カテゴリー:憲法

 

私は被爆地広島出身なので、子どもの頃から「被害者の立場に立った教育」を受けてきました。

 

でもそれは偏った視点なので、被害と加害の両方の視点を持つ事が必要だと考えるようになりました。

 

 

今後は、日本軍が外国人にした加害行為、日本人が同胞を虐殺した事、国民を守らなかった当時の憲法の問題についても、伝えていかなければいけないと思い、数回にわけて記事にしました。

 

日本国憲法と戦後の日本の良さについて考える

 

 

普段から、戦争はしてはいけない、今の憲法を変えてはいけない...と主張しているのですが、こんな話をすると、

 

 

よく「お前は攻撃されても黙っているのか?敵が侵略してきたら丸腰か」と反論されます。「頭の中がお花畑」のように見えるのかもしれません。

 

 

ですが実は逆で、「戦争した方が有利だ」と考える方が平和ボケなのです。

 

 

この世は物理的な制限があるので、カッコイイ戦隊ヒーローのようにいきません。

 

 

残念ながら日本の条件では、大きな国と戦争をすれば100%負けます。以下の記事でも解説しました。

 

⑯【欠陥だらけの社会システム】日本が改憲しても国防軍にしても、戦争したらボロ負けする残念な理由

 

 

危機意識が強いのは良い事だと思います。しかし、危機意識が強い故に武装した結果、かえって死ぬことになるケースだってあるのです。ワクチンがまさにそうですね。

 

 

沢山の死者が出ているのに、まだ打つ人もいます。「対処法そのもの」が目的になってしまって、「その結果どうなるか」を考えなかったらこうなります。

 

 

物事は表面だけ見てはいけません。「良さそうな対処法」に飛びつかない事だって危機管理の一つです。

 

 

だから、戦争に反対しているからといって「丸腰」とは限らないのです。そして、戦争の本質をよく分かっている人程、戦略のつもりで反対しています。

 

 

戦争に反対している人達には、大きく分けてタイプいるのですが、ほとんどが前者です。

 

 

●とにかく争いは良くないと思っていて、平和主義だから反対する

 

●戦争は、敵を装った国の上層部同士が、それぞれの国民を騙し搾取する目的で行われる事が分かっているから反対する

 

 

私は後者の考えをベースにしています。

 

加害も被害もどちらも、これらの戦争の仕組みから生まれるのです。

 

 

 

負けても突っ込む事に、「何らかの意味」や、「美しさ」を感じている日本人が意外に多いのですが、戦争の本質を理解できれば、「負ける戦い」に参加するのはアホらしくなると思います。

 

 

そのような戦いに誘導する人も悪質です。

 

 

本記事では、「戦争をしてはいけない理由」についてお話しします。

 

 

戦争と奴隷システムはセット

 

 

戦争がいけないのは、「無駄な殺し合い」をさせられるのはもちろんですが、それを遂行する為に、社会が「奴隷システム」になり、国民の地位が奴隷以下に落ちることです。これが一番よくない。

 

 

問題なのは、「自分の国が、国民を奴隷にしている」という現実の中にいても、「敵との戦争」の方に意識が持って行かれると、当人達に「奴隷になっている」という感覚がない事です。

 

 

戦争は「ステルス奴隷システム」でもあります。国民が奴隷ではない状態で、大型の戦争はできません。大日本帝国時代がそうでした。

 

 

⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。

 

 

服従させる為には、生活を支配するのが基本です。

 

 

『続・日本軍兵士―帝国陸海軍の現実 / 著者:吉田裕』

 

 

一九四四年四月に召集され、高知県で本土決戦のための陣地構築に従事していた真鍋元之は、次のように指摘している。

 

日本の軍隊は、食費、被服費、住宅費のすべてを、軍側で負担し、兵士からはビタ一文も徴集しない。それのみか、官給以外の物品は《私物》と称し、所持を厳禁している。兵士の生活につき、徹底的に全面保証を与えるのが、日本の軍隊の伝統的な性格であり、この故にこそ軍は、全面的な絶対服従を、兵に要求することが、できているのであった。(『ある日、赤紙が来て』)

 

(viii p)

 

 

「人から貰う物」に完全依存してしまうと楽ですが、それと引き換えに、「理不尽な要求」を押し付けてくる可能性があるので、良い事ばかりではありません。現代、話題になる、ベーシックインカムは、こうなったら怖いです。

 

 

軍隊は一応、建前では全面保証を謳っていました。しかし、「言ってる事」と「やってる事」が違うのが日本軍です。現実は食糧が不足し、栄養失調に悩まされ、住民から「闇米」を買う事もありました。

 

 

戦死した軍人の内訳は、餓死や病死が6~7割だったのですが、その原因を作ったのは日本の命令...つまり、「逆らう事が許されない、上に絶対服従しなければならない縦社会・奴隷システム」です。

 

 

敵に殺された数より、自分の国に殺された数の方が多い...という結果をみると、「戦争」より、実は「奴隷システム」の方が人を殺している事が良く分かります。

 

 

特攻隊は、生きて帰れる実力があっても、「死ね」と命じられていました。

 

 

奴隷は、権力者から命令されるし、自由や、意見を奪われるのです。従わない者には、容赦ない暴力が待っています。

 

 

当時は「一億玉砕火の玉」といったスローガンを掲げたり、みんな同じように負担を要求されていたように見えます。

 

 

しかし、実は相手の立場によって、大きな不公平があったのです。

 

一見公平に見えても格差がある

 

 

奴隷システムには、「命令する側」と「命令される側」がいます。

 

 

庶民が「命令する側」になれる確率はどのくらいなのでしょうか?

 

 

例えば軍隊。表向きは平等にみえても、実際は、みんな同じではありません。

 

調べると、少なくとも皇族は、上位の階級になりやすかったみたいです。

 

 

弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 軍隊と皇室(皇族)

 

旧軍は「天皇の軍隊」だった。それゆえ軍隊の研究には、大元帥(すい)たる天皇の研究は不可欠であり、皇室と軍隊の問題は重要な研究テーマである。

 

 

 

天皇は大元帥として軍隊を統帥する存在だったが、男性皇族は陸海軍いずれかの軍人将校として勤務することになっていた。むろん彼ら皇族将校は、普通の将校とは違い階級も早く上がるし、階級社会に厳しい軍隊生活のなかにあっても、特別に丁重に扱われるなど、常に別格的な存在だった。

 

 

閑院宮載仁や伏見宮博泰のように、それぞれ参謀総長・軍令部長(後に軍令部総長)という地位に就任した事例もある。しかし皇族総長は責任追及の難を避けるため、実際には実務を担当せず、次長以下が責任をもつ慣例になっていた。その意味では彼らは「神輿(みこし)」的な存在だった。

 

 

けれども両宮は陸海軍それぞれの最高人事権に影響力をもつなど、その存在と政治的言動は無視できなかった。とくに伏見宮は軍令部総長を辞めてからも、後任海相の最終人事権を掌握しており、宮の承諾なしに海相が決まることはなかった。
男性皇族が軍人将校にならねばならなかったことは、天皇の直弟たちも避けられなかった。秩父宮(ちちぶのみや)と三笠宮(みかさのみや)は陸軍将校、高松宮(たかまつのみや)は海軍将校となっている。

 

 

このうち秩父宮が三一連隊の大隊長に着任し、弘前市に赴任することとなった。そのため弘前市では上に下に宮を歓迎することになり、市当局はその任務に忙殺されることになった。天皇の直弟が来弘することは、弘前市民にとってたいへんな名誉となった。天皇や皇族の行幸啓がもつ政治的意味と地域にもたらす影響力は、地域と軍隊との関係を考える上で非常に重要なテーマなのである。

 

 

皇族も戦死しているので、完全に平等だと思っていたのですが...

 

【太平洋戦争秘史】意外に多かった皇族・華族の戦没者 高貴なる者の責務を果たした若者たち

 

 

将校等の、かなり上の立場であることが多いです。

 

 

上がこれなので、他にも配属や階級に不平等はあったと思っています。

 

 

軍隊は人の命がかかっている仕事です。向き・不向きもあるし、才能もあるので、この手の職業は、実力で出世してもらわないと困ります。実力が足りないのに、大きな仕事をすれば、ミスに繋がるからです。

 

 

当時の日本人は戦闘能力があまりに低いです。階級を能力で決めていないのでは?と疑いたくなるような戦いをしていました。

 

⑯【欠陥だらけの社会システム】日本が改憲しても国防軍にしても、戦争したらボロ負けする残念な理由

 

 

美輪明宏さんも「軍人はバカばっかり」と言っていました。

 

 

 

 

菅野完氏による日本軍の分析です。

 

 

 

 

例え戦う気があったとしても、階級の決め方が「能力」を基準にしていないのだとしたら、そこには加わりたくないです。私なら別行動を希望します。

 

 

戦争をやりたくない奴が安全な上位のポジションで、やりたい人達が、危険な最前線にいけばいいのです。でも世の中、だいたい威勢のいい奴程、根性がなかったりします。

 

上の立場ほど無責任なタイプが多い

 

全員ではありませんが、

 

 

上位ポジションの奴は、調子に乗っている時は、サムライ気取りで部下に偉そうに命令し、戦わせますが、いざ戦争が終わると、部下殺しの責任から逃げ回ります。

 

 

私が身近な人から「未来ある若者を死に追いやった責任を取って腹を斬った」という話を聞いたのは、たった1件です。

 

 

終戦時に腹を斬った人より、腹を斬らなかった人の方が圧倒的に多かったことから、当時の日本男児が強くなかった事が分かります。

 

 

私は弱くても、逃げてもいいと思います...身の丈に合った立ち回りをする事も必要ですから。

 

 

しかし、「上官」が、サムライ気取りで、部下を虐め、死ぬことを強要していたのに、命令の責任を取らないのは、卑怯ですし、人としてアウトだと思います。

 

 

酷いのは、部下を捨てて逃げるケースです。満州で上官やその家族が下っ端を置いてサッサと逃げた事は、当時も批判を受けたそうです。

 

 

アホで根性がない奴の下で動きたくはないですね。

 

命がけで尽くしても...協力した者はバカをみる

 

当時、「国家総動員法」によって、国民(=当時は臣民)は、戦争に強制的に参加させられました、

 

⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。

 

 

HugKum 「国家総動員法」とは? わかりやすく解説、参考図書も紹介【親子で歴史を学ぶ】

 

 

それにも関わらず、国内への攻撃による被害者に補償はなかったのでした。

 

 

私は広島の人達が、原爆手帳を貰って助かっている姿を見てきたので、てっきり、亡くなった方に対しても、補償があるのだと思っていたのですが、現実は違いました。

 

 

 

 

軍人には恩給があったのですが、被害を受けた民間人はこの扱いです。

 

 

 

「大日本帝国憲法」下の国民は、「臣民(家来)」ですから、財産、命、時間...等搾取されまくりで、一方通行の

 

 

国は彼らの生活や人生のことなど、どうでもいいと思っているみたいです。

 

 

しかし、現代の国民は、人権を尊重する「日本国憲法」の元で生活しています。

 

 

そりゃないだろ...と言う人が出てくるのは当然です。

 

 

 

 

民主主義国家の人間として真っ当な意見です。

 

 

これは、元々原稿に書いていない事で、田中氏がその場でアドリブで付け加えた言葉だそうです。

 

日本は自浄作用がない国なので、「外から変えてもらうしかない」と思ったのではないでしょうか。

 

 

余談ですが、参政党も「DIY」とか、「中から変えるんだ」とか言っていました。しかし、党内の事ですら、中にいて仕組みを変える事はできません。問題が表に出るのは、辞めた人等の情報である事がほとんどです。

 

 

話を戻します。

 

自浄作用がない国では、外に助けを求めたり、事実を表に出すと、圧力がかかります。

 

 

 

 

後ろめたい人の足掻き方はどこも一緒です。

 

「みんなの為を思って尽くして被害に合った側」に、さらに攻撃を仕掛けるような事をします。どの組織も問題が起きると、だいたいこのパターンになりますね。

 

 

被害者に優しくない国...

