コロナパンデミックや感染症対策をテーマにしたこのブログで、ここ最近は、戦争の話を書いています。
この2つは、全く関係ないだろ...と思われる方もいると思うのですが、実はかなり関係があります。そして、これらを話題にするのは、理由があります。
コロナパンデミックの矛盾を批判する活動家の多くが、「過去の戦争を美化する思想」に染まってしまったので、その問題を分かりやすく説明する必要が出てきたのが、一つ目の理由。
そして、コロナパンデミックは、医療問題ではなく政治問題なので、根本的に解決しようと思ったら、政治的視点と解決策が必要なので、その為に、歴史や戦争についても、知っておく必要がある...というのが2つ目の理由です。
今回の話を読めば、みんなが簡単に誘導されてしまう理由や、戦争もパンデミックも、「別の目的の道具」として上手く機能していることが理解できます。
一番のポイントは、「国」の捉え方です。
国という概念
本記事では、考え方や物の見方を伝えたいので、あえて大雑把な例え話をします。
例えば、「A国」と、「B国」と、「C国」...とりあえず、この3つを使って、「国」と言うものの概念を考えてみます。

それぞれの国には、「国民」が沢山います。(※昔の日本のように、「臣民(天皇・皇族以外の人達のこと。家来。)」と言う場合もありますが、ここでは「国民(その国家を構成する人々。その国の国籍を持つ者)」という言い方をします。)

国民の中には、その国のシステムを作り、運営、管理する人達がいます。具体的に言うと、政治家(特別職公務員)、公務員の事です。
天皇は象徴です。国民ではないという意見と、国民である...という両方の意見があります。実質的な外交をされるので、国を運営する立場側になるでしょう。

国を運営するお仕事をしている人達を、枠で囲ってみました。
「仕事の為に与えられた力」とはいえ、彼らは国を運営、管理する立場なので、国民から見ると、権力を持っています。お上側、権力側、体制側です。
彼らが決めて運営する方向に、その国は進んでいきます。
そして、殆どの人は「国境」という枠組みを意識しています。この枠の内か外かをみて、「自分と同じグループかどうか」を認識しています。
「A国の国民」にとっては、「A国の国民」は同じグループの仲間...という風に。

そして、「自分の国」以外は「外国」です。
例えば、「A国」にとって「B国」は外国、つまり、違うグループです。
国という単位を基準に考える事の弊害
「国」同士は、仲が良い事もあれば、ケンカをする事もあります。

例えば、「A国」と「B国」がケンカしたり、「C国」と「B国」が手を組んで「A国」を攻撃したり...と、いろんなパターンがあります。
こういった「国と国」という区切りを基準にして、世の中の動きを捉えている人は多いです。
この考え方の欠点は、その国の人達は「一枚岩だろう」...と、錯覚してしまう事です。
第二次世界大戦の日本とアメリカの関係を例にすると、日本はアメリカという国と戦った...という視点で、話が進められます。その見方も、間違いではないし、正解なのですが、あくまで表向きの話です。
どんな集団にも言える事なのですが、表面上は1つにまとまっているように見えても、中まで同じとは限りません。どちらか一つではなく、両方確認しましょう。
建前だけでなく、本音の部分も見るようにしないと、全体像は上手く掴めません。
そして、この本音の部分を、「陰謀論」と言う人が多いのですが、私は「大人の事情」と表現しています。
「大人の事情」を外して物事を考える人と、「大人の事情」を含めて考える人とでは、同じ問題を解いても、答えが変わってきます。
「国と国」という概念以外の視点が重要な理由
日本という国は、アメリカという国と戦った...という見方だけだと、説明がつかない出来事があります。
前回の記事に書きましたが、広島に原爆が投下される3ヶ月前に、その計画の情報を手に入れて、身内を疎開させて助けた人がいるのです。
⑰平和ボケが招く戦争と奴隷システム。戦争に反対する深い理由
監視・密告・反抗したら拷問...が行われていた当時の日本で、敵側の情報を手に入れて知り合いに共有するなど、普通に考えたら危なくてできません。
戦争は「国」という枠組みを意識した行事です。
アメリカが敵国である日本に爆弾を落とす計画が決まった。そのアメリカの情報を、日本国民がキャッチできた...という国境を越えたストーリーは、以下のような「国と国」の構図だけで考えると無理がでてきます。

こんな時は「別の視点」が必要です。例えば、以下のような構図にしたらどうでしょう。
対象は同じですが、見え方を変えただけです。「国」という枠組みを、一旦忘れてもらいたいので、「国境」も「国の名前」もあえて書きこみませんでした。

