私は被爆地広島出身なので、子どもの頃から「被害者の立場に立った教育」を受けてきました。
でもそれは偏った視点なので、被害と加害の両方の視点を持つ事が必要だと考えるようになりました。
今後は、日本軍が外国人にした加害行為、日本人が同胞を虐殺した事、国民を守らなかった当時の憲法の問題についても、伝えていかなければいけないと思い、数回にわけて記事にしました。
普段から、戦争はしてはいけない、今の憲法を変えてはいけない...と主張しているのですが、こんな話をすると、
よく「お前は攻撃されても黙っているのか?敵が侵略してきたら丸腰か」と反論されます。「頭の中がお花畑」のように見えるのかもしれません。
ですが実は逆で、「戦争した方が有利だ」と考える方が平和ボケなのです。
この世は物理的な制限があるので、カッコイイ戦隊ヒーローのようにいきません。
残念ながら日本の条件では、大きな国と戦争をすれば100%負けます。以下の記事でも解説しました。
⑯【欠陥だらけの社会システム】日本が改憲しても国防軍にしても、戦争したらボロ負けする残念な理由
危機意識が強いのは良い事だと思います。しかし、危機意識が強い故に武装した結果、かえって死ぬことになるケースだってあるのです。ワクチンがまさにそうですね。
沢山の死者が出ているのに、まだ打つ人もいます。「対処法そのもの」が目的になってしまって、「その結果どうなるか」を考えなかったらこうなります。
物事は表面だけ見てはいけません。「良さそうな対処法」に飛びつかない事だって危機管理の一つです。
だから、戦争に反対しているからといって「丸腰」とは限らないのです。そして、戦争の本質をよく分かっている人程、戦略のつもりで反対しています。
戦争に反対している人達には、大きく分けて2タイプいるのですが、ほとんどが前者です。
●とにかく争いは良くないと思っていて、平和主義だから反対する
私は後者の考えをベースにしています。
加害も被害もどちらも、これらの戦争の仕組みから生まれるのです。
負けても突っ込む事に、「何らかの意味」や、「美しさ」を感じている日本人が意外に多いのですが、戦争の本質を理解できれば、「負ける戦い」に参加するのはアホらしくなると思います。
そのような戦いに誘導する人も悪質です。
本記事では、「戦争をしてはいけない理由」についてお話しします。
戦争と奴隷システムはセット
戦争がいけないのは、「無駄な殺し合い」をさせられるのはもちろんですが、それを遂行する為に、社会が「奴隷システム」になり、国民の地位が奴隷以下に落ちることです。これが一番よくない。
問題なのは、「自分の国が、国民を奴隷にしている」という現実の中にいても、「敵との戦争」の方に意識が持って行かれると、当人達に「奴隷になっている」という感覚がない事です。
戦争は「ステルス奴隷システム」でもあります。国民が奴隷ではない状態で、大型の戦争はできません。大日本帝国時代がそうでした。
⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。
服従させる為には、生活を支配するのが基本です。
『続・日本軍兵士―帝国陸海軍の現実 / 著者:吉田裕』
一九四四年四月に召集され、高知県で本土決戦のための陣地構築に従事していた真鍋元之は、次のように指摘している。
日本の軍隊は、食費、被服費、住宅費のすべてを、軍側で負担し、兵士からはビタ一文も徴集しない。それのみか、官給以外の物品は《私物》と称し、所持を厳禁している。兵士の生活につき、徹底的に全面保証を与えるのが、日本の軍隊の伝統的な性格であり、この故にこそ軍は、全面的な絶対服従を、兵に要求することが、できているのであった。(『ある日、赤紙が来て』)
(viii p)
「人から貰う物」に完全依存してしまうと楽ですが、それと引き換えに、「理不尽な要求」を押し付けてくる可能性があるので、良い事ばかりではありません。現代、話題になる、ベーシックインカムは、こうなったら怖いです。
軍隊は一応、建前では全面保証を謳っていました。しかし、「言ってる事」と「やってる事」が違うのが日本軍です。現実は食糧が不足し、栄養失調に悩まされ、住民から「闇米」を買う事もありました。
戦死した軍人の内訳は、餓死や病死が6~7割だったのですが、その原因を作ったのは日本の命令...つまり、「逆らう事が許されない、上に絶対服従しなければならない縦社会・奴隷システム」です。
敵に殺された数より、自分の国に殺された数の方が多い...という結果をみると、「戦争」より、実は「奴隷システム」の方が人を殺している事が良く分かります。
特攻隊は、生きて帰れる実力があっても、「死ね」と命じられていました。
奴隷は、権力者から命令されるし、自由や、意見を奪われるのです。従わない者には、容赦ない暴力が待っています。
当時は「一億玉砕火の玉」といったスローガンを掲げたり、みんな同じように負担を要求されていたように見えます。
しかし、実は相手の立場によって、大きな不公平があったのです。
一見公平に見えても格差がある
奴隷システムには、「命令する側」と「命令される側」がいます。
庶民が「命令する側」になれる確率はどのくらいなのでしょうか?