 

 

だから私は繰り返し言っているのです。日本は人権意識が低く、戦前・戦中は自国民にも酷い事をしていたのだから、外国人に酷い事をしていたとしても不思議ではないと。

 

 

 

 

戦争にほぼ強制的に巻き込んでおいて、何の責任も取らず、国民が補償を求めると、たかりと言われます。

 

 

 

 

美しい国「日本」‼

 

 

...言ってみただけです。

 

 

一方、軍人は階級によって貰える額が変わってきます。下っ端程、最前線の危険なところに行くと考えられるのですが、金額少ないですね。

 

 

 

何故、民間人には0で、軍人にだけうま味があるのかというと、お金貰えないと軍人になる人がいなくなるから...と言う理由なんだそうです。

 

 

臣民全員に補償する余裕はない。だから我慢しろ...と。

 

 

でも、日本のような考え方をしない国もあります。

 

 

 

 

戦い方や、武器の作り方等は、外国の方法を真似て改良するくせに、こういうところは、一切学ぼうとはしません。

 

 

そもそも、「軍人になる人がいなくなるから、軍人にだけお金渡す...」という理屈もおかしいです。

 

 

戦時中は、軍人もそれ以外の人も、なんらかの戦争業務に強制参加だったので、もしなり手がいなければ、再び同じように強制するかもしれません。

 

 

そういう意味で、人がいなくなる...という理屈は現実的ではないです。

 

 

特別扱いの理由

 

軍人のみにうま味がある理由として、みんなが思いそうな事は1つです。

 

当たり前ですが、階級が上だった人程、軍のヤバい秘密をたくさん握っています。

 

戦後、戦争に関わるヤバイ資料は、焼却処分して、揉み消してきました。せっかく証拠隠滅したのに、生き証人にいらん事をペラペラとしゃべられたらマズいわけです...。

 

 

みんな同じ事を考えたと思います。

 

 

民間人にはなく、軍人...それも階級が上になる程高い...これ、戦後に軍隊で知った事をバラすなよ...という無言の圧力と口止め料効果だと考えたら筋が通りますね。

 

昔の人は義理堅いので、大多数の人は、世話になっとる人に都合の悪い事はしないようにするはずです。

 

 

軍隊から帰ってきた人は、戦争体験をあまり語りませんでした。思い出したくないから、後ろめたいから...という理由もあると思いますが、戦後、お金を貰っていたというのも、少し関係していると思います。

 

 

あの戦争は悪くなかった、正しかった...と言う人がいますが、階級が上だったり、戦争で儲けていた会社関係者だったり、それらの末裔だったりします。

 

 

一方、ヤバイ秘密を握っていない民間人は、口止め料など必要ありません。

 

 

余計な事を言われると困る例は、他にもあります。

 

 

菅野完氏が、(亡くなったと思われていたけど)生きて帰ってきた英霊の声が無視されている件について話しています。

 

 

 

 

逆に、余計な事をしゃべるとこうなります。

 

 

『私たちが中国でしたこと 中国帰還者連絡会の人びと 著者 / 星徹(2006年7月25日 初版発行)』

 

第二章 忘れえぬ七三一部隊の狂気

 

篠塚(旧姓・田村)良雄(千葉県在住・七七歳)

 

この一カ月ほど前の一九九八年六月二五日、自らの罪行について米国とカナダで講演をするため、篠塚は飛行機でシカゴ(米国)へと向かった。事前に、両国政府機関から「七三一部隊の戦犯なので、入国を許さない」という情報を受け取ってはいた。それでも、「話せば分かってもらえる」という思いで出発したのだ。

 

 

シカゴのオヘア国際空港の入国審査で、コンピュータが反応した。「ワシントン(米国政府)の命令だから、入国は認められない。篠塚には、ただちに日本へ帰ってもらう」。審査官にそう言われ、篠塚は成田へと送還された。

 

 

「米国とカナダで、わしの罪行について証言をしたかったのですが、残念でなりません。証言するから入国させない、としか思えない。口をつぐんでいる人は入国できるのに」。悔しさを押し殺してそう私に言うと、篠塚は目をつぶったまましばらく動かなかった。

(中略)

 

 

中国の寛大政策により、篠塚は五六年七月に起訴免除となり、八月に帰国した。

 

 

千葉県の故郷へ戻って数日後、同郷の七三一部隊の元上官たちが「歓迎会」を開いてくれた。その場で、別の部署の元上官から、「石井(四郎)部隊長閣下のところへ、帰還の挨拶に一緒に行こう」と誘われた。篠塚は行く筋合いではないと思い、「わしはもう石井の部下じゃない。行くのは嫌だ」と断った。

 

 

その場は険悪な雰囲気になり、それ以降こういった会合に誘われることはなくなったという。

 

 

「あの時、石井四郎に会って就職の世話にでもなっていたら、今頃は口をつくんでいたかもしれません。行かなくてよかった」。そう当時をふり返る。

 

 

その後、地方公務員となり、定年まで働いた。定年後の八四年ごろから、七三一部隊での体験を講演するようになった。「わしが中国でやったことを、闇から闇に葬るわけにはいかない、と思ったのです。真剣な眼差しで、そう篠塚は私に訴えた。

 

 

講演会での証言は、九三年から七三一部隊展が全国各地で開催されるのと並行して、頻繁に行われた。嫌がらせも度々あった。

 

 

渋谷(東京都)での講演後、ロビーでチンピラ風の若い男に「でたらめ言うな!刺すぞ!」と脅されたこともある。

 

 

千葉で講演をした時は、七三一部隊の部隊長のことを「石井四郎」と言うと、会場内の中年の男から「なんで石井閣下のことを、呼び捨てにするんだ!」と怒鳴りつけられたこともある。そんなことがあっても、証言を続けている。

 

 

「わしたちは、人としてやるべきでない事をしてしまったのです。被害者や遺族の立場になれば、どう思っただろうかといつも思います。せめてもの償いです」。

 

 

そう篠塚は言うのだが、講演で目にする彼はいつも苦しそうだ。それでも、悲しみやつらさの感情を押し殺し、必死に平静を装おうとする。「講演をして当時のことを思い出すと、苦しくて夜はなかなか眠れません。思い出すのは、とてもつらいのです」。そう篠塚は私に語ったことがある。

 

 

生涯を通じて責任を取る

 

 

米国とカナダへの入国拒否について、篠塚は力を込めて言う。

 

 

「確かにわしのやったことは、非人道的な行為でした。申し訳ないと思っています。しかし、米国は石井四郎(元部隊長)ら幹部と取り引きをして、“免罪”しているじゃないですか。彼らが入国できたのに、わしみたいな下っ端を入国させないのは、納得できない」

 

 

確かに、篠塚は非人道的行為をした。しかし、被害国である中国の裁判では不起訴処分となっており、「元戦犯」ではない。

 

米国は、七三一部隊などの人体実験やその他の“研究”資料を手に入れることを条件に、これら戦争犯罪を追及しない、という取り引きをした。その一方で、篠塚のように自らの罪を認めて謝罪し、積極的に事実を証言している元下級軍属を入国させないのである。

 

 

(160~167p)

 

 

ここにでた篠塚氏は、今から30年前、戦後50年に作成された動画(10:55~)に出演しています。

 

 

 

 

 

食料事情

 

臣民は少ない配給のせいで栄養失調になっていました。

 

 

子供が多い家は、食料を求めて、田舎で物々交換をしてもらっていたのですが、途中で待ち構えていた憲兵に没収される事もありました。

 

 

散々こき使われて、食料はほとんどなし、自力で調達しようとしても、それすらもダメとされる...これが日本式の戦争です。

 

しかし、裕福な人達はそうではありませんでした。

 

『太平洋戦争と「国民総動員」 / 著者:小野賢一 けやき出版 1995年出版』

 

カンヅメを買い集める資産家

 

国民のすべてが食べ物に苦しんだのではない。「一億一心」などと宣伝してみても、富める者と貧しい者がいる会社にあって、統制経済・戦争は軍需を中心とする大企業に大もうけをもたらしたから、金持ちたちは日米戦をまえに手当をはじめた。

 

 

その一端がカンヅメ買い集めである。

 

 

これを、新潟・岐阜・兵庫・奈良・香川五県の検事局からの報告を原資料とする「臨戦時下に於ける物資買漁状況」(四一年十一月)が、同年夏~秋のこととしてふれている。

 

 

「最近缶詰類を何程でも良いから売つて呉れと云ふ人がある。現在私の店には約三百個の缶詰があるが本月になつて二、三人もさうゆふ人が来たが売らないで置いた。聞くところに依ると東京方面の資産家が近在に家を作つて其処に二、三年分位の食糧を溜めて置き、いざ空襲と云ふ時其処に避難するのだと云ふことで其の為地方の親族、知人に依頼して缶詰類の買い占を遺らせて居ると云ふ」(新潟県、食料品商)。

 

 

 

金持ちの家の二、三年分の食糧というものがどれほどの量かちょっと見当つかないが、新潟にはまったく同様のケースがもう一例ある。

 

 

さらに西の岐阜県にも同様のケースが一例あり、それが空襲へのそなえと関係があることをしめしている。

 

 

「一人で缶詰類を何個も売つて呉れと云つて来ます・・・・・・空襲下に於ける用意に買留めせらるゝものと思ひます点は缶詰壜詰の中でも副産物になるものを選んで買つていかれるからであります」(果実類缶詰商)。

 

 

 

この人たちは売り惜しみに触れるのではないかと気にやんでいたが、金持ちにたいしてそれは杞憂であった。

 

 

 

疎開先の新潟から上京したある少女は、ある鉱山重役の屋敷に住み込みの女中として働き、その生活ぶりに衝撃をうけた。

 

 

「当時、銀飯とも純綿とも呼ばれていた白米が、ひきも切らずどこからか運ばれてくる」。上野駅の周辺か焼け野原のころというから、敗戦直前の時期のことである。

そこには「戦犯級の名高い人が時折来訪し、豊かな食膳が用意された。警官もなんの用だか、ときどき訪ねてきた」(小田ふみ子「加配米」)という。

 

 

 

「星と錨」の権威と特権をかさにきて、よろしくやっていた少数の連中は確かにいたのである。莫大な金が湯水のように軍・軍需産業に流れ込んでいたし、「オイコラ」の警官も軍には弱かった。

 

 

(45~46p)

 

 

庶民の我慢は何だったのでしょう。「欲しがりません、勝つまでは」「月月火水木金金」等のキャッチコピーを地でいく生活をしていたのに...。

 

 

ここまでは、戦争になると下っ端は損しかないので、やらない方がいい...という話をしました。ここからは、戦う事そのものが、やる意味がない理由について解説します。

 

本当の敵

 

頑張って戦争しても、敵に攻撃が当たらなかったら意味がありません。

 

 

戦争がいけないのは、「本当の敵ではない違う対象」と戦わされる事です。つまり、的外れ。これって最悪でしょう。

 

 

奴隷になってこき使われて、負けて、良い事は何もなかったです。...で、狙っていたのは、本当の敵ではありませんでした...こんなオチだからやるなと言っているのです。

 

 

大きな戦いの多くは、「本当の敵」と「嘘の敵」が存在します。どういう事かというと、

 

 

戦争というのは、戦争をする事を決めた人がいます。必ずです。

 

 

道を歩いていて、肩と肩がぶつかって、自然発生的に起きる揉め事は、ただのケンカ。これと戦争は違います。

 

戦争は大金がかかるので、計画と準備が必要です。これは自然に発生しません。誰か分からない人が決定してやったのではなく、ハッキリしています。

 

 

「戦争したい」ってみんなに言ってみたら、応援してくれる人が少しずつ寄付してくれた...なんてことは起こりません。あったとしても足りないです。続けられません。

 

 

決めた人の都合で、計画、決定され、下っ端同士が戦います。それが戦争です。

 

 

下っ端は、敵国の人を、元から憎んでいるとは限りません。嫌いではなくても、命令で攻撃させられます。

 

 

敵の悪いイメージを宣伝し、元々は悪い関係ではなかった者同士を憎しみ合わせる工作も行われます。

 

 

敵国も同じです。

 

 

戦争をすることで儲ける人達がいます。どこの国の「仕掛け人」も同じ事を考えます。

 

 

「お互いの国民」は、奴隷にされ、騙し、利用・誘導されているに過ぎないので、厳密に言うと、「本当の敵」ではありません。

 

 

本当の敵は、「闘わせている黒幕」です。戦争を仕掛けた側です。

 

 

でも軍はそこを「狙え」と命令しません。仕掛けた側は、永久に狙われないのです。

 

 

命令された側は、敵ではない相手を「敵だ」と思い込まされ、傷つけ合います。

 

 

このように、「本来の敵」ではない、「表面上の敵」に向かわされる事に、ほとんどの人は気付いていません。

 

 

では、「表面上の敵」とは何だと思いますか?戦争の場合は「国」です。

 

 

一つの国でも一枚岩ではないので、「国 vs 国」の構図だけで見たら判断を誤ります。

 

 

歴史から無視されたストーリー

 

広島を例に、国と国との構図で考えてはいけない理由をお話しします。

 

原爆は「上空で炸裂した」とされています。ですが、その一方で「地上起爆だ」という説もあります。

 

どちらの説を支持するかと、よく聞かれるのですが、私はこの点はあまり重要だと思っていません。

 

広島の原爆については、ネット、書籍、体験者の話を色々聞いてきましたが、私が一番問題だと思っているのは、原爆が投下される事をあらかじめ知っていた人がいたということです。