この見方では、前の構図の「国を運営する職業についた国民」の枠も外しました。
替わりに、国民の上に「上級国民」を加えました。国の方向を決めるような大きな権力を持っている人達の事で、立場は様々です。
先ほどの見方との大きな違いはこれ。

見る対象は同じでも、「捉え方」を変えると違って見えます。2通り以上の見方を持っておくくらいの柔軟性が必要です。
普通の国民が大多数なのに比べて、上級はわずかです。
ちなみに、上級国民同士は、一枚岩ではなく、仲がいい事もあれば、争う事もあります。

権力争いによって、上級国民の座を失う事もあります。
見えない特別扱い
上級とそうでない人の違いは、大きな権力(日本の行く末を決めるような選択や指示ができる立場)を持っているかどうか、法の外にいるかどうかに表れています。
世の中の人は同じルールの下で、平等に扱われているはずなのですが、何故か、同じような事をやっているのに、この人は厳しく叩かれて、あの人は甘い...といった不公平が起こることがあります。
【裏金問題】東京地検特捜部、自民党5派閥の43人を嫌疑なしや嫌疑不十分で不起訴処分 安倍派幹部「秘書が勝手にやった。知らなかった」
例えば、食中毒で5人亡くなった事件の社長がバッシングされたのに、2000人以上亡くなっているコロナワクチンの接種事業に関わった人達は全くバッシングされない...等です。
かばわれるケースもあります。
【厚労省】コロナワクチン広報プロジェクトの報告書およそ2700頁を不開示 「批判的な人々により、科学的に根拠のない不正確な情報が拡散、妨害行為が行われるため」と弁明
一方、小林製薬の事件は、叩かれる側でした。これは酷かったですね。
【紅麹問題の余波】小林製薬の『糸ようじ』など18製品、日本歯科医師会が推薦を取り消し 販売を一時休止に「糸ようじの品質に何の変わりもないのに?ただのイジメやん」
【厚労省】X上で紅麹で健康被害が出る恐れがあると警告するも、コロナワクチン被害に関するリプが殺到し炎上「そんなことより過去最大の薬害であるコロナワクチンの全面中止をしてください」
このように、仮にルール違反をしてもペナルティがない人達の事を上級国民としています。ただお金をたくさん持っているとか、社会的地位が上なだけでは、上級国民ではありません。
断定はできませんが、特別扱いをされるのは、政治家やその周辺の人達に多いです。
ちなみに、上級国民ではなくても、「上級国民が決めた方針」に、大いに貢献する普通の国民は、「上級国民側」なので、特別扱いをされる事があります。
科学的に問題がある、PCRやマスクやワクチンを強引に勧めても問題視されないのに、反対するとバッシングを受けます。そうなるのは、体制側か、そうでないか...が基準になっているからです。
コロナで亡くなったとされれば、それが1人であっても大騒ぎ、ワクチン接種後に亡くなった人が100人だったとしても、ほとんどの人は気にしません。
選挙制度の不公平
今の日本は一応、法治国家で、民主主義国家です。戦前・戦中の日本と比べると、生きやすくなったので、普通の国民も、努力をすればそれなりに出世できます。
しかし、ある一定より上を目指そうとすると、なかなか上昇できないような仕組みになっているのです。
例えば、国政選挙の場合、国民が「選んでいる」気にはさせられるのですが、投票の前の段階に問題が多いです。例えば、「立候補する人」に、大きな不公平があります。
●個人が無所属で選挙に立候補する場合は、ハードルが高すぎる(貧乏人の年収を越える選挙資金、ポスターを貼る労力等、とにかく準備が大変。ポスターを貼れなかったら知ってもらえない)
●大きな政党から立候補したくても、公認争いになれば負ける確率は高い。党の「謎基準」によって選ばれる。
●立候補した人達のうち、大きな政党から出た人ばかりがテレビに映る。泡沫候補はほとんど映らない。
これにより、上級国民の地位は安定、国民はそのポジションのままになりやすいので、新しい人が入りにくくなります。
こうなる仕組みを作ったのは、国会議員です。
それだけではありません。選挙以外の社会活動も、不公平は大きいです。
●どんなテーマでも、署名やデモの人数を集めても、それが報道されなければ、世間には知ってもらえない。
メディアの偏向報道は酷く、現在はネットも検閲が酷いので、市民運動等によって、決まった事を覆したり、世論を変えるのは難しいのです。
このように、民意が反映されない社会構造になっています。
国民がチェックできない選べない所で、あらかじめ方向性を決めておいて、後の過程で何が起こっても、最終的には最初に決めておいた事を、強引に決定する印象を受けます。
やっているのは「民主主義ごっこ」。反対意見や少数意見への扱いを見るたびにそう思います。
関係性
同じような人達が固定化するような不公平な選挙システムと、おかしな政策に対して国民が声を上げても、影響力を無力化するような構造になっているので、
残念ながら、「同じような人脈の人達」が決めた事に、「その他大勢」は従うしかない状況になっています。
民主制を装ってはいますが、国は上級国民が決めた事によって動かされているのです。
彼らは外側に向けた「外国との関係」と、内側に向けた「普通の国民」との関係があります。