例えば軍隊。表向きは平等にみえても、実際は、みんな同じではありません。
調べると、少なくとも皇族は、上位の階級になりやすかったみたいです。
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 軍隊と皇室(皇族)
旧軍は「天皇の軍隊」だった。それゆえ軍隊の研究には、大元帥(すい)たる天皇の研究は不可欠であり、皇室と軍隊の問題は重要な研究テーマである。
天皇は大元帥として軍隊を統帥する存在だったが、男性皇族は陸海軍いずれかの軍人将校として勤務することになっていた。むろん彼ら皇族将校は、普通の将校とは違い階級も早く上がるし、階級社会に厳しい軍隊生活のなかにあっても、特別に丁重に扱われるなど、常に別格的な存在だった。
閑院宮載仁や伏見宮博泰のように、それぞれ参謀総長・軍令部長(後に軍令部総長)という地位に就任した事例もある。しかし皇族総長は責任追及の難を避けるため、実際には実務を担当せず、次長以下が責任をもつ慣例になっていた。その意味では彼らは「神輿(みこし)」的な存在だった。
けれども両宮は陸海軍それぞれの最高人事権に影響力をもつなど、その存在と政治的言動は無視できなかった。とくに伏見宮は軍令部総長を辞めてからも、後任海相の最終人事権を掌握しており、宮の承諾なしに海相が決まることはなかった。
男性皇族が軍人将校にならねばならなかったことは、天皇の直弟たちも避けられなかった。秩父宮(ちちぶのみや)と三笠宮(みかさのみや)は陸軍将校、高松宮(たかまつのみや)は海軍将校となっている。
このうち秩父宮が三一連隊の大隊長に着任し、弘前市に赴任することとなった。そのため弘前市では上に下に宮を歓迎することになり、市当局はその任務に忙殺されることになった。天皇の直弟が来弘することは、弘前市民にとってたいへんな名誉となった。天皇や皇族の行幸啓がもつ政治的意味と地域にもたらす影響力は、地域と軍隊との関係を考える上で非常に重要なテーマなのである。
皇族も戦死しているので、完全に平等だと思っていたのですが...
【太平洋戦争秘史】意外に多かった皇族・華族の戦没者 高貴なる者の責務を果たした若者たち
将校等の、かなり上の立場であることが多いです。
上がこれなので、他にも配属や階級に不平等はあったと思っています。
軍隊は人の命がかかっている仕事です。向き・不向きもあるし、才能もあるので、この手の職業は、実力で出世してもらわないと困ります。実力が足りないのに、大きな仕事をすれば、ミスに繋がるからです。
当時の日本人は戦闘能力があまりに低いです。階級を能力で決めていないのでは?と疑いたくなるような戦いをしていました。
⑯【欠陥だらけの社会システム】日本が改憲しても国防軍にしても、戦争したらボロ負けする残念な理由
美輪明宏さんも「軍人はバカばっかり」と言っていました。
菅野完氏による日本軍の分析です。
例え戦う気があったとしても、階級の決め方が「能力」を基準にしていないのだとしたら、そこには加わりたくないです。私なら別行動を希望します。
戦争をやりたくない奴が安全な上位のポジションで、やりたい人達が、危険な最前線にいけばいいのです。でも世の中、だいたい威勢のいい奴程、根性がなかったりします。
上の立場ほど無責任なタイプが多い
全員ではありませんが、
上位ポジションの奴は、調子に乗っている時は、サムライ気取りで部下に偉そうに命令し、戦わせますが、いざ戦争が終わると、部下殺しの責任から逃げ回ります。
私が身近な人から「未来ある若者を死に追いやった責任を取って腹を斬った」という話を聞いたのは、たった1件です。
終戦時に腹を斬った人より、腹を斬らなかった人の方が圧倒的に多かったことから、当時の日本男児が強くなかった事が分かります。
私は弱くても、逃げてもいいと思います...身の丈に合った立ち回りをする事も必要ですから。
しかし、「上官」が、サムライ気取りで、部下を虐め、死ぬことを強要していたのに、命令の責任を取らないのは、卑怯ですし、人としてアウトだと思います。
酷いのは、部下を捨てて逃げるケースです。満州で上官やその家族が下っ端を置いてサッサと逃げた事は、当時も批判を受けたそうです。