 

 

『原爆は本当に8時15分に落ちたのか 歴史をわずかに塗り替えようとする力たち / 著者:中条一雄

 

 

いま一人は私の中学、高校で二年先輩の水田泰次さんだ。二〇〇〇年八月発行の同人誌の中で、やはり「広島で原爆が落とされることがわかっていた」と次のように書いている。

 

 

当時、小生は京大工学部冶金教室の学生でした。原爆が投下される三ヵ月前の一九四五年五月のある日、冶金教室の主任教授の西村英雄先生に突然呼び出されました。

 

 

先生によると、アメリカの学会から秘密裡にニュースが先生に送られてきて、当時原爆制作を競争していた日本より先にアメリカで成功したというのです。

 

 

そして、その第一回現地テストを広島で行う予定が決まった。できるだけ早く両親を疎開させなさいということでした。

 

 

水田さんは西村教授の忠告にしたがって、両親をすぐに広島近郊の廿日市に疎開させた。おかげで両親は原爆の被害にあわなくてすんだ、この西村教授の忠告は、今や想像もできないくらい奇想天外ともいえる機密情報だが、水田さんはこう言う。

 

 

「西村先生に呼び出された時、先生の横に原子物語の湯川秀樹教授が座っておられた。それで、てっきり湯川教授からの秘密情報かと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。西村先生がアメリカとの独自のルートを持っておられたようだ」

 

 

独自のルートで考えられるのは『もはや高地なし』の一節だ。原爆投下の約半年前の一九四五年初めごろから、一部の米学者の間から「原爆使用反対」の声が出て、その中心になったのがシカゴ大学の冶金研究所だった。

 

 

アーサー・コンプトン所長を中心に政治家や軍関係者に対し、さまざまな反対運動を繰り広げたようだ。その様子は「届かなかった原爆使用反対の声」という項目で詳しく紹介されている。(同書一一一ページから一一九ページまで)。

 

 

六月四日には「同研究所で対日原爆使用を阻止しようとして七人の科学者が会合を開いていた」とあるが、結局反対の声は通らなかった。

 

 

シカゴ大と京大、そして同じ冶金教室。冶金つながりに不思議な符号がある。学者の間では、あの戦時中でもスイスあたりを経由して、日米間でひそかに情報を交換していたという話もある。

 

 

終戦後、西村教授が亡くなったのち、水田さんは同教授のご子息に「生前、こんな話を聞いていましたか」と尋ねたところ、「そんな話は一切聞かなかった」という返事だったという。だが、水田さんは、今でも日米間の「冶金つながり」を信じている。

 

 

(187p)

 

 

これは2001年発行なので、ネットを使う人が少なかった時代に書かれた本です。著者も被曝しており、当時の状況が書かれていました。

 

 

3か月前に分かっていて疎開するなら、他のみんなに伝えていれば、もっと多くの人が助かったでしょう。

 

 

そして、そんなヤバイ情報を知る事ができた...という点が最も重要です。

 

 

この時代は、天皇、皇族以外の人間は「臣民=絶対的な君主に使える家来」という扱いだったので、現代のような「国民」ではありませんでした。

 

 

従って当時は、治安維持法や、国防保安法...といった、家来がお上に逆らえないようにする為の、法律が作られました。

 

 

⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。

 

私が知らないだけで、他にもヤバい法律があると思います。

 

 

何が言いたいかと言うと、この時代、国が推奨する事以外の自由はありません。亡くなった祖母がよく「おばあちゃんらは、青春やなんかなかった」と言っていたのですが、そういう事です。

 

 

臣民が何かできる...という事は、イコール国が許している事だと解釈できます。

 

 

「情報の取り扱い」を少し間違えると、死刑になる可能性がありました。

 

 

そんな中、「敵側の情報」を受け取るなんて、ありえないわけです。アメリカの学会とやり取りしてただけで拷問、虐殺でしょう。当時の感覚では。

 

 

戦争を終結させる原因の一つになった爆弾の情報が、臣民である京大の教授が知っていて、それを臣民の学生に告げる。もし学生が拡散したら、「アメリカ学会」とのお付き合いがバレて、どんな処分を受けるかわかりません。

 

 

「鬼畜」認定していた国の情報を受け取り、それを学生に教える余裕がある...という事は、

 

このようなやり取りを、元から国は知っていて許していた...と考えるのが自然です。でないと無事でいられません。教授が知っている情報なら、国の上層部も知っていたでしょう。

 

また、大本教の教祖である出口王仁三郎は、第二次世界大戦や、広島・長崎の原爆を予言していたそうです。

 

 

...これは予告だと考える方が自然ですね。

 

 

...9.11同時多発テロに詳しい人なら、何故かあの当日、ワールドトレードセンターに出勤せずに難を逃れた人がたくさんいた...という話を思い出すのではないでしょうか。

 

 

一部の人だけ情報を貰って逃げた...としたら、被害者は同胞に見捨てられた事になります。

 

 

あの爆弾が投下だろうが起爆だろうが、広島で使われると日本人が知っていた事は変わりません。

 

 

原爆計画に例えわずかでも日本人が関わっていたなら、この戦争は「日本vsアメリカ」の構図ではなくなります。臣民の立場からすれば、誰と戦わされているのか...という話になります。

 

 

表向き戦争をしているように見えても、水面下では上層部だけ繋がっている...このような状態だったことを考えると、本当の敵はアメリカというですか?

 

 

...違いますよね。アメリカの国民でもない。

 

 

上の方で繋がって、国民に分からないように悪い事をしている人達が敵ですよね。だから、どちらの国も、戦争にのってはダメなのです。

 

 

「平和ボケ」とは戦いを避けることではありません。表面的に考えた気になって、浅い考えで安易に戦いという選択をしてしまう事、実力がなくても呑気に「勝てる」と思ってしまう事を言います。

 

 

そして、戦争という大きなイベントに気を取られて、気がついたら奴隷制度に侵食されてしまう事も「平和ボケ」です。

 

 

戦争に関われば、自らの立場を奴隷に落としてしまいます。その為、反対する必要があるのです。

 

 

戦争することも必要だ...と考えてしまうのは、「国vs国」の闘いの構図だけで物事を考えているからです。次回はこの解説をします。

 

 

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最近、敵が攻めて来るから、憲法を改正して、自分の国を自分で守れるようにしよう...と主張する人が増えました。

 

 

この「守る」というキーワードは、注意しなければいけません。「言ってる事」と「やってる事」が同じとは限らないからです。

 

 

戦前も「自分の国を守る為」「アジア解放の為」...という口実で戦争をしましたが、実態は侵略目的でした。

 

⑧大日本帝国に対する他国のきびしい評価と、共通する被害。

 

 

自分達の事しか考えていなかった情報が、いくらでも出てきます。最近、以下の話を知りました。

 

毎日新聞 終戦の8~9月、南樺太で朝鮮人の虐殺が多発 旧ソ連の新資料で判明

 

 

他国に迷惑をかけただけではありません。自国民も犠牲にして、コテンパンに負けました。

 

 

酷いのが軍隊の死因です。

 

餓死や栄養失調等による病死が、6~7割。

 

名誉の為に、上官に「死ね」と命じられたケースも多いです。

 

 

 

内訳を見ると、強制力のあるブラック労働で人が死んでるわけです。もし現代、どこかの中小企業が、同じような人の扱いをしたら、責任を取らないといけないですし、ボロクソに叩かれます。

 

 

敵を倒して戻って来れる実力がある兵隊に、「死ぬ」ことを強要するのは、人材の使い捨てです。もし、現代の労働現場でこんな事があったら、世間の目は厳しいでしょう。

 

 

現代の政治は、バックに外国勢力がいるという理由で、「国内の問題」を全て外国人になすりつけていますが、大日本帝国を動かしていたのは、(外国との癒着は見られるとはいえ)、一応日本人です。

 

 

日本人が国を運営したら、残念な結果になったのです。大日本帝国を越えるブラック組織は、この日本に存在しないと思います。

 

 

亡くなった人達の事を「英霊」とか「お国の為に戦った先人たちのお陰」と言って、褒める人は多いですが、その人達が、先人を死に追いやった原因である当時のブラック体制の問題を追及し、謝ったり、反省している姿を見た事がありません。

 

 

労働システムの欠陥として捉えた時に、無責任極まりないと思いますし、

 

 

「あれで問題ない、戦争だから仕方ない」...と甘い考えをしているなら、日本人は「組織を動かす能力」「戦争する能力」が低いということになります。

 

 

改憲して戦えるようになったところで、こういった日本人の特性は変わってないので、また同じ事を繰り返すだけです。また負けます。

 

 

本記事では、「戦う為に必要」という理由で、憲法改正する事がいかに馬鹿げているかと言う事と、戦ってもまた負ける理由をお話します。

 

 

情報に対する意識

 

何故改憲がダメなのかと言うと、改憲しても優れた軍隊を持っても、日本を守れないからです。

 

日本は既に情報戦で負けています。この部分で負けていたら、物理的な戦いも絶望的です。戦前がそうだったように...。

 

 

日本は情報の扱い方が、個人から国まで、なってないです。例えば、現在進行形でこういった政策が平気で行われています。

 

 

【要注意!!】万博IDを作らなければ『大阪万博』に入場できないことが判明 万博IDの作成には個人除法保護方針の同意が必要で、同意すれば個人情報を外国政府、協賛企業などに提供される仕組み

 

 

【河野太郎】マイナンバーカードの対面確認アプリの提供を開始すると発表 事業者のアプリにダウンロードし、券面をカメラで撮影 画像が中国などに横流しされる恐れ

 

 

内閣官房・警察庁・公安調査庁・外務省・防衛省がマイナンバーカードの危険性を政府に訴えていたことが発覚「個人情報を一括して盗まれ、悪用される可能性が否定できない」

 

 

LINEヤフー、個人情報の流出件数が51万件に拡大「LINEを禁止にしない政府はヤフーと共謀していると判断してよいと思う」「え〜本当に盗み取られたんですか? 個人情報を売買していたんじゃないですか?」「ワザとですよねこれ」

 

 

 

この手のニュースが多すぎます。

 

 

lineなんか平気で使うし、個人情報が流出する危険性があるマイナンバーをポイントにつられてとったり...もう、国民の情報は外国にダダ洩れだと思います。

 

 

こういった仕組みを作る国自体にも危機意識がありません。

 

 

国を守る立場の人達がマイナンバーを作られているかどうかは分かりませんが、彼らの情報はちゃんと守られているのか心配です

 

 

自衛隊員や警察官の情報が外国に流出しているとしたら怖い事だと思います。

 

 

命を守る情報

 

戦争に勝つためには、情報を上手く扱う能力が必要です。これができないと、勝てるものも勝てなくなります。

 

 

もし、日本が情報戦に強かったら、国民は誰もmRNAワクチンを打っていなかったことでしょう。

 

 

何故なら、日本が最初の一回目の接種をしたのは、外国より遅かったからです。日本が接種を開始したのは、2021年2月17日でした。

 

 

その時には既に、先に打ち始めた国から、悲惨な結果が沢山出ていました。例えば以下は、日本の接種が始まった少し後くらいに拡散されたドイツの情報です。

 

 

3か月のコロナワクチン接種を終えた結果

 

 

同じくドイツで製作されたドキュメンタリーです。

 

 

以下はだいぶ経ってからですが、他の国でも...。

 

ワクチン被害の真実

 

 

これらの動画から分かる事は、「他の医薬品」に比べて被害が深刻なのにも関わらず、どの国も解決する気がないということです。

 

 

アビガンや、ヒドロキシクロロキン、(後に小林製薬の事件)等、他の商品や企業だったら、ボロクソに叩いて使わせないようにするのに、コロナワクチンはどんな問題が起きても、打ってすぐに人が亡くなってもかばいます。この特別扱いは異常です。

 

新型コロナの治療法一覧

 

 

この時点で、普通の医薬品と同じような扱いになっていない異常性に気づかなければいけないです。

 

 

これらの情報を受け取って吟味して、止めようと思えば、止められたわけです。でも、「国を守る職業の人」は、それができませんでした。

 

 

「専門的な能力がない国民」が危険性に気がつかないのは仕方がないですが、「国を守る職業の人」が気づけないのは問題だと思います。

 

 

国会議員は実は知っているだろう...と考える人は多かったですが、意外と知らずに打ってました。立憲民主党の原口議員も被害に合いました。

 

 

地方議員はかなりの確率で打っています。

 

 

私や、私の周囲の人が、ワクチンを止める為に身近な議員を訪ねて話をしているので、その時に、地方議員のワクチンの認識は、だいたい分かりました。

 

 

そんな状態なので、当時から、一般の人達が危機を察知して拡散していました。

 

