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これまでの記事で、大日本帝国時代は、日本人が同胞に対して非人道的な事をしていたという話をしてきました。
④証言を元に、大日本帝国の軍隊のイジメがいかに酷かったか考える。
身内にも容赦ないので、外国人にはもっと酷いです。
本記事では、中国で行った事を中心に紹介します。
加害者としての日本
概要欄
戦争から75年がたち元兵士の大半が亡くなるなか、とても貴重な証言。右派左派ともに耳を傾けるべき内容。初年兵がやらされる刺突訓練(農民を殺害)、日本人軍医が戦時中に記した兵士による輪姦の状況など。戦争の真実がここに。※沖縄戦を体験した兵士は当然ながら中帰連メンバーではありません。







中国の後、沖縄でも戦いました。

この近藤一氏は、中国戦と沖縄戦の両方の証言者として活動をされていました。朝日新聞の有料記事ですが途中まで読めます。
加害体験が少ない原因の一つは、同胞からの圧力です。ワクチン薬害と似ていますね。
戦争経験者はどんどん少なくなっており、生の声を直接聞くのは難しくなってきました。
彼らが生きている間に残した証言は探せば見つかるのですが、探す気が無ければ、目にすることはないでしょう。
加害者としての日本
『私たちが中国でしたこと 中国帰還者連絡会の人びと 著者 / 星徹(2006年7月25日 初版発行)』という本にも、日本軍が何をやったのかが具体的に分かる情報、そして、それを行った時の心理等、詳しく書かれていました。
『中国帰還者連絡会』は、大日本帝国によって洗脳された元軍人を、中国が収容所に入れて、思想教育を行った上で解放された人々...なので、信じられないという意見もあるみたいなのですが、だからといって、証言が全部嘘になる根拠にはなりません。
あの人が言ってるからダメだ...と言って、中身も確認せずに決めつけるのはよくないです。
本では、顔出し、所属する部隊、作戦を行った場所まで詳細に示されています。この本だけ特別、証言内容が酷いなら、信憑性を疑ってしまうかもしれませんが、「このグループに属さない兵隊」の証言とも被る行いなので、嘘とは考えにくいです。
そして、仮に思想教育であったとしても、「それを受けた証言者」が常識的な考えになっているので、少なくともこれを読む限りでは、悪い教育には見えません。
当時の日本軍は、カルト宗教が勝てないレベルの洗脳を行っていたので、戦後になっても「悪い事をした」と思ってない兵隊も多かったみたいです。
それを解除するには、逆洗脳もありだと思います。毒を以て毒を制すというやつです。
というわけで、この本から、印象に残った話を紹介します。具体的に何をやったのか、その時の考えなどに注目して下さい。
「当時は、中国人のことをチャンコロと言って、劣等民族だとバカにしていたんです。その『チャンコロ』が天皇を戴く日本民族に反抗して、けしからんと思っていました。だから、これは正義の戦争であり、天皇のため、国のため、親兄弟のための戦争である、という信念をもっていたんです。小さい頃から、そういう風に教育されてきたんです。俺は日本では善良な国民であり。愛国者だったんですよ!極悪人としてオギャーと生まれてきた訳じゃないんだ!」
金子安次(東京都在住・八一歳)は顔を真っ赤にして、腕を振り上げて私にそう訴える。
二〇〇〇年一二月、日本の非政府組織(NGO)が中心となり東京で開催された女性国際戦犯法廷で、金子は自らの性加害体験や従軍慰安婦についての証言をした。「法廷」の傍聴席では、日本軍により性暴力被害を受けた各国の多くの女性も聴き入った。
「当時は、チャンコロの女を強かんして何が悪いんだ、どうせ殺すんだからいいじゃないか、と考えて強かんをしていたんです」
「法廷」で金子はこのように語り、自らの加害体験を証言した。
(中略)
金子は尋常小学校に入り、軍人になることを夢みるようになった。教科書は神話で溢れ、大和民族がいかに優れているかが描かれ、天皇は神であると教え込まれた。
(中略)
“良き”日本軍人へ