アホで根性がない奴の下で動きたくはないですね。
命がけで尽くしても...協力した者はバカをみる
当時、「国家総動員法」によって、国民(=当時は臣民)は、戦争に強制的に参加させられました、
⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。
HugKum 「国家総動員法」とは? わかりやすく解説、参考図書も紹介【親子で歴史を学ぶ】
それにも関わらず、国内への攻撃による被害者に補償はなかったのでした。
私は広島の人達が、原爆手帳を貰って助かっている姿を見てきたので、てっきり、亡くなった方に対しても、補償があるのだと思っていたのですが、現実は違いました。
軍人には恩給があったのですが、被害を受けた民間人はこの扱いです。

「大日本帝国憲法」下の国民は、「臣民(家来)」ですから、財産、命、時間...等搾取されまくりで、一方通行の愛。
国は彼らの生活や人生のことなど、どうでもいいと思っているみたいです。
しかし、現代の国民は、人権を尊重する「日本国憲法」の元で生活しています。
そりゃないだろ...と言う人が出てくるのは当然です。

民主主義国家の人間として真っ当な意見です。
これは、元々原稿に書いていない事で、田中氏がその場でアドリブで付け加えた言葉だそうです。
日本は自浄作用がない国なので、「外から変えてもらうしかない」と思ったのではないでしょうか。
余談ですが、参政党も「DIY」とか、「中から変えるんだ」とか言っていました。しかし、党内の事ですら、中にいて仕組みを変える事はできません。問題が表に出るのは、辞めた人等の情報である事がほとんどです。
話を戻します。
自浄作用がない国では、外に助けを求めたり、事実を表に出すと、圧力がかかります。

後ろめたい人の足掻き方はどこも一緒です。
「みんなの為を思って尽くして被害に合った側」に、さらに攻撃を仕掛けるような事をします。どの組織も問題が起きると、だいたいこのパターンになりますね。
被害者に優しくない国...
だから私は繰り返し言っているのです。日本は人権意識が低く、戦前・戦中は自国民にも酷い事をしていたのだから、外国人に酷い事をしていたとしても不思議ではないと。

戦争にほぼ強制的に巻き込んでおいて、何の責任も取らず、国民が補償を求めると、たかりと言われます。
美しい国「日本」‼
...言ってみただけです。
一方、軍人は階級によって貰える額が変わってきます。下っ端程、最前線の危険なところに行くと考えられるのですが、金額少ないですね。

何故、民間人には0で、軍人にだけうま味があるのかというと、お金貰えないと軍人になる人がいなくなるから...と言う理由なんだそうです。
臣民全員に補償する余裕はない。だから我慢しろ...と。
でも、日本のような考え方をしない国もあります。

戦い方や、武器の作り方等は、外国の方法を真似て改良するくせに、こういうところは、一切学ぼうとはしません。
そもそも、「軍人になる人がいなくなるから、軍人にだけお金渡す...」という理屈もおかしいです。
戦時中は、軍人もそれ以外の人も、なんらかの戦争業務に強制参加だったので、もしなり手がいなければ、再び同じように強制するかもしれません。
そういう意味で、人がいなくなる...という理屈は現実的ではないです。
特別扱いの理由
軍人のみにうま味がある理由として、みんなが思いそうな事は1つです。
当たり前ですが、階級が上だった人程、軍のヤバい秘密をたくさん握っています。
戦後、戦争に関わるヤバイ資料は、焼却処分して、揉み消してきました。せっかく証拠隠滅したのに、生き証人にいらん事をペラペラとしゃべられたらマズいわけです...。
みんな同じ事を考えたと思います。
民間人にはなく、軍人...それも階級が上になる程高い...これ、戦後に軍隊で知った事をバラすなよ...という無言の圧力と口止め料効果だと考えたら筋が通りますね。
昔の人は義理堅いので、大多数の人は、世話になっとる人に都合の悪い事はしないようにするはずです。