 

 

たかがワクチンの情報だろ?医療従事者でもない政治家や自衛隊が知らなかったからと言って、大したことないだろう...と思われるかもしれません。

 

 

ですが、ワクチンは国防問題なので、薬害情報に危機感がなく、対処できないというのは致命的と言えます。次にその理由を説明します。

 

ワクチンの危険性の情報を受け取れないということ

 

mRNAワクチンは、「遺伝子ワクチン」とも呼ばれています。

 

 

接種前から、動物実験でも問題があった...と、多くの専門家が警鐘を鳴らしていました。

 

 

しかし、こういった情報は、政府にもメディアにも無視されました。

 

海外でも同じような状況ですが、「関心を持つ人の数」は日本よりはマシで、以下のようになっていました。

 

 

 

これだけ健康被害や死亡者がでたら、普通なら国が動きます。次の被害が起きないように対処するわけです。

 

 

日本の例でいうと、2011年、ユッケによる集団食中毒が原因で、5人が亡くなった時は大騒ぎになり、生食用食肉の衛生基準が厳格化されました。

 

 

5人の死亡で対処しています。

 

 

うずらの卵による死亡事故でも世間は騒ぎました。

 

 

 

それらの件をはるかに上回る人数が、ワクチンによって亡くなっているのに、問題視せず、強引に継続すると言う事は、これは医療問題ではなく、政治問題です。

 

 

アメリカでも似たような状況ですが、凄いのは、ワクチンが生物兵器である事を指摘した人がいたことです。その人はリー・メリット博士といって、アメリカ海軍で外科医として働き、生物兵器の研究をしてきた経験があります。

 

 

以下は私が2021年に書いた記事です。日本で接種が本格化する前に、ハッキリと述べていました。

 

 

【副作用が酷い理由】アメリカ外科医協会の前会長リー・メリット博士が語るコロナワクチンの正体

 

 

かつて、関東軍防疫給水部(731部隊)が、生物兵器などの研究を行っていました。

 

しかし今では「日本軍がやった事」をすっかり忘れている人が多いので、生物兵器というものの存在にあまり関心がないのでしょう。

 

生物兵器の疑いがあるなら、情報源が外国人であっても、その意見には耳を傾けるべきです。大量破壊兵器ですからね。

 

だから、国防問題なのです。

 

大量破壊兵器 Wikipedia

 

 

大量破壊兵器または物理兵器とは、人間を大量に殺傷すること、または人工構造物(建造物や船など)に対して多大な破壊をもたらすことが可能な兵器のことを指す。

 

典型的には特に生物兵器、化学兵器、核兵器、放射能兵器の4種類を指すものとして用いられる(放射能兵器を核兵器に含めるとして3種類と数える場合もある)。

 

 

現在、日本だけで接種後に2000人以上亡くなっています。結果だけをみれば、人間を大量に殺傷しています。

 

沢山打ったから、数が増えるのは当然...という人がいますが、馬鹿げた理論です。

 

 

 

 

命を守るものだと信じて、多くの人が打ったワクチンには、以下のような問題があります。

 

●副反応、後遺症、死亡者が増えても継続

 

●接種推進に協力する方が儲かる仕組みを作る

 

●被害やリスクを隠蔽

 

●被害を訴えた人を攻撃

 

●被害に合った人を助けない

 

 

被害者ファーストではありません。誰の為の政策なのかと突っ込みたくなりますね。

 

人を救う気がないことは明白です。

 

 

日本政府は、生物兵器から国民を守ることができませんでした。それどころか、危険に晒しています。

 

 

頼りになる自衛隊員や警察官も、ほぼmRNAワクチンを接種しています。血管が詰まるリスク、突然死のリスク、発癌のリスクを抱えているので、早急に治療をした方がいいと思うのですが、そういった話は聞きません。

 

 

接種してしまうのは、「生物兵器」という認識がないから。「ワクチンは医薬品」という情報しかないからです。

 

 

大勢の人が亡くなっているにも関わらず、ワクチンが生物兵器だという視点を全く持てないのは、情報戦で負けていることを意味します。

 

 

世界中で打ってますが、日本は他国に比べると、回数を多く接種しているので、それだけ大きなリスクを負っています。

 

もっと人を大事にして欲しいです。日本は資源に乏しいので、人を守らなかったら終わりです。

 

この動画のコメント欄でも、「自衛官を大事にしてほしい」とか、「マスクを外してあげて」といった声があがっています。ワクチン程ではないですが、マスクの健康被害も大きいので、気を付けてほしいです。

 

 

 

 

そして、最近入ってきた話も大問題です。タイトルを見て怖いと思いました。

 

【前代未聞】防衛省、海上自衛艦の乗員不足解消のため、外国人の登用を検討していることが判明

 

 

自衛隊員や警察官や消防士がワクチンを打てば、薬害で弱ります。人が減った時、不足を外国人で補う事は、私は最初から予想していました。それに近い方向になりそうですね。

 

 

スポーツチームみたいな感覚で、国を守る組織に外国人を入れたら、スパイ活動されるかもしれない、寝返るかもしれない...と思わないのでしょうか?

 

 

今後はどの業界も、人不足の原因を考える時、「ワクチン死」も可能性の一つに入れておいて下さい。日本に比べると、他の国の方が危機意識が高いです。

 

 

 

最近、外国人問題を取り扱っているインフルエンサーが増えました。この人達がワクチンの問題を追及するかどうか見て下さい。

 

減った人を補うために外国人を入れるなら、その件とセットで、減った理由を追及するのが筋というものです。原因に目もくれないのだとしたら、本気で解決する気はないと考えています。他に目的があるのかもしれません。

 

情報や健康面の問題から、日本が負ける理由を説明してきましたが、次は、それ以外の理由についてお話します。

 

改憲しても日本が負ける理由

 

戦争をする為には、武器も大事ですが、情報、健康、食料、エネルギーが重要です。

 

 

戦中は、物資の不足で痛い目に合いましたね。今の日本はどうでしょうか。

 

 

食料自給率は低く、今年はコメ不足です。それ以外の物も、ジワジワ生産量が落ちています。

 

動物性タンパク源が高くなる理由

 

 

エネルギーは乏しいので、外国に頼らないといけません。

 

 

原発がいたるところにありますが、ここにミサイル打ち込まれたら終わりです。

 

 

そして、情報インフラの問題があります。

 

今年の通常国会での「NTT法廃止」は見送られたようなので、とりあえず安心ですが、油断はできません。

 

 

昨年のNTT法一部改正の附則第4条に、「NTT法廃止を含め会社の在り方を検討し、令和7年の通常国会に法案を提出する」と書かれているので、そうしたい気持ちはあるはずです。

 

現行のNTT法(日本電信電話公社が民営化された1985年に成立)は、第4条に、政府が常時1/3以上の株式を保有するよう義務付けられています。

 

ですが、もしこの法律が廃止されると、撤廃され、社長も外国人が可能になります。

 

 

自衛隊も大半の通信設備をNTTに委ねているので、外資が多く株を持てば、情報インフラを外国にコントロールされることになりかねません。

 

 

要注意です。

 

 

最近ではこんな話もでてきました。

 

 

中国は日本の電力を遮断できる!?

 

 

これが本当だったらヤバイです。電気が止まれば、病院、水道、交通機関も止まるので致命的と語られてます。

 

 

それだけではなく、日本を取り巻く環境にも問題があります。

 

改憲したら敵国条項があるので、よけい危険になります。

 

 

 

...このように、負けるの条件のデパートです。

 

改憲を訴えている人達の正体

 

今の日本は、戦争に勝つために必要な、健康、食、エネルギー、情報...これらを壊したり、売ったり、不利になるような事ばかりやっています。

 

 

それと同時に、改憲を叫ぶわけです。戦争を出来るようにしようと。

 

負ける為の準備をして、整ったから、戦争の為に改憲するつもりでしょうか?

 

mRNAワクチン接種推進をはじめとした日本弱体化政策を行っている人達の多くが、憲法改正を訴えています。この意味をよく考えた方がいいです。

 

もしこの状態で戦争したら、確実に玉砕します。

 

合理的な判断ができず、感情論に走るのも負ける理由

 

負ける条件が揃っていても、根性があれば何とかなるんだ!最後は人が残っている。一億玉砕火の玉だ!...と、

 

昔のように頑張っても、「負ける理屈」が同じなので、また失敗するだけです。

 

 

世の中には、やる前から結果が分かっている勝負というものがあります。賢い人は、日本の条件では、戦ったら負けると、すぐに悟るはずです。

 

 

それを「精神力で乗り切ればなんとかなる」と考えるのは、合理的判断ができないということです。戦いのセンスがありません。

 

 

昔の日本人も非効率な事を考えていました。一部、賢い人はいたようですが、「周りと異なる意見」を言える空気ではなかったようです。

 

『ヒロポンと特攻 太平洋戦争の日本軍 / 著者:相可文代』

 

兄弟と同期だった和田稔

 

「海軍反省会」で、鳥巣健之助が模範的な犠牲的精神の特攻兵として持ちあげた和田稔は、岩井忠正の「回転」隊の同期である。忠正にとっては特別な思い出のある人物だった。

 

和田は東京大学から海軍に召集され、特攻を志願して「回転」隊に配属され、忠正と同期になった。年齢は忠正より一歳下だが、常に成績が主席の優等生で、リーダーだった。

 

あるとき、居室で仲間たちとくつろいでいるとき、忠正はふだんから言ってみたかったことを口にした。

 

世間では大和魂だとか敢闘精神だとか軍人精神なんてギャーギャー言っているけど、戦争は結局は物理力と物理力のぶつかりあいじゃないか。そんな観念なんかで勝てるわけないさ。もしそんなもので戦争に勝てるんだったら、ちょっとその念力で、この茶碗をひっくり返してもらおうじゃないか。そんなこともできないのに、何が大和魂だ。な、そうだろう?

 

(『特攻 自殺兵器となった学徒兵兄弟の証言』)

 

この忠正の放言に、同期生の近江哲男はおもしろがって同意したが、同期のリーダーだった和田は、「おい、遠山、そんな話はするな!」と、たしなめた。おもしろがったのは近江だったので、遠山巌もむっとしていた。

 

忠正はこれ以上はまずいと思って話をやめた。しかし、自分を直接たしなめるのではなく、奇妙なかたちでたしなめた和田に対しては反感が残った。

 

数日後、忠正は魚雷艇を受け取りに、和田と大津島(山口県)に行った。大津島の士官食堂のこの日のメニューは、光基地では食べたことのない「すき焼き」だった。

 

同級生ともひさしぶりに会えて、二人とも先任将校への到着の報告をすっかり忘れていた。翌朝、朝食のとき、先任将校から到着の報告がなかったことをとがめられ、二人は鉄拳制裁を受けた。帰りの船のデッキで二人になったとき、突然、和田が忠正に話かけてきた。

 

「おい、岩井、貴様がこのあいだ遠山たちに話していたことだがな、じつは俺もそう思っているんだ」

 

忠正は和田が同意したことに驚いたが、あのときの和田の注意のしかたに対する反感はまだ残っていた。

 

(306~306p)

 

 

 

物理力と物理力のぶつかりあい...は、当たり前のことです。これすらも分からない、考えさせない、言えないようにするなら、当時の人は、戦いに必要な知能を持っていないことになります。

 

 

また、このような当時の軍隊を賞賛する現代の人も賢くないです。

 

貴重な意見を無視

 

日本人が情報の扱いが下手なのは、今に始まったことではなく、昔からです。「良い情報」が手に入ったとしても、全く生かさず無駄にする人が多いです。

 

 

当時、闘う前から、日本が負ける事は予測されていたそうです。それを無視して押し切って、負けました。

 

 

『愛国者の条件 昭和の失策とナショナリズムの本質を問う 著者 / 半藤一利 戸高一成(2006年12月4日 初版発行)』

 

第七章 再軍備を語る前に知っておくべきこと 半藤一利

 

日本が持つ致命的な弱点

 

 

反三国同盟トリオの一角、井上成美が対米英戦争の直前に、絶対にアメリカと戦ってはならない理由を箇条書きにし、上層部に突きつけたことがありました。どう転んでも日本に勝ち目はない、その理由は次のようなものです。

 

 

イ、米国本土の広大さ。政治的にも占領不可能

 

 

ロ、首都攻略も不可能

 

 

ハ、米軍事力の殲滅不可能

 

 

二、米国の対外依存度の低さ

 

 

ホ、海岸線の長大さ。海上封鎖も不可能

 

 

へ、カナダ・メキシコと陸続きであり、海上封鎖不可能

 

 

 

これは極めて常識的な内容で、上層部にとっては、「そんなこと十分わかっておるわいという気持ちだったのでしょう。そして「それでもやる以外にないのだ」「戦争はやってみなければわからないのだ」というのが彼らの結論でした。

