自衛隊の緊急車両が通れなかった。だから、授権法は必要。」とはっきり仰ってました。
他の演説では、「松田さんが『政策例』としてHPに載せた。松田さんは緊急事態条項は必要だけど、憲法だと細かい設定ができないから海外でも法律としてある授権法を政策としてあげた。全権取り上げるナチスのような法律というのは誤解。」
しかし、コロナ渦の海外で何が起きました?この法律のせいで、ワクチン強制、接種してなければ、仕事も生活もできない国がたくさんでて来ましたよね。日本もこうなるということです。
神谷さんは熱意があるから信じられる、日本を変えてくれる、維新のときもそう言っている人いましたが、今じゃ完全に「是々非々」で自民党に同調しているじゃないですか。
でも、参政党が維新よりもやばいのは、自民党がわざわざ票割れのために作った政党ってことです。改憲・緊急事態条項をスムーズにすすめるため。
だから、参政党は政策の説明が二転三転するし、痛いところをつかれると、YouTubeのコメントも即削除です。
コロナ禍の海外で何が起きましたか...と書かれています。知らない方もいるので、オランダの例を紹介しておきます。
オランダの憲法や法律はどうなっているのか分かりませんが、無抵抗の抗議者を滅多打ちにしていました。人権を侵害するような法律があるのかもしれません。
オランダはまた野蛮で非人道的な方法でコロナ規制に抗議をする人々を弾圧しているんだよ、。
馬も登場して中世に戻ってしまった。 https://t.co/7jw7X8x9qF pic.twitter.com/BQHw5FNd49
— You (@You3_JP) March 14, 2021
警察犬をけしかけたり、放水車を使ったり...あまりに酷いので退役軍人が抗議者を守る事態に発展しました。詳しくは以下の記事を参考にして下さい。
You3 note ロックダウン等のコロナ規制に反対する抗議活動の様子について(オランダ編)
日本がここまでならないのは、今の憲法が人権を守る「日本国憲法」だからです。もし大日本帝国憲法のままだったら、海外のような状態か、それ以上になっていた事でしょう。
憲法を変えると、国民にとっては不利益です。



「緊急の時だけ」みたいな誘いは要注意です。一度決まったら、改正して、範囲を拡大するかもしれません。「国家総動員法」のように、平時から将来にそなえて準備することとされたら最悪です。
今回の参院選で国会議員になった松田学氏は、緊急事態条項賛成派です。
戦時中の「国家総動員法」は、国民を奴隷化する法律だったのでヤバかったです。
「授権法」も、憲法に加えようとしている「緊急事態条項」も、どっちも奴隷化できるのでヤバいです。
授権法の件について語っている動画がこちら。
こういう曖昧な事をするから、3年前は本当にみんな心配していました。
以下は広島のタウンミーティングに参加した仲間が撮影したものです(たぶん2022年7月3日)。
②に、緊急事態条項、受権法は作らないと書いてあります。

しかしその一方で。
参政党のお膝元?である石川県の議会にて…。
自民・公明が提案した「緊急事態条項の国会審議を求める意見書」に、参政党の議員が賛成してますが!!
やばいでしょ、コレ!
「国会で緊急事態条項の審議をすすめてください」っていうヤツだよ?
参政党的には「国民から見えるところで審議を」ということだそうですが、自民党・公明党と足並みを揃えています。
自民党・公明党(緊急事態条項推進派)に有利に進むと言うことです。
国会で自民・公明と意見を交わすのは誰?人任せですか?
※書類は石川県議会の資料を私がスクショしてきたものです。
別の仲間が、このことを問題視して、画像送ってくれました。



コロコロ変わるので、当然質問する人が出てきます。すると、こうなります。
批判や質問が殺到。インフルエンサーも問題視するようになりました。
なんとか言い訳したのがこの動画。
サルサ岩渕さんも、3年前から参政党の問題を分析しています。
本音を炸裂させる参政党
現代人からするとありえない「国家総動員法」ですが、名前や形を変えて復活する可能性もあります。
参政党のような影響力のある人達が、良さそうに宣伝すれば、「国民にとって有益な法律」だと勘違いする人が出てくるからです。
神谷氏が「スパイ防止法」の必要性を語った時に、歓声が上がったのを見ると、そう思います。
熱狂する殆どの人は、その矛先が自分達に向くとか、仲間に向けることになる...といった想像をしていないのかもしれません。
昔の人が同じような過ちをしてないか、確認する事が大事だと思います。