大日本帝国時代は戦争のせいで、外国に強く対抗していたイメージが強いですが、
実はそれよりも、内側に圧力をかけることを重視していました。国民(当時は臣民)は命、健康、財産を搾取され、奴隷状態だったのです。
戦争中は、「他国より優位に立ちたい」...という気持ちが目立ちますが、そんな時でさえ、「自国の国民より優位に立ちたい」...という目的の方が大きいのです。
どんな状況であっても、「国民の奴隷化」が最優先です。
戦争のメリット
戦争が無くならないのは「意見が違うから」...が理由としてよくあげられます。それを前提に、話し合いの大切さを語ったり、仲良くするにはどうすればいいか考える人は多いです。
しかし、肝心な部分が抜けています。利権です。これがあるので戦争はなくなりません。
意見が同じで、仲が良かったとしても、人間は利権争いで関係が悪くなります。利権と言っても、お金だけではありません。例えば、社会的評価だったり、今持っている物を未来永劫安定して持ち続けたい...等も、利権の一種と捉えていいです。
「得をするようなシステム」が整っている必要があります。不都合なシステムは変えようともします。
戦争を口実に、社会システムを変革させます。逆に言うと、社会システムを変革させたかったら、戦争をすればいいわけです。
平和な時、国民が豊かで余裕がある時は、「国民にとって不都合な方向」に社会を変えようとすると、強い反発が起こるので、なかなか変えられません。
平和で国民が豊かで余裕がある状態をよく思わない人達がいる...と考えたら辻褄が合うニュースが沢山ありますね。
世の中には、物事を新しくする為の破壊を望む人がいます。これも戦争が無くならない理由の1つだと覚えておきましょう。
仲間との関係
誰が上級国民か分かりにくいように、奴隷も分かりにくいです。
奴隷とは、みずほらしい恰好で鎖につながれ、朝から晩まで働かされるイメージが強いですが、必ずその姿とは限りません。このイメージも、一旦忘れて下さい。
奴隷の定義は、「人間でありながら人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の私有財産や所有物として取り扱われる人」です。なので、スーツやTシャツを着て小奇麗にしていても、この定義に当てはまったら奴隷です。
大きな権力を手に入れた者は、以下のような気持ちになりやすいので、マウントが取れるポジションを守ろうとします。
●未来永劫、富と権力を維持したい
●奪い取られないようにしたい。その為には搾取する側に回りたい
●拮抗してくる勢力を叩き潰したい
しかし、露骨にすると敵を作るので面倒です。仕返しの恐れもあります。
周囲からは、「良い人だ」と見られていた方が都合が良いので、本心や中身がどうであれ、外側は出来るだけクリーンに行動します。
例えば、法改正の流れに持って行く等、なるべく合法的に行ったり、人気者になろうとします。
国民を奴隷に、できるだけ気付かれないように...。どこの国も上級国民は同じ事を考えます。
よく似ている彼らは、「共通の目的」がある時は、それまで仲が悪くても手を組むこともあります。利益や目的の前には、国の違いなど、取るに足らない事なのです。

なので、戦争になって、国と国が戦ったとしても、上級国民同士だけは、水面下でしっかり繋がっていたり、一緒に大儲けしている事もあります。
ちなみに、「戦争に負けた国」であっても、一部の人達は、その儲けのお陰で、再スタートに有利だったのです。
実は戦前からずっと影響力を維持している人達がいます。名前や見た目を変えてイメチェンする場合もあります。
普通の国民は、失うものの方が大きく、疲弊しているので、「新しく変わった社会」で生きる場合も、不利な立場からのスタートです。失っただけ損です。補償はありませんしね。
同じ負けた国でも、上級国民と国民では、天と地ほどの差があります。
上級国民は他国からの攻撃よりも、「自国の国民」に不満をもたれたり、怒りでまとまって反撃される事の方を心配しています。
1番怖いのは「大量の国民」。2番目に恐いのが「外敵」です。