 

 

ただ、この井上さんの指摘が面白いのは、全く別の点にあります。よくよく考えてみると、この六つの条件をひっくり返せば、そのまま日本の致命的弱点になるのです。

 

つまり、国土(特に平野部)が狭く、海に面した首都の攻略も簡単で、軍事力の殲滅も可能。しかも食糧から戦略物資まで資源に乏しく、対外依存度が高い島国であり、海上封鎖によって決定的なダメージを与えることができる。

 

 

すなわち、地政学的に考えたとき、日本は現在もなお、とても国家総力戦に耐えられる国ではないのですね。

 

 

もちろん、この弱点はこれから先もずっと変わることはありません。自衛隊を軍に変えようと、あるいは自前の核兵器を持とうと、ほとんど意味がないのです。いま何やら勇ましいことを言っている人たちは、やはりあのときと同じように「それでもやる以外にないのだ」「やってみなけりゃわからんのだ」と答えるのでしょうか。

 

 

太平洋戦争や日本海軍が残した教訓はそれこそ山のようにありますが、あえて最初にこの井上さんの言葉を持ってきました。

 

 

(158~160p)

 

 

シュミレーションできていたのに、対策せず負けたのです。イージーミスです。

 

「良い食材」が手に入ったのに、材料を使わずに腐らせてしまう料理人みたいなもんです。

 

 

 

戦争の失敗を考える場合、太平洋戦争だけ考えるのは不十分です。

 

さらに遡る必要があります。

 

戦争を時系列で振り返る

 

菅野完氏が動画で「十五年戦争小史」という本を、数回に分けて読んでいるのですが、日本が負けた理由がよく分かります。

 

何年何月に何が起こったのか...といった「起きた事象」だけを元に、あの戦争の本質に迫っているのが特徴的です。余計な意見や感想に振り回されないので、歴史の勉強をつまみ食いしかしてこなかった人に見て欲しい動画です。

 

 

 

 

Ⅰ.満州事変

 

第1章 大日本帝国

 

第2章 十五年戦争の発端

 

第3章 戦線の拡大

 

第4章 上海事変と満州国

 

第5章 排外主義と軍国主義

 

 

 

 

 

第6章 国際連盟脱退と熱河・河北省侵攻

 

Ⅱ.華北分離

 

第7章 非常時

 

第8章 満州帝国

 

第9章 華北分離工作

 

第10章 準戦時体制

 

 

 

 

Ⅲ.日中戦争 第11章 日中戦争の全面化

 

第12章 日中戦争の行き詰り

 

第13章 東亜新秩序と第二次世界大戦

 

第14章 日独伊三国同盟

 

第15章 日米交渉

 

第16章 対米英蘭戦の決定

 

 

 

 

Ⅳ.アジア・太平洋戦争 第17章 開戦と緒戦の勝利〜第18章 連合国軍の反攻

 

第19章 大東亜共栄圏

 

第20章 中国・満州・朝鮮・台湾

 

第21章 日本ファシズム

 

第22章 戦線の崩壊

 

第23章 ポツダム宣言と原爆投下

 

第24章 降伏

 

私は陰謀論的な見方もするので、「表向きのストーリー」だけでなく、「裏の事情」を考えるクセがあるのですが、この本の内容を知ると、深読みするのがアホらしくなってきました。

 

そんな高尚な戦い方だったとは思えないからです。

 

日本人ってここまで仕事できなかったのか...と、かなりショックを受けます。こういう人達が同僚だったら、仕事が回らないだけでなく、余計な用事が増えそう...。

 

この実態なのに、「日本人は素晴らしかった、他の民族より優秀だ」と言い張る人が多いので、目覚めてほしいと思います。この手の広告を繰り返し見ると、信じる人が増えそうです。

 

 

証拠や証言が新鮮な80年前の事ですら、恥ずかしげもなく装飾する人達は、それよりさらに昔の事は、記録が不十分なのをいい事に、もっと盛っている可能性があります。

 

 

菅野氏は以下の動画で、日本人が悪だったという意見も「美化」の一種だと言ってますが、その視点はなかったです。

 

悪ならまだ救いがあって、ただアホだったとのこと...。

 

 

 

本当の「愛国者」とは負ける戦争を二回目やらない為に手を尽くす事だと思う...と言っていたのが印象的でした。

 

 

アホだった...で思い出したのが、条約をよく読んでなかったという話です...。

 

『愛国者の条件 昭和の失策とナショナリズムの本質を問う 著者 / 半藤一利 戸高一成(2006年12月4日 初版発行)』

 

東京裁判で露見した国際条約を読んでいなかった首脳部

 

あまり日本人の悪口めいたことを言うのは気が進みませんが、太平洋戦争がどういう戦争だったのかという認識について、当時の首脳部にひとつ大きな誤りがあったことを指摘しておきます。

 

 

極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判において、日本が問われた罪は大きく二つに分けられます。

 

ひとつは昭和三(一九二八)年の不戦条約違反。

 

 

そしてもうひとつが大正十一(一九二二)年の九カ国条約違反です。

 

 

ちなみに九カ国条約というのは、ワシントン海軍軍縮条約の席上、中国の権益を守るためにアメリカ・イギリス・オランダ・イタリア・フランス・ベルギー・ポルトガル・日本、そして中国の間で別に結ばれた条約、対華関税条約・同門戸開放条約のことでして、要するに中国で勝手なことをやってはならん、という条約なんですね。

 

 

ところが東条英機さんは、東京裁判で九カ国条約違反について追及されると、「エッ?」なんて言って、どうもよくわかっていないらしいんですよ。

 

 

これは一国の指導者としてまったく情けない話で、日本人というのは自分が結んだはずの国際条約でさえよく読まないんですね。

 

 

よく読まないままサインして、あとで突っ込まれることになる。日本人に外交センスがないなんて話は、もうこの「条約を読み込む」という時点から落第点なんです。

 

 

だから、たしかに東京裁判は一面ではインチキな裁判なのですが、少なくとも不戦条約と九カ国条約の違反に関しては責められて当然のことであったのです。

 

 

(170~171p)

 

 

気をつけたら防げるレベルのミスが多いです。

 

玉音放送の内容も、初期の設定変わってるとのこと...。

 

 

 

 

 

失敗をお手本にする人達

 

戦略的撤退が出来る人は、能力と強さがあります。

 

 

失敗する条件が揃っているのに、それが分かった上で闘おうとする...これは強さでも、カッコよさでもありません。

 

 

戦争で亡くなった日本の兵隊は、闘いよりも、飢えと病気で亡くなった人が6~7割でした。

 

上手くやれば生きて生還できる可能性がある人でさえ、名誉のために「死ね」と命令していました。

 

...こんな戦い方をする時点で大失敗です。しかし、もっと問題なのは、その軍隊に憧れる現代の人達です。

 

 

自己啓発系の動画や本では「成功したければ、成功している人の行動を真似しましょう」と語られています。

 

 

ですが、戦前回帰を望む人達は、大失敗した「愚かな戦い」や、「社会システム」を、もう一度再現したいと思っているのです。

 

 

せめて反面教師にしてくれと言いたくなります。

 

 

「成功したければ、成功している人の行動を真似しましょう」説をベースに考えると、

 

「失敗したければ、失敗した人の行動を真似しましょうと」...言う事になります。

 

 

負けた方法や、失敗をお手本にしている限り、日本は何度でも負けるでしょう。

 

 

改憲して戦えるようになっても負けるので、国民にとってのメリットはです。

 

それだけでなく、人権を失うような内容になっているので、国民に良い事は全くありません。

 

 

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2025年4月に、国民の人権を脅かすことに繋がるような法律が、いくつか施行されました。

 

 

【悲報】2025年4月から施行される新ルール解説

 

 

 

一部の人達が危険を察知して、「SNSが規制される!情報統制が始まった!」...と、大騒ぎしていたので、記憶に新しいと思います。

 

 

ここ最近、戦前・戦中の大日本帝国の社会システムや、人々の性質などを記事にしているのですが、当時と比較すると、現代は酷くはなったとはいえ、まだマシです。

 

 

自分の頭で考えて、選択し、行動に移す自由は、かろうじて残されているからです。自分の命を守る自由もあります。

 

 

大日本帝国は、それすらも奪ったので、多くの国民が苦しみました。祖母が生前に「おばあちゃんらは、青春やなんか無かった」と言っていたのを思い出します。

 

 

現代の日本が、これ以上酷くならない為にも、かつて大日本帝国がどんな法律を作って国民を締め付けてきたのかを知っておく必要があります。

 

 

前回の記事では、言論弾圧に関するお話をしました。「治安維持法」によって、多くの日本人が亡くなった話は衝撃的です。

 

⑬GHQよりはるかに厳しかった大日本帝国の言論弾圧と隠蔽。

 

 

今回は、緊急事態条項や授権法を彷彿とさせる「国家総動員法」について考えてみたいと思います。

 

 

国民総動員法

 

国家総動員法(昭和13年4月1日法律第55号)の基本的な情報がこれです。

 

 

国家総動員法 wikipedia

 

1938年第1次近衛内閣により日中戦争の長期化による国家総力戦の遂行の目的で、国家の全ての人的・物的資源を政府が統制運用できる(総動員)旨に関する法律である。

 

 

第73帝国議会で可決成立し、同年4月1日に公布、5月5日に施行された。第26代内閣総理大臣田中義一の下で1929年(昭和4年)に策定された「総動員計画設定処務要綱案」から発展した法律である。同年12月には満州における政策を統括する興亜院も発足した。

 

 

1945年(昭和20年)の大東亜戦争終結によって名目を失い、GHQ/SCAP被占領期にあって同年12月20日に公布された「国家総動員法及戦時緊急措置法廃止法律」(昭和20年法律第44号)により廃止され、効力が消失した。

 

 

当初は企画院第一部が所管し、商工省(現・経済産業省)工務局・鉱山局と連携して執行。

 

1943年(昭和18年)から降伏直後までは軍需省総動員局総動員課が所管し、大本営陸軍部、陸軍省兵器行政本部および農商省(現・農林水産省)商工局と連携。

 

 

軍需省解体後、本法律廃止までの残務整理は商工省大臣官房が担当した。

 

 

国家の全て...という部分が怖いですね。占領期に廃止されたということは、GHQがいなかったら、存在していたかもしれません。

 

 

wikiだと少し分かりにくいので、別の解説を参考にします。

 

 

『天皇財閥 皇室による経済支配の構造 / 著者:吉田祐二』

 

恐るべき「国家総動員法」の成立

 

これまで、日本のアジア進出および海外侵略とは、銀行と国策企業としての植民地会社を中核とする、天皇財閥の経営戦略であることを明らかにしてきた。

 

 

こうして対外進出を果たした日本は、迫りくる戦争に向けて軍事生産力の強化に乗り出したのである。

 

 

大日本帝国は、台湾、朝鮮、満州に続き、中国北部(華北)への進出を目指した。中国との全面戦争に突入した日本は、膨張する軍事支出、軍需物資の輸入増大に対応するため、直接的な経済統制下に入る。

 

 

総力戦(Total War)に備えるために、国をあげて「国家総動員体制」をつくり上げるのである。国家総動員体制とは何か?

 

昭和十三年(一九三八)に公布された国家総動員法のなかの定義を見て見よう(原文は、漢字は旧字体、平仮名は片仮名表記)。

 

 

第一条 本法において国家総動員とは、戦時に際し国防目的達成のため、国の全力を最も有効に発揮せしめるよう、人的および物的資源を統制運用するを謂う。

 

 

「総動員」とは、英語の「mobilize」の翻訳である。これは戦時に際して、政府はすべての物資、人命を、強制的に動かすことができるという、とても恐ろしい意味をもつ言葉である。

 

 

国家総動員法においては、「国家総動員上必要あるときは、勅令の定むる所により」、次のような、あらゆることが可能となるのである。

 

 

帝国臣民を徴用して総動員業務に従事せしめることを得(第四条)

 

物資の生産、修理、配給、譲渡その他の処分、使用、消費、所持および移動に関し必要なる命令を為すことを得(第八条)

 

新聞紙その他の出版物の掲載に付き制限または禁止を為すことを得(第二十条)

 

 

つまり国民すべてを「徴用」することができるのである。物資の生産や修理、移動など、必要なことなら何でもやらせることができるという、恐るべき目的が、この法律にはうたわれているのである。当然のように言論の自由などは完全に封殺された。これは現在の北朝鮮の体制とまったく同じである。

 

 

国家総動員法は第一次近衛内閣によって成立した。この法律により、政府は議会によって制定された法律によってではなく、勅令によって直接、国民を無制限に統制することができるようになったのである。

 

 

(122~124p)

 

 

●勅令とは、天皇が発した法的効力がある命令のこと。

 

●臣民とは、絶対的な君主に使える立場(つまり家来)。明治憲法下の日本で、天皇・皇族以外の者を指す。

 

●徴用とは、戦時などの非常時に、国家が国民に命令して、一定の仕事につかせること。

 

 

強制的に動かせる対象に「人命」が含まれるのが恐ろしいですね。戦争末期は、命や尊厳が、使い捨ての物同然の扱いでした。

 

お気付きでしょうか?このように扱われる人の事を、日本語で奴隷と言います。

 

 

奴隷 wikipedia

 

人間でありながら人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の私有財産や所有物として取り扱われる人のことである。所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされた。奴隷を許容する社会制度を特に奴隷制という。

 

 

国民総動員法は、ありとあらゆるものを絞り取る為に、国民を奴隷にする法律だと言っても過言ではありません。

 

 

現代だったら、国民を奴隷化するような法律は作れません。それは日本国憲法があるからです。

 

 

奴隷システムは何故できた?