軍隊から帰ってきた人は、戦争体験をあまり語りませんでした。思い出したくないから、後ろめたいから...という理由もあると思いますが、戦後、お金を貰っていたというのも、少し関係していると思います。
あの戦争は悪くなかった、正しかった...と言う人がいますが、階級が上だったり、戦争で儲けていた会社関係者だったり、それらの末裔だったりします。
一方、ヤバイ秘密を握っていない民間人は、口止め料など必要ありません。
余計な事を言われると困る例は、他にもあります。
菅野完氏が、(亡くなったと思われていたけど)生きて帰ってきた英霊の声が無視されている件について話しています。
逆に、余計な事をしゃべるとこうなります。
『私たちが中国でしたこと 中国帰還者連絡会の人びと 著者 / 星徹(2006年7月25日 初版発行)』
第二章 忘れえぬ七三一部隊の狂気
篠塚(旧姓・田村)良雄(千葉県在住・七七歳)
この一カ月ほど前の一九九八年六月二五日、自らの罪行について米国とカナダで講演をするため、篠塚は飛行機でシカゴ(米国)へと向かった。事前に、両国政府機関から「七三一部隊の戦犯なので、入国を許さない」という情報を受け取ってはいた。それでも、「話せば分かってもらえる」という思いで出発したのだ。
シカゴのオヘア国際空港の入国審査で、コンピュータが反応した。「ワシントン(米国政府)の命令だから、入国は認められない。篠塚には、ただちに日本へ帰ってもらう」。審査官にそう言われ、篠塚は成田へと送還された。
「米国とカナダで、わしの罪行について証言をしたかったのですが、残念でなりません。証言するから入国させない、としか思えない。口をつぐんでいる人は入国できるのに」。悔しさを押し殺してそう私に言うと、篠塚は目をつぶったまましばらく動かなかった。
(中略)
中国の寛大政策により、篠塚は五六年七月に起訴免除となり、八月に帰国した。
千葉県の故郷へ戻って数日後、同郷の七三一部隊の元上官たちが「歓迎会」を開いてくれた。その場で、別の部署の元上官から、「石井(四郎)部隊長閣下のところへ、帰還の挨拶に一緒に行こう」と誘われた。篠塚は行く筋合いではないと思い、「わしはもう石井の部下じゃない。行くのは嫌だ」と断った。
その場は険悪な雰囲気になり、それ以降こういった会合に誘われることはなくなったという。
「あの時、石井四郎に会って就職の世話にでもなっていたら、今頃は口をつくんでいたかもしれません。行かなくてよかった」。そう当時をふり返る。
その後、地方公務員となり、定年まで働いた。定年後の八四年ごろから、七三一部隊での体験を講演するようになった。「わしが中国でやったことを、闇から闇に葬るわけにはいかない、と思ったのです。真剣な眼差しで、そう篠塚は私に訴えた。
講演会での証言は、九三年から七三一部隊展が全国各地で開催されるのと並行して、頻繁に行われた。嫌がらせも度々あった。
渋谷(東京都)での講演後、ロビーでチンピラ風の若い男に「でたらめ言うな!刺すぞ!」と脅されたこともある。
千葉で講演をした時は、七三一部隊の部隊長のことを「石井四郎」と言うと、会場内の中年の男から「なんで石井閣下のことを、呼び捨てにするんだ!」と怒鳴りつけられたこともある。そんなことがあっても、証言を続けている。
「わしたちは、人としてやるべきでない事をしてしまったのです。被害者や遺族の立場になれば、どう思っただろうかといつも思います。せめてもの償いです」。
そう篠塚は言うのだが、講演で目にする彼はいつも苦しそうだ。それでも、悲しみやつらさの感情を押し殺し、必死に平静を装おうとする。「講演をして当時のことを思い出すと、苦しくて夜はなかなか眠れません。思い出すのは、とてもつらいのです」。そう篠塚は私に語ったことがある。
生涯を通じて責任を取る
米国とカナダへの入国拒否について、篠塚は力を込めて言う。
「確かにわしのやったことは、非人道的な行為でした。申し訳ないと思っています。しかし、米国は石井四郎(元部隊長)ら幹部と取り引きをして、“免罪”しているじゃないですか。彼らが入国できたのに、わしみたいな下っ端を入国させないのは、納得できない」
確かに、篠塚は非人道的行為をした。しかし、被害国である中国の裁判では不起訴処分となっており、「元戦犯」ではない。