だから、まとまらないようにお互いを監視させたり、国民の間に差を作るなどして仲を悪くさせ、歯向かわないように圧力をかけるのです。
恐怖と暴力によって押さえつけられるので、こういった体制の中で生きている国民側からすると、1番怖いのは「お上」ということになります。2番目に恐いのが「外敵」です。

戦争中、命を惜しまずに敵に突っ込んでいった軍人の動機が、敵よりも上官が怖かった...という話もあるくらいです。
国民からの反撃によって、下の地位に引きずり降ろされることを心配しているのは、どの国の上級国民も同じです。
そうならない為に、彼ら同士の結束を強くします。国をまたいで政略結婚するのは、こういった理由があるからだと思います。

上級国民同士は「同じ国かどうか」よりも、「利害が一致しているかどうか」を重視して手を組んでいます。
「特定の国に属している」という意識より、「上級国民という集まりに属している」事の方を重要視しているように見えます。
従って、同じ国の上級国民AとBは仲が悪いのに、外国の上級国民Aとは仲が良い...という事も起きます。
手を組む理由
彼らは「細かい違い」で争ってはいますが、それでも、「国民を奴隷化する」方向にだけは、何故か皆一致団結して動きます。右も左もなく、国籍も宗教も関係なくです。
戦争も、そういった見方をしてみると、解決策が全く変わってきます。

戦争は「社会システムを変更する」キッカケになります。振り回される国民にとっては、デメリットしかありませんが、現状況に不満がある国家にとっては、戦争はメリットがあるのです。
そんな腹黒い事は、とても国民には言えないので、建前が必要です。
もっともらしい理由を作り「国同士が争っている」という設定にして、国民は他国の国民と戦わされます。
それは「お国の為」ではなく、「上級国民の為」。だから戦争はするなと言っているのです。
「負ける側」も「侵略される側」も、上層部はそれなりに良い暮らしをしていたりします。勝った国や侵略した国の事を、悪く言わないこともあります。
叙勲(じょくん)を与えた事もありました。
東京新聞 戦後の「補償の格差」があまりにも…「米軍人の叙勲取り消し」や「民間人補償」を政府に求める動きは今
被害を受けた国民からすると意味不明ですが、敵対している国同士の地位のある人達が、水面下では仲良しだったら、そういう事があっても不思議ではありません。
「3ヶ月前から広島に原爆が落とされると決まった」情報をゲットできる日本人がいたのも同じ理屈です。
ここまでの説明は、イメージを掴みやすいようにシンプルにしましたが、現実はもっと複雑だと思います。
シヴァ博士の以下の話も参考になります。
シヴァ博士の他にも、色んな人が、様々な見解を出していますが、共通しているのは「国と国との闘いの構図」だけに拘らない...と言う事です。この考えが本当に大事です。
「国と国」の枠組みで捉える事も必要ですが、それだけに拘らせようとする人は、「考えの的」を外そうとしている可能性があります。
何故、こういった柔軟性が必要なのか説明します。
世界大戦くらいまでなら、まだ「国と国」との戦いの構図で捉えても、それなりに説明がつきます。一部、「辻褄が合わないなー」と思う部分はありますが、全体からすると割合は少なく見えます。
ですが、「国」という枠組みに拘って考えようとすると、全く説明がつかない事象があるのです。....全くです。それが
コロナパンデミック
国と国の違いがない
「国vs国」の概念で考えたら、永久に解決しない例が、最近体験したコロナパンデミックです。
あの時「コロナに負けるな!」「コロナと闘う!」といったキャッチフレーズが、世界中に溢れました。アーティスト達も宣伝していました。
政府やメディア、医療機関が、感染症を引き起こす「新型コロナウイルス」を敵と設定し、闘う事を推奨していました。
ほとんどの人は、何の疑問もなく従いました。政党も宗教もあらゆる組織が...。
しかし、あまりに雑だったので、途中でボロが出てきて、「これって科学的におかしいじゃん」と気がついた人達が調べて、詐欺だった事に気がつきました。
私もその1人です。戦う相手を間違えたと、その時に気付きました。その経緯は、以下の記事に書いています。
新型コロナウイルスが怖くない理由【その①】特効薬がある
政府は問題の本質を分かっていながら、意図的に「解決しない政策」をとり、健康を害する方法ばかりを推奨していました。地方自治体も同じです。
厚生省から各地方自治体に、コロナ死亡者数の虚偽報告しろと指示あり!(ロングVer)
「違う敵」に向かわせるのは、他の国も同じでした。
新型コロナウイルスは怖くない【その③】海外の感染者と死亡者数の水増し
どの国も、感染症対策に関わった企業が大儲け、国民は疲弊していきました。
これに気付いた人達は怒りました。以下はドイツです。