 

法律より強いのが憲法です。

 

そして憲法は、国民ではなく、公権力側の人達が守るべき決まり事です。以下は現代の「日本国憲法」です。

 

第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ

 

憲法は権力者が守る決まり事。憲法は、権力者の暴走を止めるのが仕事です。

 

 

 

現代だったら、日本国憲法が国民の人権を守ってくれているので、それに反するするような法律は、憲法違反になります。

 

 

もし「自民党の改憲草案」のような内容に変更すると、国民の人権は守られなくなります。これは国民にとってはデメリットです。

 

 

 

 

戦前・戦中は、大日本帝国憲法でした。今の憲法とは中身が違います。

 

 

この時代なりに、国民(当時は臣民の立場)の事を考えていたのかもしれませんが、結果的に「人権を無視するような法律」がたくさんが作られて、それによって国民が犠牲になったのは事実です。

 

 

何故、「国民総動員法」のような国民を不幸にする法律ができてしまったのか、どのように実行されたのか見てみます。

 

 

『太平洋戦争と「国民総動員」 / 著者:小野賢一 けやき出版 1995年出版』

 

 

めざすは「軍備の充実」

 

 

戦後五〇年の今日、吟味しなければならないことがある。その一つが総動員の問題である。というは、九四年春に朝鮮有事を口実に、九五年一月には阪神淡路大震災を口実に有事法制の必要が説かれたが、この法制の原型は国家総動員法だからである。

 

 

国家総動員法は、近衛文麿が内閣をつくった直後にはじまった日中戦争のなかで立法が要請され、一九三七年十月の企画院創設にともない法案が作成された。すでに開戦とともに政府は、臨時処置として資金の使用と輸出入の統制をおこなったが、そのうえにたって総力戦体制をきずこうとしたのである。

 

 

法案は三八年二月、帝国議会に提出され、多少の紛糾があったが三月に議会を通過、天皇の裁可(承認)をへて同年四月一日に公布、五月から施行された。

 

 

なお、戦前の日本では明治憲法によって、議会が法案を通過させても天皇が承認しなければ法律とならないし、また天皇は一般の法律と同格の勅令というものを自由につくることができた。

 

 

議会は、真の立法権をもたなかったのである。

 

 

そのころ日本軍は、すでに中国の北京・上海・南京を占領し、内陸部の武漢にむかって進撃しようとしていた。

 

 

近衛首相は法案を提出した第七三帝国議会の施作方針で(三八年一月)、この法律が軍事に奉仕するものであることをあけすけにのべた。

 

 

すなわち、この法は物心両面にわたり、「国家総動員体制の完成を図る」もので、この方針にもとづいて「軍備の充実と国費の調達」につとめる。予算も「軍事の需要充足に集中」する。産業については「日満支〔日本・満州・中国〕を通ずる全体計画の下に我画生産力の拡充を図る」。ことに「国防上緊切なる物資の供給、重要産業の振興、輸出貿易の伸張に力」をつくす、という。

 

 

この主張にあるように、総動員体制はまず日本経済を直接軍事に奉仕させるもので、さらに植民地・占領地の力をも利用するものであった。

 

 

現代に比べると、議会がきちんと機能していなかったようです。まず、これが大きな問題です。

 

 

いうまでもないことだが、総動員法だけが国民にかかわったのではない。

 

 

治安維持法(二五年)や国防保安法(四一年)による弾圧が、ともに国民をおさえつけた。

 

 

特別高等警察(特高)と憲兵は、その担い手であった。うかつに不満や情報をもらすと処罰され、国家にかかわる重要なことは秘密とされた。

 

 

また文部省も、戦争にむけた国民精神総動員運動の主務官庁の一つであったし、その主任務である文教政策をつうじ青少年を精神的に動員することに力をつくしていた。

 

 

総動員法による統制は、日本経済と国民生活のすべての領域にわたり、年ごとに強まっていった。

 

 

今の人達は、権力が暴走しても、自由にしてたらいい、従わなければいい...と簡単そうに言いますが、戦前・戦時中にそれを実行するのは、かなりハードルが高そうです。

 

 

当時も、一応批判はあったみたいですが、進める力の方が強引です。

 

 

しかしこれには、戦前でも批判があった。たとえば法制定直後のことだが、東洋経済新報社編『日本経済の戦時編成』は、この法律は「政府の戦時統制に絶対服従する義務を負はせる」もの、「国民の服従宣誓書」、「政府への『白紙委任状』」であるという言葉をつかって問題にしている。

 

 

そうした批判もあったが、近衛内閣は三八年五月にこの法を施行した。法を直接適用した範囲は、北海道から沖縄までの内地と、樺太・台湾・朝鮮・南洋群島の外地である(四一年の改正法の骨組みは別項)。

 

 

それは、戦時ばかりでなく、平時から将来にそなえて準備することをふくんでいた。

 

 

当時、末川博教授は、東洋経済新報社の指摘を『国防経済法体制』のなかで別の表現で確認している。

 

 

改正された総動員法を「国防経済体制の根幹を法的に表現する基本法」だといい、

その国防経済は今日、統制経済とよばれているが、国防経済は「広い意味での政治的秩序」で、その秩序はこれまでの経済を「抑圧し規制する統制」によって実現されるものだから、そこには「権力的な要素が強大にはたらく」し、総動員とは「必要に応じいかなる方法でいかに強烈な統制でも成し得る」ものなのだと指摘している。

 

 

そして、「実際上の適用は各本条に基き更に改めて制定される勅令」によって統制・運用されると特徴づけている。

 

 

昔から、民意を無視して押し切っていたようです。

 

「戦時ばかりでなく、平時から将来にそなえて準備することをふくんでいた。」に驚きました。平時から備えるということは、永久に続くということなのでしょうか。

 

 

内容も酷く、これを法律と呼んでいいのかと言いたくなります。

 

 

それにしても総動員法自体は簡潔にすぎて、具体的な内容はつかみにくい。

 

 

実際は、この法律に膨大な数の勅令がともなっていて、なにをどう統制するかをしめしている。

 

だから総動員法は、具体的なことを権力者の自由にまかせる委任立法であった。

 

 

この法体系の根幹だけさだめておいて、その具体化は勅令を大量にだして統治するものである。議会はそれらをおしとどめる権限をもたなかった。

 

 

衣食と直接かかわったものの例をあげれば、価格等統制令(三九年十月)、生活必需物資統制令(四一年四月)、物資統制令(四一年十二月)がある。これらに違反した場合どのような処罰をうけるかは、あとでみることにする。

 

 

その勅令群の下に、さらに省令・道府県令があって、それで国民生活をがんじがらめに統制したのである。

 

 

しかも、それらにかんする情報もコントロールされた。太平洋戦争中の内閣情報局による発表禁止例では、四二年度下期の鉄鋼・石炭・アルミ生産確保のため「政府で対策を研究しているというようなものも不可」とか(四二年十一月)、政府の緊急物価対策の解説に「物資の名称も出てはいけない」という(四三年四月)あきれはてた事態であった(星野力『報道されなかったニュース』)。

 

 

(14~17p)

 

 

 

曖昧に作っておいて、細かい部分は権力者にお任せ、決めてもらう...というのが日本人らしいです。

 

 

現代の憲法や法律で動いている社会と大きく違うのは、勅令だと思います。

 

 

昔の日本の統治者は、選挙によって選ばれた政治家ではなく天皇です。以下の3つの条項を見たら分かるように、その地位は誰も侵す事のできない神聖なものなので、その天皇の命令は強力です。

 

 

大日本帝國憲法 第一章 天皇  wikipedia

 

第一條

大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス

 

第二條
皇位ハ皇室典範ノ定ムル所󠄁ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス

 

第三條
天皇ハ神聖󠄁ニシテ侵󠄁スヘカラス

 

 

次の3つの条項には、国家元首であること、陸海軍を率いて指揮する権限を持ち、戦争の際には、宣戦布告・講和・条約締結の全ての権限を持っていたことが書かれています。

 

 

第四條
天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲󠄁法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ

 

 

第十一條
天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

 

 

第十三條
天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス

 

 

「国家総動員法」は、国家の全権を持つ統治者の出す命令で、具体的にどう統制するかを決めるわけですから、独裁になるでしょう。

 

象徴天皇になった「日本国憲法」だったら、「国家総動員法」は憲法違反と言われますが、この時代は天皇の地位は統治者なので、どうなるのでしょう...。

 

 

ちなみに、軍隊では、「上官の命令は天皇陛下の命令」と言われていました。国家の全権を持つ統治者の命令だと思って部下に接すれば、態度がデカくなります。

 

④証言を元に、大日本帝国の軍隊のイジメがいかに酷かったか考える。

 

 

「国家総動員法」だけでなく、複数のヤバい法律とコラボして、国はどんどん悪い環境になっていきました。

 

 

治安維持法は、以下の記事で紹介しました。

 

⑬GHQよりはるかに厳しかった大日本帝国の言論弾圧と隠蔽。

 

 

国防保安法は(昭和16年3月7日法律第49号)は、政治的な国家機密の保護に関する日本の法律で、1941年(昭和16年)に公布・施行されました。かなり厳しいです。これもGHQが廃止してくれました。

 

国防保安法 wikipedia

 

概要

 

目的は国家機密のうち、政治的な機密を保護することにあった。1941年(昭和16年)3月7日に公布され、5月10日に施行された。そして、同年5月12日から、外地も含めて全国一斉に防諜週間が始まった。

 

 

法律の対象は、御前会議、枢密院会議、閣議ならびにそのために準備した事項を含む国家機密の漏洩、その他通敵を目的とする諜報活動、治安を害する事項の流布、国民経済の運行の妨害および妨害未遂、教唆、扇動、予備または陰謀などである。最高刑は死刑が適用された。

 

 

刑事手続きにおいては検事に広範な強制捜査権を与えた。裁判は原則として二審制で、弁護人の選任および人数も制限された。

 

 

第二次世界大戦後の1945年(昭和20年)10月13日、GHQ指令を受け、ポツダム命令である国防保安法廃止等ニ関スル件(昭和20年勅令第568号)により廃止された。

 

 

「国家総動員法」はヤバすぎるので、中身を知れば、多くの現代人には受けないと思います。

 

 

しかし、これに近い法律を作りたいと思っている人達はいます。以前、参政党がそんな雰囲気を見せたことがあります。

 

 

参政党の問題は方向性

 

参政党は、一見良さそうな事を言うのですが、戦前回帰や、権力者寄りの考えをしているので、国民の味方というのは無理があります。

 

例えば、最近「治安維持法」を彷彿とさせる「スパイ防止法」を作りたいような事を言ったり、

 

 

 

 

 

 

 

スパイ防止法は、日本で作っても、意味ないという意見もあります。

 

 

 

 

参政党は、国民の味方だったら思わないような事を、何度も言って来たので、不安になる人の気持ちが分かります。

 

 

「国家総動員法」も、作りたいと思っているはずです。その根拠は、数年前に出ていました。

 

 

授権法 HPにのせた政策例に避難殺到

 

 

2021年に参政党は、「新しい国づくり10の柱」という政策例をHPにのせました。

 

 

そのうちの「六の柱」にある授権法が問題になったのです。

 

 

Dearわがままポメラニアン ②参政党の正体 授権法編

 

 

 

 

 

 

授権(じゅけん)とは、一定の資格・権利・権限などを特定の人に与えることです

(特に、代理権を授与すること)。

 

 

授権法とは、政府が立法権を掌握して、どんな法律も作り放題になる...という決まりです...。政府に丸投げ法案とでも言っておきましょうか。

 

 

授権法 wikipedia

 

 

国家における非常事態などの発生に際し、立法府が行政府やその他の国家機関に対し、一定の権限を授権する法律。

 

 

概要

 

 