米国は、七三一部隊などの人体実験やその他の“研究”資料を手に入れることを条件に、これら戦争犯罪を追及しない、という取り引きをした。その一方で、篠塚のように自らの罪を認めて謝罪し、積極的に事実を証言している元下級軍属を入国させないのである。
(160~167p)
ここにでた篠塚氏は、今から30年前、戦後50年に作成された動画(10:55~)に出演しています。
食料事情
臣民は少ない配給のせいで栄養失調になっていました。
子供が多い家は、食料を求めて、田舎で物々交換をしてもらっていたのですが、途中で待ち構えていた憲兵に没収される事もありました。
散々こき使われて、食料はほとんどなし、自力で調達しようとしても、それすらもダメとされる...これが日本式の戦争です。
しかし、裕福な人達はそうではありませんでした。
『太平洋戦争と「国民総動員」 / 著者:小野賢一 けやき出版 1995年出版』
カンヅメを買い集める資産家
国民のすべてが食べ物に苦しんだのではない。「一億一心」などと宣伝してみても、富める者と貧しい者がいる会社にあって、統制経済・戦争は軍需を中心とする大企業に大もうけをもたらしたから、金持ちたちは日米戦をまえに手当をはじめた。
その一端がカンヅメ買い集めである。
これを、新潟・岐阜・兵庫・奈良・香川五県の検事局からの報告を原資料とする「臨戦時下に於ける物資買漁状況」(四一年十一月)が、同年夏~秋のこととしてふれている。
「最近缶詰類を何程でも良いから売つて呉れと云ふ人がある。現在私の店には約三百個の缶詰があるが本月になつて二、三人もさうゆふ人が来たが売らないで置いた。聞くところに依ると東京方面の資産家が近在に家を作つて其処に二、三年分位の食糧を溜めて置き、いざ空襲と云ふ時其処に避難するのだと云ふことで其の為地方の親族、知人に依頼して缶詰類の買い占を遺らせて居ると云ふ」(新潟県、食料品商)。
金持ちの家の二、三年分の食糧というものがどれほどの量かちょっと見当つかないが、新潟にはまったく同様のケースがもう一例ある。
さらに西の岐阜県にも同様のケースが一例あり、それが空襲へのそなえと関係があることをしめしている。
「一人で缶詰類を何個も売つて呉れと云つて来ます・・・・・・空襲下に於ける用意に買留めせらるゝものと思ひます点は缶詰壜詰の中でも副産物になるものを選んで買つていかれるからであります」(果実類缶詰商)。
この人たちは売り惜しみに触れるのではないかと気にやんでいたが、金持ちにたいしてそれは杞憂であった。
疎開先の新潟から上京したある少女は、ある鉱山重役の屋敷に住み込みの女中として働き、その生活ぶりに衝撃をうけた。
「当時、銀飯とも純綿とも呼ばれていた白米が、ひきも切らずどこからか運ばれてくる」。上野駅の周辺か焼け野原のころというから、敗戦直前の時期のことである。
そこには「戦犯級の名高い人が時折来訪し、豊かな食膳が用意された。警官もなんの用だか、ときどき訪ねてきた」(小田ふみ子「加配米」)という。
「星と錨」の権威と特権をかさにきて、よろしくやっていた少数の連中は確かにいたのである。莫大な金が湯水のように軍・軍需産業に流れ込んでいたし、「オイコラ」の警官も軍には弱かった。
(45~46p)
庶民の我慢は何だったのでしょう。「欲しがりません、勝つまでは」「月月火水木金金」等のキャッチコピーを地でいく生活をしていたのに...。
ここまでは、戦争になると下っ端は損しかないので、やらない方がいい...という話をしました。ここからは、戦う事そのものが、やる意味がない理由について解説します。
本当の敵
頑張って戦争しても、敵に攻撃が当たらなかったら意味がありません。
戦争がいけないのは、「本当の敵ではない違う対象」と戦わされる事です。つまり、的外れ。これって最悪でしょう。
奴隷になってこき使われて、負けて、良い事は何もなかったです。...で、狙っていたのは、本当の敵ではありませんでした...こんなオチだからやるなと言っているのです。
大きな戦いの多くは、「本当の敵」と「嘘の敵」が存在します。どういう事かというと、
戦争というのは、戦争をする事を決めた人がいます。必ずです。