この波は世界中に飛び火し、一時期は世界150カ国以上で同日デモが行われる規模になりました。
2021年頃の日本はというと、コロナパンデミックが政治的な問題である事に気付く人は少なく、日本も海外の人達のように頑張ろう...といった感じだったのです。
しかし、2024年、2025年、日本の抗議活動の様子は一変します。
他の勢力を吸収して、活動する人達は増えました。増えたのですが...
元々海外をお手本に頑張ろう...とリスペクトの気持ちがあったのに、いつの間にか、「全部外国人が悪い、日本人よ立ち上がれ、戦前・戦中の日本人は凄かったんだ」...というおかしな方向に向いてしまいました。
戦前美化が曲者なのです。
どうおかしいのかというと、反体制側の運動だったはずが、体制側のポジションにすり替わっているからです。
コロナパンデミックに抗議する...という事は、国民に嘘をつく体制、全体主義、独裁、同調圧力に抗議をする立場になります。
しかし、「大日本帝国時代(全体主義で独裁。国民に嘘をつく。同調圧力)は素晴らしいから、それをお手本にしよう」というのは、(戦前・戦中ではあるが)体制側につくことになるのです。つまり、権力者側。
独裁を批判しながら(反ワク)、独裁を推奨する(戦前回帰)なんて、相容れないですし、矛盾です。
運動する人達の立ち位置が180度もねじれた事に、気がついていない人も多いので、何故こうなったのか、考えてみたいと思います。
抗議の声が大きくなると始まる誘導。国と国を意識させる事の目的
公式見解では、恐ろしいウイルスによって、感染症が蔓延しているから、マスクしましょう、ワクチン打ちましょう、PCRしましょう、都合の悪い情報は検閲します、監視システムを強化しましょう...という流れになっていました。
その結果、酷い事になりました。
一部の人達が大儲けして、中小企業をつぶし、検閲し、監視し、ワクチンを打って後遺症予備軍(医療の見込み客製造)を作るといった事を繰り返し、世界中の人達の自由や健康を奪っていったのです。
「感染症から身を守る」という口実で、触れなくても済むようなシステムの普及、追跡、ワクチンパスポート...といった、人々を監視する仕組みも進みました。
敵はウイルスだと信じてくれていたら、「仕掛けた側」は安泰でしたが、嘘が適当なので疑う者が出てきます。
これらの政策が「人々を奴隷化する動き」である事を察知した人達は、自国だけでなく、他国も同じ流れになっていることから、敵は「ウイルス」や「特定の国」ではないと認識していました。

真相に気付いて、本当の敵に目を向けられたら厄介です。

さっきの構図に当てはめてみましょう。

相手が羊とはいえ、数が多いので、まともに戦ったら大変です。そこで、的をズラすことにします。

ヤバくなった時のため、羊を騙してくれる「誘導係」がいます。
怒りの向きを変える先はいくつかありますが、手っ取り早い対象は、昔から同じです。

この「誘導係」について解説します。
「誘導係」はピンチになった時に助けるのが仕事なので、それまでは大人しくして目立たない事が多いです。
B層(政府やメディアが流す情報をそのまま鵜呑みにし、深く考えない人)を騙すのがメディアや御用学者の役割だとしたら、運よくそれらに騙されなかった人達を騙すのが「誘導係」です。
みんなを上手く騙さないといけないので、相応しい相手が選ばれます。「国民」の中から出ることもあれば、「上級国民」自らが広告塔になって誘導する場合もあります。
どちらのパターンもあるので、この説明では、どちらでもない姿のオオカミにしておきます。

誘導する為に、羊を装って派手に活動するので、突然出てきたように見えます。
「気付いた羊」は全体からすると数が少ないので孤独です。理解や共感を求めています。承認欲求も強めです。
その為、良い情報を提供しながら、B層を見下したような態度をとり、優越感に浸らせながら誘導すると、意外にコロっと騙されます。
誘導の手順
各国の上級国民は、国境とは別の派閥争いや、お友達関係があったりします。

コロナパンデミックで騙されたのは、「世界中の国民」です。それに気づいた人達が、横の繋がりを作り、国の違いを越えて抗議を始めました。
「世界同日デモ」が全盛期だった時は、こういうイメージです。
「仕掛けている1%」に「仕掛けられた世界中の99%」が向かっていく、そこには国境は関係ない...という構図でした(※一部しか描いていませんが、それぞれもっとたくさんいると思って下さい)。