非常事態の発生に対し通常の立法・行政手続きを行わずに権力を行使できる権限を与える授権法は、憲法に定義されている場合が多い

 

 

フランス憲法にはこうした授権法規定が明記されており、第一次世界大戦勃発後のフランス第三共和政下では授権法制定が頻発され、1940年1月までに13の授権法が発布された。

 

 

ドイツにおいても第一次世界大戦勃発直後に制定された。ヴァイマル憲法にも同様の規定があり、1921年に2度、1923年に1度制定されている。

 

 

1933年に制定された全権委任法も一種の授権法ではあるが、従来の授権法制定と異なり、憲法改正手続きに従って行われ、アドルフ・ヒトラーと国民社会主義ドイツ労働者党の政府は憲法改廃権を含む権力を手中にした。

 

 

日本においても国家総動員法は一種の授権法であると見られている。

 

 

アメリカ合衆国においては通商・国防などの分野で一定の授権を行う法律が存在している。ただし日本において国防授権法(英語版)などと訳される法律は「英語: Authorization Act」であり、厳密には「Enabling Act」である授権法とは異なる。

 

 

 

参政党は、戦前の「国家総動員法」と近い授権法を、政策例に入れたのです。

 

 

戦時中の事もありますし、「例」とはいえ、こういう発想をすること自体が怖いです。

 

 

授権法は、採用されなかったとして、後に削除されたのですが、参政党としては、これが本音だと思います。ヤバい事考えてるな...と警戒する人が何人もいました。

 

 

HPから消えても、それはそれで、みんなザワつきました。

 

 

知恵袋  参政党が授権法を掲げてたのはデマなんですか?2022/6/16

 

 

ベストアンサー2022/6/17

 

質問者さんが貼り付けた画像を「捏造」と言っている支持者がいますが、5月中旬にPDFごと削除された実在したものです。参政党のHPにも、「誤解を与えるので削除した」「政策は選挙後に党内で決める」とあります。

 

 

参政党のミーティングのズームで支持者の方が授権法を政策としているかと質問したら、
神谷さんは「全くそのようなことはありません」

 

松田さんは「党員がたたき台として書いてしまった」と言っていてそれで納得したそうです。

 

 

でも、演説では、神谷さんは、「東北大地震で、民間の車が邪魔で自衛隊の緊急車両が通れなかった。だから、授権法は必要。」とはっきり仰ってました。

 

 

他の演説では、「松田さんが『政策例』としてHPに載せた。松田さんは緊急事態条項は必要だけど、憲法だと細かい設定ができないから海外でも法律としてある授権法を政策としてあげた。全権取り上げるナチスのような法律というのは誤解。」

 

 

しかし、コロナ渦の海外で何が起きました?この法律のせいで、ワクチン強制、接種してなければ、仕事も生活もできない国がたくさんでて来ましたよね。日本もこうなるということです。

 

 

神谷さんは熱意があるから信じられる、日本を変えてくれる、維新のときもそう言っている人いましたが、今じゃ完全に「是々非々」で自民党に同調しているじゃないですか。

 

 

でも、参政党が維新よりもやばいのは、自民党がわざわざ票割れのために作った政党ってことです。改憲・緊急事態条項をスムーズにすすめるため。

 

 

だから、参政党は政策の説明が二転三転するし、痛いところをつかれると、YouTubeのコメントも即削除です。

 

 

コロナ禍の海外で何が起きましたか...と書かれています。知らない方もいるので、オランダの例を紹介しておきます。

 

オランダの憲法や法律はどうなっているのか分かりませんが、無抵抗の抗議者を滅多打ちにしていました。人権を侵害するような法律があるのかもしれません。

 

 

 

警察犬をけしかけたり、放水車を使ったり...あまりに酷いので退役軍人が抗議者を守る事態に発展しました。詳しくは以下の記事を参考にして下さい。

 

You3 note ロックダウン等のコロナ規制に反対する抗議活動の様子について(オランダ編)

 

 

日本がここまでならないのは、今の憲法が人権を守る「日本国憲法」だからです。もし大日本帝国憲法のままだったら、海外のような状態か、それ以上になっていた事でしょう。

 

 

憲法を変えると、国民にとっては不利益です。

 

 

 

 

 

 

 

「緊急の時だけ」みたいな誘いは要注意です。一度決まったら、改正して、範囲を拡大するかもしれません。「国家総動員法」のように、平時から将来にそなえて準備することとされたら最悪です。

 

 

今回の参院選で国会議員になった松田学氏は、緊急事態条項賛成派です。

 

 

 

 

戦時中の「国家総動員法」は、国民を奴隷化する法律だったのでヤバかったです。

 

「授権法」も、憲法に加えようとしている「緊急事態条項」も、どっちも奴隷化できるのでヤバいです。

 

授権法の件について語っている動画がこちら。

 

 

 

 

こういう曖昧な事をするから、3年前は本当にみんな心配していました。

 

以下は広島のタウンミーティングに参加した仲間が撮影したものです(たぶん2022年7月3日)。

 

②に、緊急事態条項、受権法は作らないと書いてあります。

 

 

 

 

 

 

しかしその一方で。

 

 

facebook 桂花 有希氏 6月28日

 

 

参政党のお膝元?である石川県の議会にて…。

 

 

自民・公明が提案した「緊急事態条項の国会審議を求める意見書」に、参政党の議員が賛成してますが!!

 

 

やばいでしょ、コレ!

 

 

「国会で緊急事態条項の審議をすすめてください」っていうヤツだよ?

 

 

参政党的には「国民から見えるところで審議を」ということだそうですが、自民党・公明党と足並みを揃えています。

 

 

自民党・公明党(緊急事態条項推進派)に有利に進むと言うことです。

 

 

国会で自民・公明と意見を交わすのは誰?人任せですか?

 

 

※書類は石川県議会の資料を私がスクショしてきたものです。

 

https://www.pref.ishikawa.lg.jp/gikai/gaiyou/202205/mokuji202205.html?fbclid=IwAR08bMaN41lnm1kZ-lF6VLLeld0QM7v5Ig_Xd-vmzVCCXxs2LmeHbXJsJoM

 

 

 

別の仲間が、このことを問題視して、画像送ってくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロコロ変わるので、当然質問する人が出てきます。すると、こうなります。

 

 

 

 

批判や質問が殺到。インフルエンサーも問題視するようになりました。

 

 

なんとか言い訳したのがこの動画。

 

 

 

サルサ岩渕さんも、3年前から参政党の問題を分析しています。

 

サルサ岩渕のブログ 参政党に関する質問にお答えします

 

 

本音を炸裂させる参政党

 

現代人からするとありえない「国家総動員法」ですが、名前や形を変えて復活する可能性もあります。

 

参政党のような影響力のある人達が、良さそうに宣伝すれば、「国民にとって有益な法律」だと勘違いする人が出てくるからです。

 

神谷氏が「スパイ防止法」の必要性を語った時に、歓声が上がったのを見ると、そう思います。

 

 

 

 

熱狂する殆どの人は、その矛先が自分達に向くとか、仲間に向けることになる...といった想像をしていないのかもしれません。

 

 

昔の人が同じような過ちをしてないか、確認する事が大事だと思います。

 

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youtubeを見ようとすると、かなりの確率で、古い本の復刻版の宣伝が入ります。

 

 

GHQが発禁したというもの。

 

 

 

 

しつこいんですが...。

 

 

ということは、この手のシリーズはよく売れているのでしょう。宣伝なので嫌でも見てしまいます。

 

 

すると、GHQはこんなに日本の書物を発禁したんだな、なんてひどい奴らなんだ。日本はそれだけ凄いんだ...と言う風に誘導されます。

 

 

しかし、日本も戦前・戦中は、言論弾圧をしており、体制にとって都合の悪い本を発禁しまくってました。

 

 

「発禁本」1300冊を集める図書館とは…国会図書館にもない蔵書も 「歴史の証人として希少」

 

 

日本人も同胞を散々弾圧したのに、外から同じ事をやられたら、被害者アピールするのは、自分勝手というものです。

 

 

「GHQによる弾圧」だけ批判し、「大日本帝国による弾圧」は無視するなら、フェアではありません。両方問題視するべきです。

 

 

コロナ禍の時、非科学的な感染症対策に対して、穏やかに抗議する市民を、暴力を使って弾圧する映像がたくさん流れてきました。

 

 

 

 

それらを見て、日本は良い国だと思いましたが、ほんの80年前までは、日本はそれ以上の事をやっていたのです。

 

 

憲法の問題だけに気を取られていたのですが、他にもを気を付けないといけない事が沢山あることに気づきました。

 

 

80年以上前、「国民を黙らせるような決まり事」がたくさん作られていったのです。

 

 

国民はそれに対して強く反対したようには見えないですし、反対があっても強引に決定したような印象も受けました。現代とソックリです。

 

 

そのヤバイ決まりごとは、敗戦のお陰で無くなりましたが、名前や雰囲気を変えて、現代に蘇る危険性があります。

 

 

それを防ぐ為には、かつての日本が、どんな方法によって、合法的に言論弾圧を可能にしていったのか、知っておいた方がいいです。

 

 

本記事では、GHQよりはるかにヤバイ日本の言論弾圧を紹介します。

 

 

治安維持法

 

 

戦前・戦中のヤバイ法律といえば、なんといってもこれでしょう。

 

 

 

 

北朝鮮や中国の人達の自由のなさを見て、気の毒だなと思いますが、大日本帝国がモデルを作ったのではないかなと思います。

 

 

治安維持法によって犠牲になった人達への謝罪と賠償を求める集いがあったとは知りませんでした。

 

 

治安維持法が1925年に作られた当初は、「共産主義思想の人」を取り締まる為の法律だったのですが、対象者の範囲が広がり、最終的には「戦争に反対する人」を弾圧していくものになりました。

 

 

小さく生んで大きく育てる...現代と同じですね。拡大解釈や、小さな変更を加えていき、いつの間にか有害なものに変わるのです。

 

 

民主主義を訴えて犠牲になった人達は、国民の人権や自由を守ろうとした人たちなので、愛国者です。

 

 

 

 

 

関連する法律に、思想犯保護観察法(昭和11年5月29日法律第29号)というものがあります。

 

 

思想犯保護観察法 wikipedia

 

 

思想犯保護観察法は、1936年(昭和11年)、思想犯を公権力の下に監視しておくために制定された日本の法律である。

 

 

全14条から成る。治安維持法違反で逮捕されたが執行猶予がついた者や、起訴猶予になった者、仮釈放された者、満期出獄者に対して適用された。

 

 

思想犯保護観察制度とは、一言で言うと、思想犯の再教育・監視制度である。犯罪者の保護観察制度は、19世紀のアメリカ合衆国を起源として、ヨーロッパに広まった制度だったが、思想犯を対象とした制度の導入は日本が最初である。

 

 

1945年(昭和20年)、「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク治安維持法廃止等ノ件(昭和20年10月15日勅令第575号)により廃止された。

 

 

徹底してますね。

 

 

現代であれば、日本国憲法(思想信条の自由)が守ってくれてますが、当時は大日本帝国憲法だったので、そんな効果はなく、国民の人権は平気で踏みにじられたのです。

 

 

もし、敗戦してなかったら、当時の憲法や法律のままだったら、日本人はいまだにこのような社会で生きていたことでしょうね。

 

 

 

 

この治安維持法は、GHQが廃止してくれたとのことです。

 

 

いい仕事します。日本は自浄作用がないので、日本人が中から変える事は不可能でしょう。

 

不穏文書臨時取締法

 

 

あまり有名ではありませんが、不穏文書臨時取締法(昭和11年6月15日法律第45号)を紹介しておきます。

 

 

不穏文書臨時取締法 wikipedia

 

「怪文書」の取締に関する日本の法律である。1936年(昭和11年)6月13日成立、同月15日公布・施行。

 

本法は、「昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク国防保安法廃止等ニ関スル件」(昭和20年勅令第568号)1条の規定によって、1945年(昭和20年)10月13日から廃止された。

 

 

 

日本人による言論弾圧「新聞紙法」

 

 

新聞紙法(明治42年5月6日法律第41号)によって検閲が強化されました。

 

 

戦前日本で制定された、日刊新聞および定期刊行雑誌を規制する法律。全45条と附則からなる。

 

 

1909年に公布・施行された法律で、帝国議会の初期議会で議員立法として成立したが、事実上は新聞紙条例を引き継ぐ法律となった。1949年に廃止。

 

 

 

成立後

 

 

新聞紙法の施行によって、出版法とあわせ検閲が強化されていった。

 

 

1938年には国家総動員法が定められ、新聞紙法第27条においては軍事・外交のみならず一般治安や財政金融に関しても統制できるものとした。また情報局が設けられ、新聞統制が進められていった。