道を歩いていて、肩と肩がぶつかって、自然発生的に起きる揉め事は、ただのケンカ。これと戦争は違います。
戦争は大金がかかるので、計画と準備が必要です。これは自然に発生しません。誰か分からない人が決定してやったのではなく、ハッキリしています。
「戦争したい」ってみんなに言ってみたら、応援してくれる人が少しずつ寄付してくれた...なんてことは起こりません。あったとしても足りないです。続けられません。
決めた人の都合で、計画、決定され、下っ端同士が戦います。それが戦争です。
下っ端は、敵国の人を、元から憎んでいるとは限りません。嫌いではなくても、命令で攻撃させられます。
敵の悪いイメージを宣伝し、元々は悪い関係ではなかった者同士を憎しみ合わせる工作も行われます。
敵国も同じです。
戦争をすることで儲ける人達がいます。どこの国の「仕掛け人」も同じ事を考えます。
「お互いの国民」は、奴隷にされ、騙し、利用・誘導されているに過ぎないので、厳密に言うと、「本当の敵」ではありません。
本当の敵は、「闘わせている黒幕」です。戦争を仕掛けた側です。
でも軍はそこを「狙え」と命令しません。仕掛けた側は、永久に狙われないのです。
命令された側は、敵ではない相手を「敵だ」と思い込まされ、傷つけ合います。
このように、「本来の敵」ではない、「表面上の敵」に向かわされる事に、ほとんどの人は気付いていません。
では、「表面上の敵」とは何だと思いますか?戦争の場合は「国」です。
一つの国でも一枚岩ではないので、「国 vs 国」の構図だけで見たら判断を誤ります。
歴史から無視されたストーリー
広島を例に、国と国との構図で考えてはいけない理由をお話しします。
原爆は「上空で炸裂した」とされています。ですが、その一方で「地上起爆だ」という説もあります。
どちらの説を支持するかと、よく聞かれるのですが、私はこの点はあまり重要だと思っていません。
広島の原爆については、ネット、書籍、体験者の話を色々聞いてきましたが、私が一番問題だと思っているのは、原爆が投下される事をあらかじめ知っていた人がいたということです。
『原爆は本当に8時15分に落ちたのか 歴史をわずかに塗り替えようとする力たち / 著者:中条一雄』
いま一人は私の中学、高校で二年先輩の水田泰次さんだ。二〇〇〇年八月発行の同人誌の中で、やはり「広島で原爆が落とされることがわかっていた」と次のように書いている。
当時、小生は京大工学部冶金教室の学生でした。原爆が投下される三ヵ月前の一九四五年五月のある日、冶金教室の主任教授の西村英雄先生に突然呼び出されました。
先生によると、アメリカの学会から秘密裡にニュースが先生に送られてきて、当時原爆制作を競争していた日本より先にアメリカで成功したというのです。
そして、その第一回現地テストを広島で行う予定が決まった。できるだけ早く両親を疎開させなさいということでした。
水田さんは西村教授の忠告にしたがって、両親をすぐに広島近郊の廿日市に疎開させた。おかげで両親は原爆の被害にあわなくてすんだ、この西村教授の忠告は、今や想像もできないくらい奇想天外ともいえる機密情報だが、水田さんはこう言う。
「西村先生に呼び出された時、先生の横に原子物語の湯川秀樹教授が座っておられた。それで、てっきり湯川教授からの秘密情報かと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。西村先生がアメリカとの独自のルートを持っておられたようだ」
独自のルートで考えられるのは『もはや高地なし』の一節だ。原爆投下の約半年前の一九四五年初めごろから、一部の米学者の間から「原爆使用反対」の声が出て、その中心になったのがシカゴ大学の冶金研究所だった。
アーサー・コンプトン所長を中心に政治家や軍関係者に対し、さまざまな反対運動を繰り広げたようだ。その様子は「届かなかった原爆使用反対の声」という項目で詳しく紹介されている。(同書一一一ページから一一九ページまで)。
六月四日には「同研究所で対日原爆使用を阻止しようとして七人の科学者が会合を開いていた」とあるが、結局反対の声は通らなかった。