羊が「問題の本質」に怒りを向けてくるので、恐竜はピンチです。そこへ、「誘導係」が近づいていきます。
彼は羊と同じ主張もするのですが、同時に、「少し別の事」も言います。日本の活動の場合、こんな方向にズラされてしまいました。

日本の活動の場合、「グローバリスト」という言葉を強調し始めたあたりから、おかしくなりました。
...というより、その「グローバリスト設定」がおかしいのです。
グローバリスト概念と、ねじれ現象
グローバリストが悪い...と、主張をしている人達の話を聞いていると、「グローバリスト」vs「日本人」...という設定が基準になっているように見えます。
一昔前までは「日本人」の部分は、「騙されている世界中の(99%の)人」で、国を意識しないものだったはずなのですが...。いつのまにか、戦っているカッコイイ俺達(日本人)...みたいになっていました。
それだけではありません。戦っているのを「日本人」としてしまったせいで、敵対勢力であるグローバリスト中に「日本人は含まれない」と考えているように見える発言が目立ちます。日本人の中にもグローバリストはいるはずですが...。
悪い事をする日本人がいたとしたら、それは〇〇人だ、反日だ...という理論なのです。日本人は悪くない...という結論ありき。
この思いのせいで、反ワク活動はおかしくなっていきました。
コロナパンデミックは、「ウイルス」vs「ヒト」でもないし、「国」vs「国」でもありません。どの国も大多数の人が被害を受け、一部の人にメリットがありました。
世界中で同じインチキが仕掛けられたことから、「仕掛けている1%」vs「仕掛けられた世界中の99%」という構図が一番近いです。初期の頃の活動界隈は、このような見方が主流でした。
それが、誘導する人達の影響で、いつの間にか「グローバリスト」vs「日本人」になり、「世界の人と協力して解決しよう」...みたいな雰囲気は消え、外国人排除をするまでに成り下がってしまったのです。そして、戦う「日本人」は、「愛国者」という設定になりました。
こんな感じで誘導されていきました。

②で的に近づいたのですが、「誘導係」のおかげで、向かう先が変わってしまいました。
流され先はこれだけではありません。太陽光発電、昆虫食、農業...等、バリエーションは色々あって、最終的には分解されてバラバラになります。
目的がズレていく
「起きている事象」は同じなのに、「それを観察するフィルター」がおかしくなった事で、「間違った診断」をするようになりました。こうなると、「解決策」まで歪んできます。
誘導された人達の理屈はこうです。
外国人が仕組んだ
↓
彼らは日本を狙っている
↓
日本を守る為には強くならなければいけない
↓
戦前の日本人は素晴らしかったし、強かったらしいぞ
↓
外国に勝つには戦前回帰だ
↓
戦争できる国にしよう
↓
憲法改正だ
...守っているつもりなのでしょうが、これは自らの首を絞めるシナリオです。
「人権を侵害するコロナ政策を推進する政府」を批判していたのに、「それより酷い人権侵害が行われていた戦前」に憧れ、目指すのは、どうかしています。
戦前・戦中の政府は、日本国民の味方ではありませんでしたし、「コロナ禍の同調圧力 < 戦前・戦中の同調圧力」です。
反体制側の考えだった人が、戦前回帰を望んでいるのは、傍から見ると意味不明です。何故なら、それは体制側の考えだからです。

ねじれすぎです。
①と③はどちらも権力側なので、相性が良いです。従って、①の考えをする人が、③も支持するだったら理解できます。
しかし、②の考えをする人が、③も支持するというのは、本質が正反対なので、共存するととても違和感があります。
戦前の日本は美化されているので、もしかしたら、①は酷いから嫌いだけど、③は違う、いいものなんだ...と思っているのかもしれません。
でも、残念ながら①も③も同じです。違いは、①が外国勢力を中心とした世界統一政府推進なのに対し、②は天皇中心の世界統一推進。どちらも奴隷システムですが、トップが違います。
分裂の原因
独裁を批判しながら(反ワク)、独裁を推奨する(戦前回帰)なんて、相容れない考えです。
そのせいで、「1%」vs「99%」の見解だった人達とは、考えがぶつかります。
この視点で物事を考える人達は、外国人であっても、目的が同じなら仲間なのです。そして、1%のような「選民思想」も批判する立場です。「日本人だけが特別素晴らしい」とか驕り高ぶった考えもよく思いません。
元々はみんなで「本当の敵」に向かっていたのに、診断・解決策の違いから、バラバラになっていきました。
これは日本の場合ですが、他国も似たような状況なのかもしれません。戦争や別の問題で、人々の関心がだんだん散らばって行った感じがします。
何処の国だったかは記憶が曖昧なのですが、以前、戦争の影響で光熱費が上がってそれどころじゃない、今はみんな戦争反対のデモをやっている...と話している動画を見たことがあります。
何が問題かを忘れる人達
「他の国」との関係を悪くして、そこに目を向けさせることで、「問題の本質」から注意を逸らすのは、昔からよく使われる手口です。その流れをおさらいしておきましょう。
元々は「ウイルス」が敵だと思われていました。