 

 

廃止

太平洋戦争(大東亜戦争)の終結に伴い日本を占領した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、1945年9月27日付で「新聞及び言論の自由への追加措置に関する覚書」を発し、これにより新聞紙法は事実上効力を停止された。

 

 

なおこの間、9月27日の会見時に撮影された3枚の昭和天皇とマッカーサーが並び立つ写真のうち1枚を9月29日に新聞各紙が掲載したことに対し、内務省が新聞紙法第23条を理由に頒布を禁止するなど、混乱も見られた。

 

 

ただし、法律そのものは存続し、昭和憲法施行後の1947年(昭和22年)末に行われた内務省解体に伴い、内事局に移管。この内事局はわずか2カ月で組織再編となったため、さらに国家公安委員会(実務は国家地方警察本部警備部)へ移管された。正式に廃止されるのは、第3次吉田内閣下の第5回特別国会で可決成立した「出版法及び新聞紙法を廃止する法律」(昭和24年法律第95号)が公布された、1949年(昭和24年)5月24日付のことだった。

 

 

 

日本人による言論弾圧「出版法」

 

 

次に出版法(明治26年4月14日法律第15号)を見てみましょう。

 

 

出版法 wikipedia

 

 

明治時代に出版物の取締りを目的として制定された法律である。

 

 

検閲などを政府が行えることを定め、大日本帝国憲法下で政府による言論統制を推し進める根拠の一つとなった。

 

概要

 

1893年、出版条例を継承するものとして制定。治安警察法・行政執行法・著作権法の立案・草案作成にあたった有松英義の起草による。廃止までには全36条となっていた。

 

 

終戦後、ダグラス・マッカーサー率いる連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が、日本政府による言論統制を禁じ、代わってGHQが言論統制を行うようになったこと(プレスコードを参照)、日本国憲法第21条において表現の自由と検閲の禁止が定められたことに伴い、本法は有名無実となり、1949年に出版法及び新聞紙法を廃止する法律(昭和24年5月24日法律第95号)により廃止された。

 

 

なお、稀に情報公開制度を取り扱う文脈で出版法が出てくることがあるが、これは上記の出版法ではなく1800年代にスウェーデンで世界で初めて制定された情報公開制度、出版の自由法についてである。

 

 

 

GHQによる言論弾圧「プレスコード」

 

 

次にGHQのプレスコードを見てみましょう。

 

こちらは法律ではなく、規則とのこと。

 

 

プレスコード wikipedia

 

太平洋戦争終結後の連合国軍占領下の日本において、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって行われた、新聞などの報道機関を統制するために発せられた規則である。これにより検閲が実行された。

 

 

正式名称はSCAPIN-33「日本に与うる新聞遵則」、昭和20年(1945年)9月19日に発令、9月21日に発布された。「日本新聞遵則」また「日本出版法」ともいう。「プレス・コード」と表記されることもある。

 

 

概要

 

 

このプレスコードに基づいて、主にGHQ批判、原爆に対する記事などが発禁処分に処された。占領開始前からの計画に従い、占領開始後間もなく個人的な手紙などにも検閲の手が回った。

 

この事実は当時の一般の大衆には知らされず、出版・報道関係者(学校の同窓会誌・村の青年会誌などのミニ・メディア関係者なども含む)以外に存在が広く認知されたのはのちの事である。

 

 

1945年9月22日に出されたSCAPIN-43「日本放送遵則(Radio Code for Japan)」と一対のものである。新聞遵則は、この放送遵則と映画遵則もこれに準拠した。

 

 

昭和27年(1952年)4月28日、サンフランシスコ講和条約発効により失効。

 

 

プレスコードなどの検閲を主に担当したCCDが収集した資料(領域内の全刊行物を含む)は、メリーランド大学のプランゲ文庫に保管されている。

 

 

 

「日本による言論弾圧」と、「GHQによる言論弾圧」、どちらもいい勝負です。後者だけを叩いて、前者を無視するのはフェアではありません。

 

 

違いはこれです。

 

 

GHQの言論弾圧 → 味方ではなく敵に向いている

 

 

日本の言論弾圧 → 味方である仲間に向いている

 

 

 

日本が言論弾圧を行っていた時期は、他のヤバい法律もあるので、政府の考えに疑問を持っている事がバレたら、発禁どころでは済みません。命の危険があります。

 

 

一方、GHQが言論弾圧を行っていた時期は、他のヤバイ法律が、機能していなかったので、まだマシと言えます。

 

 

サンフランシスコ講和条約発効により失効したとのことですが、現代もこのプレスコードの影響を受けていると主張する人もいます。

 

 

しかし、そうであっても、その事を国民が批判できるだけ、まだマシです。日本国憲法があるお陰なのは言うまでもありません。

 

 

何が検閲されたか、以下のリンク先に分かりやすく解説されています。

 

【プレスコードとは】GHQの行なった言論統制!!背景や30項目・影響について

 

 

日本人に戦争の罪悪感を植え付ける為に、怒りの矛先を「日本vsアメリカ」から「日本国民vs軍国主義者」にすり替えたとのことです。

 

 

しかし、大日本帝国では、日本国民とそれを虐待する軍国主義者の構図に現実になっていました。お上を批判できない人ばかりなので、ここに問題があった事を教えたのは良かったと思います。

 

 

④証言を元に、大日本帝国の軍隊のイジメがいかに酷かったか考える。

 

 

よく、「歴史は勝った者が書く。だから、負けた日本にとって都合の悪い歴史はデマなんだ。日本だけが悪いなんておかしい」と言う人がいるのですが、それを言うなら、

 

 

負ける前、調子に乗っていた時代の日本は、勝者の理屈で、弱い立場の人達が訴える主張や歴史まで弾圧していました。

 

 

その被害者は日本人です。

 

 

歴史学者が受けた扱いについて見てみましょう。

 

 

大日本帝国が圧力をかけた歴史観

 

 

内容云々よりも、

 

 

少数意見だからとか、主流ではないからとか、利権を脅かすからとか、気に入らないから...といった理由で、隠蔽したり、圧力をかけたり...

 

 

そういう事をする事に問題があります。

 

 

『「天皇機関説」事件 / 著者:山崎雅弘』

 

津田左右吉は、一八七三年一〇月三日生まれの日本史学者で、美濃部と同い年でした。東京専門学校(のちの早稲田大学)を卒業後、満鉄(南満州鉄道)調査部勤務を経て、一九一八年に早稲田大学講師となり、一九二〇年には同教授に就任しました。

 

 

日本史研究の著書は、一九〇一年に出した『新撰東洋史』が最初でしたが、国体明徴運動が進行中だった一九三九年に問題視されたのは、一九一九年の『古事記及び日本書紀の新研究』や、一九二四年の『神代史の研究』などでした。

 

 

津田の論考は、『日本書記』などに記された建国神話の大部分が、皇室による統治を権威化するために人為的に創作、構成されたものであること、神武天皇(初代)から仲哀天皇(第一四代)に至る記載は、歴史的事実の記録というよりは、これらの物語を作った朝廷や諸氏族の思想を表現したもの(思想史の文献)として読まれるべきものであることなど、当時の国体思想が絶対視した「皇国史観」の土台部分に疑問を差し挟むものでした。

 

 

こうした史料批判に基づく実質的な研究は、歴史学の分野では正統的な手法でしたが、一九三九年一〇月三〇日から、津田が東京帝国大学の法学部で東洋政治思想史の講座を開くことになると、天皇機関説事件の時と同様、「原理日本社」の蓑田胸喜と三井甲之らが、津田に対する激しい攻撃を開始します。

 

 

蓑田は、かつて美濃部に対して行ったのと同様、津田に「日本精神東洋文化抹殺論に帰着する悪魔的虚無主義の無比区悪思想家」などの罵倒と誹謗の石つぶてを投げましたが、政府も国体明徴の方針からこうした糾弾の動きを無視できませんでした。

 

 

その結果、一九四〇年二月一〇日から一二日に津田の著書『古事記及び日本書紀の新研究』『神代史の研究』『日本上代史研究』『上代日本の社会及び思想』の四冊が発禁処分となり、三月八日には津田と発禁本の出版本である岩波書店の岩波茂雄が、出版法第二六条違反の容疑で起訴されました(ただし数度の裁判を経て一九四四年に免訴となる)。

 

 

(224~226p)

 

 

遺跡への扱い

 

歴史の弾圧は、資料に限った話ではありません。遺跡も対象です。

 

 

広島県の荘原市に「葦嶽山 あしたけやま」という山があるのですが、ここの遺跡の話が有名です。

 

 

日本式のピラミッドが発見されたと、中国新聞の記事になっています。

 

 

 

 

 

しかし、おかしな展開になります。

 

 

火(ホ)と「ニワ」と鍋釜 「日本ピラミッド」葦嶽山の巨石探索-12 太陽石についての疑問

 

 

広島県庄原市にある「葦嶽山」は、「日本ピラミッド」と呼ばれ、道路標識にもそのように書かれている。「葦嶽山」を「ピラミッド」としたのは、「酒井勝軍 (サカイカツトキ)」。

 

(中略)

 

「酒井勝軍」は「葦嶽山」を「ピラミッド」として発見した後すぐに「太古日本のピラミッド」という本を書いている。発刊は発見と同じ年の昭和9年(1934年)。著者名を「発見者酒井勝軍 著」としている。

 

 

この本は発刊後、発禁処分になり、貴重な一冊が「国会図書館」に残されていて、そのライブラリーから今は誰でも読むことが出来る。

 

 

(中略)

 

 

その後、「葦嶽山山頂」の「太陽石」や「磐境」は、軍部によって破壊され、跡形もなくなってしまったとされている。そこそこの石を、たとえ風化が進んでいたとしても、粉々にして跡形もなく処理しようと思えば、それなりの技術も労力もいる。そう簡単ではない。

 

 

本を発禁にするのはたやすいが、困難を伴う山頂の石の破壊を、「ピラミッドであるという主張」を、打ち壊すために、わざわざ軍部がするだろうか。もし軍部が破壊したとするならば、むしろ軍部が「葦嶽山はピラミッドである」と認める行為になるまいか。むしろ、無視する方が、よほど強い否定になると思うのだが。

 

 

「太古日本のピラミッド」という本が発禁になったというのも、「ピラミッド」を問題視したというより、天皇への不敬罪だったのではないかと、推察できる。

 

 

破壊したという話は「デマ」だとする意見もあるのですが、発禁処分にもしてますからね。貴重な歴史資料を隠蔽しようとした事は間違いありません。

 

 

日本式のピラミッドは歴史が古く、1万年以上前と言われています。どうやって運んだんだ...というくらい不自然に積みあがった巨石を見ると、古代に今とは違った技術があった可能性もあり、ロマンがあります。

 

 

でもこういった遺跡にはスポットライトが当たりません。公式になっている歴史感と矛盾する遺跡は、あってはマズいのでしょう。

 

 

...というわけで、日本は昔から歴史の隠蔽をしてました。

 

 

隠蔽

 

 

自分達にとって都合の悪い事を隠蔽する行為は、権力者は誰でもやります。日本もGHQも、どっちもどっちです。

 

 

GHQが酷かったから、日本人による歴史認識はまともだった...みたいな理論は、そろそろ卒業しましょう。

 

 

調べたら、江戸時代の話でも捏造があるようです。

 

 

 

 

 

昔から隠蔽大好き。

 

 

詳しい資料が残ってないみたいなのですが、戦後にもあったみたいです。

 

 

マンガ弾圧の歴史!鉄腕アトムは燃やされたのか?「悪書追放と焚書」

 

 

 

反省をする事は日本人の為

 

 

日本人は悪くないと言い張る人達を見て、いつも思うのですが、普段から仕事等で、ミスや問題を発見しても、そんな風に揉み消しているのでしょうか...。

 

 

「悪くない」と言い張って、反省しない姿勢を貫くなら、当時日本人に対して行っていた非人道的な行為に対しても該当するので、また同じ事を日本人にやる可能性大です。

 

 

 

そして、「日本は悪くない」と言っている人の中でも、特に影響力のある人が、こんな事を言いだしているので、注意が必要です。

 

 

毎日新聞 「極端な思想の公務員、洗い出し辞めさせる」 参政・神谷代表が発言

 

 

 

 

問題となった発言場所です。

 

 

 

 

スパイ防止法は、治安維持法を彷彿とさせます。

 

 

80年以上前の日本人が、有無も言わさず国民をコントロールする為のノウハウを作ったので、その方法を使えば、当時の環境にすることは可能...と思っていたら危ないです。

 

 

治安維持法は、「結社」取り締まりから、「思想」取り締まりへ進化したことを忘れてはなりません。

 

 

続編はこちらから。

 

日本国憲法と戦後の日本の良さについて考える

 

 

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