シカゴ大と京大、そして同じ冶金教室。冶金つながりに不思議な符号がある。学者の間では、あの戦時中でもスイスあたりを経由して、日米間でひそかに情報を交換していたという話もある。
終戦後、西村教授が亡くなったのち、水田さんは同教授のご子息に「生前、こんな話を聞いていましたか」と尋ねたところ、「そんな話は一切聞かなかった」という返事だったという。だが、水田さんは、今でも日米間の「冶金つながり」を信じている。
(187p)
これは2001年発行なので、ネットを使う人が少なかった時代に書かれた本です。著者も被曝しており、当時の状況が書かれていました。
3か月前に分かっていて疎開するなら、他のみんなに伝えていれば、もっと多くの人が助かったでしょう。
そして、そんなヤバイ情報を知る事ができた...という点が最も重要です。
この時代は、天皇、皇族以外の人間は「臣民=絶対的な君主に使える家来」という扱いだったので、現代のような「国民」ではありませんでした。
従って当時は、治安維持法や、国防保安法...といった、家来がお上に逆らえないようにする為の、法律が作られました。
⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。
私が知らないだけで、他にもヤバい法律があると思います。
何が言いたいかと言うと、この時代、国が推奨する事以外の自由はありません。亡くなった祖母がよく「おばあちゃんらは、青春やなんかなかった」と言っていたのですが、そういう事です。
臣民が何かできる...という事は、イコール国が許している事だと解釈できます。
「情報の取り扱い」を少し間違えると、死刑になる可能性がありました。
そんな中、「敵側の情報」を受け取るなんて、ありえないわけです。アメリカの学会とやり取りしてただけで拷問、虐殺でしょう。当時の感覚では。
戦争を終結させる原因の一つになった爆弾の情報が、臣民である京大の教授が知っていて、それを臣民の学生に告げる。もし学生が拡散したら、「アメリカ学会」とのお付き合いがバレて、どんな処分を受けるかわかりません。
「鬼畜」認定していた国の情報を受け取り、それを学生に教える余裕がある...という事は、
このようなやり取りを、元から国は知っていて許していた...と考えるのが自然です。でないと無事でいられません。教授が知っている情報なら、国の上層部も知っていたでしょう。
また、大本教の教祖である出口王仁三郎は、第二次世界大戦や、広島・長崎の原爆を予言していたそうです。
...これは予告だと考える方が自然ですね。
...9.11同時多発テロに詳しい人なら、何故かあの当日、ワールドトレードセンターに出勤せずに難を逃れた人がたくさんいた...という話を思い出すのではないでしょうか。
一部の人だけ情報を貰って逃げた...としたら、被害者は同胞に見捨てられた事になります。
あの爆弾が投下だろうが起爆だろうが、広島で使われると日本人が知っていた事は変わりません。
原爆計画に例えわずかでも日本人が関わっていたなら、この戦争は「日本vsアメリカ」の構図ではなくなります。臣民の立場からすれば、誰と戦わされているのか...という話になります。
表向き戦争をしているように見えても、水面下では上層部だけ繋がっている...このような状態だったことを考えると、本当の敵はアメリカという国ですか?
...違いますよね。アメリカの国民でもない。
上の方で繋がって、国民に分からないように悪い事をしている人達が敵ですよね。だから、どちらの国も、戦争にのってはダメなのです。
「平和ボケ」とは戦いを避けることではありません。表面的に考えた気になって、浅い考えで安易に戦いという選択をしてしまう事、実力がなくても呑気に「勝てる」と思ってしまう事を言います。
そして、戦争という大きなイベントに気を取られて、気がついたら奴隷制度に侵食されてしまう事も「平和ボケ」です。
戦争に関われば、自らの立場を奴隷に落としてしまいます。その為、反対する必要があるのです。
戦争することも必要だ...と考えてしまうのは、「国vs国」の闘いの構図だけで物事を考えているからです。次回はこの解説をします。




