でも、それに気づいた一部の者達が、原因をつくった所に目を向けるようになります。

すると、「敵は別にいる」と誘導する者が現れ...とりあえず、羊にとって自分の国以外の上級国民に矛先を向けます。「グローバリストが悪い」等もよく言います。
最初のころは、矛先は、外国の国民には向いていませんでした。

ただし、一部の上級国民を「ヒーロー」だと教え込みます。日本人の場合だと、戦前回帰を叫ぶタイプ。海外だと、DSと戦っている役の人です。

一度「ヒーロー設定」をすると、後で、そいつのどんな酷い面が分かったとしても、ヒーローの夢を壊したくない...と思う人が多いです。
ヒーローが一番の癌だったとしても、そこを避けて、ヒーロー以外の上級国民を叩きます。
矛先をズラしさえすれば安泰です。
「肝心な事」ではないけど、「重要度が高そうな案件」を無限に作り出し、人々の意識を分散させます。こうして「本当にやるべき事」に使うはずだった、時間と労力と金を浪費させていくのです。
後はどんどんズラして、何が本当の敵か、何が問題か、本質は何か...を分からなくさせます。元々していた事を見失っている人も多いです。
移民や土地を買われる話が沢山話題になるにつれ、矛先が、他国民にも向くようになりました。

当然、お互いの国民は仲が悪くなります。差別意識によって、心理的な壁ができてしまうと、以前のように「協力して世界を変えよう」という動きが難しくなります。
一方、仕掛けた側はどうでしょう。

誰にとって不利なのか一目瞭然ですね。
国と国の仲が悪くなったら、似たような方法を使って、次はその国内の人達の関係を悪くします。こうやって、どんどんバラバラにしていくわけです。
オオカミも悪いですが、オオカミが誘導する先ばかりみて、「問題は本当にそこなのか」と自分で考えない羊も悪いのです。
「右が悪い」と言われれば、右を向き...。

「左が悪い」と言われれば、左を向く...。

世界中で下っ端同士がこんな事を繰り返しているうちに、文化も習慣も異なる国が、同じような社会に変わっていきました。
とりあえず何かに向かって突撃しているので、羊には「やってる感」があります。
彼らが「本当の問題とは関係ない部分」をこねくり回している間に、仕掛けた側は叩かれる心配もなく、決めた事を滞りなくこなしていきます。
人気者
どこに向かわされるかは、誘導係次第です。その国の状況や、国民の心を掴まないといけないので、国民性に合わせてアプローチを変えます。「本当の敵」に向かいさえしなければ、ハズし先はどこでもOKです。
誘導係は、「本当の敵」に使われている家来なので、「大衆にとってマイナスな事」を考えています。ですが、大衆の仲間を装うのが上手く、人気者になるタイプなので、信頼を得やすいです。

羊の中には、誘導係を崇拝し「世界を救ってくれる救世主」だと勘違いする者もいます。
そんな羊が多いと、誘導係の事を悪く言う羊は、群れから仲間外れにされます。
グローバリズム と ナショナリズム
富と権力が一部に集中する世界観に反対だからといって、国を中心とした世界観を理想とするのは間違いです。

大日本帝国のようなピラミッド組織なら、国も右のようになります。
何故これが問題なのかというと、支持する先は変わっても、支配・被支配の関係、搾取・被搾取の関係はそのままだからです。分かりやすく言うとこう。

世界統一状態で支配されるか、1つの国家に支配されるか...の違いです。どちらも国民の立場が「奴隷」であることに変わりありません。外国の上級国民の奴隷になるのが嫌だからといって、同胞の上級国民の奴隷になる方に逃げるなら、「国民」の立場は何も変わっていません。
国に搾取される姿が本当になりたい姿なのか、よく考えた方がいいです。
外国の上級国民にも国内の上級国民にも、支配・搾取されたらダメなのです。個人が誰からも搾取されないような方向にいかなければ、国民は永久に不利なポジションです。
奴隷システムが嫌なら、一番右を目指すべきです。個人中心の方向へ。

何故なら、「世界統一」も「自分の国家中心」も、一見違うように見えて、どちらの思想も、目指している所は同じだからです。

他国を威嚇して自国を大事にしている国も含めて、結局、みんな仲良くワクチンを打ち、デジタル監視社会へまっしぐら。
このシステムの未来
遺伝子ワクチンを打つと、生殖機能に大きなダメージがある事が分かってきました。世界中で打ったので、今後は世界同時に少子化になる可能性大です。
ここで、国民(羊)がごっそり減ったらこの世はどうなるか、仮定の話をしてみます。
羊を飼う為の囲い(国境)は必要なくなります。国境廃止。つまり、世界が一つになるので、「国」という概念は不要です。
すると、その国独自のシステムに関わる職業は、なくなっても差し支えありません。

「国民を誘導する為の専用のシステム」も廃業でよいでしょう。例えば...メディア、医療、教育、政治、選挙、保険制度...等。
不正がバレて「大がかりな組織」が解体されそうになると、「悪い連中が一掃されるかもしれない」...と大喜びする人が多いです。でも、それ最初から無くすつもりだったとしたら、考えは変わってきます。
何かを作る為の破壊かもしれません。
どこの国も、本当にやりたい事は、グレート・リセットなのです。
それぞれの国に合った方法で、新システムを受け入れさせ、似てきたところで、最後統合です。
影響力のある人達はどうなったか...
初期の頃に活動していた人達は、途中で誘導されて、バラバラになりました。
表舞台から姿を消していった人もいます。
「本当の敵」に狙いを定め、戦いを挑んだ結果、厳しい目に合った人達も多いです。
真相や現場の実態を語る医師、専門家、政治家はバッシングされ、職を失いました。
しかし、それ以上酷い状況になった人もいます。
ドイツの弁護士、ライナ・フーミッヒ氏です。彼は2020年の段階で、感染症騒動自体が、いかに詐欺でインチキかを世間に伝えました。
大きなうねりになって影響力を増していたのですが、彼はハメられて、現在このようになっています。
ドイツ史上最大の司法スキャンダル:ライナー・フルミッヒ氏に対する判決
以下の番組で詳しい経緯が語られています。
「日本だけ特別酷い」、「外国が敵だ」と考える人は多いですが、「奴隷システム」はどこの国も似たような状況になっています。そのスピードが速いか、遅いかの違いだけです。
対症療法と原因療法
この問題は、「病気の治し方」と同じ方法で解決する必要があります。
世界を奴隷社会にするのが最終目的です。しかし、同時に、それを達成させる為だったり、それを胡麻化す為に、大衆が困るような細々した問題を無限に作り出します。
病気で例えるなら、前者が原因、後者が症状です。前者がなければ、後者も必要ありません。
症状は、その国によって違います。日本の場合だと、最近は、米不足、移民等です。解決しないような事ばっかりやっています。これが「症状」としましょう。
体調が悪い時、根本的に改善するためには、原因にアプローチすることが大事です。しかし、症状があまりに酷く、炎症の放置が危険な場合は、一時的に薬などを使って、症状を抑える事も必要です。
「薬は絶対ダメなんだ」...と言って、意地でも使わない人がいますが、私は結果がよければ良いという主義なので、害がない程度にだったら使います。
実際に、自然派で薬が大キライな人も、症状が酷い時は、最終的に気持ちが負けて、対症療法のお世話になっている姿を、何度か見てきました。
凄く痛いとか、凄く痒いとかは、耐えるだけでも体力を奪われ、疲弊していきます。
ただし、対症療法が習慣化すると、かえって症状が悪化したり、もっと強い薬じゃないと効かないという事になるので、加減が必要です。
問題解決が下手くそな人は、「対症療法だけ」とか、「原因療法だけ」とか、極端にこだわります。結果よりも思想が勝つので、解決できる事も解決できません。
「病気の原因」を取り除く事を基本とし、必要であれば、症状を抑える方が効率が良いです。
移民問題に当てはめると、移民に反対するのは対症療法。
何故移民を入れるような事をするのか、何故どこの国も同じような事をするのか、元は何なのか...原因になる「政策を作る側」にアプローチをするのが根本療法になります。
国と国の関係で考えて解決しようとすると、症状の方に気を取られるので、対症療法に追われて疲弊します。
「国と国」以外の視点で、問題を見ることも必要です。