四〇年一一月、金子ら初年兵は中国山東省済南の南に位置兖州に到着した。そして独立混成第一〇旅団第四四大隊第一中隊重機関銃班の所属となり、ここで三カ月の初年兵一期教育を受けた。
「ここにいて殴られなかったのは、入隊した日と予防接種を受けて熱が出た日の三日くらい。あとは毎日朝から晩まで、班付き上等兵や故年兵から殴られていました」。理由は何とでもつけられた。「動作が遅い!」「服装が悪い!」・・・・・・。特に、裏にびょうの付いた編上靴で顔を殴られると、口の中まで切れて飯も食えなくなった。「『日本刀の刃と同じで、兵隊は叩けば叩くほど強くなるんだ』という“論理”なんです。人間性も何もあったもんじゃありません」。そう金子は言う。
住民を機関銃で皆殺しに
初年兵教育の後にも討伐はつづき、大きな作戦にも参加するようになった。集落掃蕩の際には、「あいつは良くやっている。度胸がある」といってもらいたいがために、古年兵など上官の命令には忠実に従った。古年兵が集落掃蕩で捕らえた男に水責めの拷問を行い、最後にグツグツと沸騰した湯を無理やり口をこじ開けて一気に流し込み、殺害するのも手伝った。
下半身を裸にした女を数人がかりで押さえつけたこともある。古年兵はその女の膣に綿を詰め込み、そこに油を染みこませて火を放った。女性は絶叫してのたうちまわり、古年兵らはワハハハッ!と大笑いして楽しんだ。
(中略 以下別の話)
村からの反撃はやんだ。日本軍は四つの門のうち三つの出入り口を封鎖したので、残る一つの門からは、苦しそうにする住民が次々と外に出てきた。彼らの多くは女性・子供・老人で、中には青壮年の男も少数は交っていたという。上官から「逃げてきたら、みんな撃ち殺せ」を命じられていたので、金子ら重機関銃班はダダダッ、ダダダダッ・・・・・・と彼らに銃弾をあびせつづけた。金子には弾薬手としての役割があった。軽機関銃や小銃もそれに加わり、住民たちは次々と倒れ、門の前は死体の山となっていった。後に、そこには一三〇体ほどの死体があった、という報告を聞いた。
「当時は中隊長らから「女は子どもを産むから殺してしまえ。子どもは大きくなったら我々に反抗するから殺せ。老人はどっちみち先が短いからどうでもいい』などと指示されていた」と金子は語る。
(中略)
すぐに、家の中から女の泣き叫ぶ声と古年兵の怒鳴り散らす声が聞こえてきた。暫くすると、古年兵は女の髪をわしづかみにして、表に引きずり出してきた。女は二〇代後半くらいで、泣き叫んで必死に抵抗している。古年兵が「金子、一緒に来い!」と言うので、「どうするんですか?」と尋ねると、「この女を井戸にぶち込んでやるんだ!」と答えた。集落の中には、共同の井戸が必ずいくつかあった。古年兵は近くの井戸までこの女を連れていき、高さ一メートルほどの井戸の縁に女の背中を推しつけ、地面に引き倒した。
「この古年兵は、女に抵抗されて強かんできなかったので、頭にきて殺そうとしたんです」。そう金子は推測する。
古年兵に「お前、足を持て!」と命じられ、二人の女の体を持ち上げて、直径一メートルほどの井戸の入口から真っ逆さまに投げ込んだ。「ギャー!」という女の悲鳴と共に、数秒後にはドボーン!と水に落ちる音がした。
その後、そこで古年兵と一緒に煙草をふかしていると、先ほど女が抱いていた四~五歳の男の子が「マーマ、マーマッ!・・・・・・」と泣き叫んで、井戸のまわりをグルグル走りまわっているのに気がついた。そのうち、その子は家の中に走って戻り、小さな台を持ち出してきて、井戸の手前にそれを置いた。井戸の入口が高くて、届かなかったからだ。そして、その子は台の上にのぼり、井戸の縁をのり越えて「マーマッ!」と叫んで井戸の中へ飛び込んだ。
これを見ていた古年兵は「金子、これじゃ可哀想だから、手榴弾をぶち込んでやれ」と言った。金子は井戸の中に手榴弾を投げ込み、数秒後にバーン!と大きな爆発音が聞こえた。
「子どもが井戸の中に飛び込んだ時には、私も心が痛みました。・・・・・・その後、私自身が子を持ち孫を持つようになると、その子らを見るたびにこの時のことが頭に浮かぶんです」。そう金子はやっとの思いで私に語った。
(中略)
「私たちは、こういったことをしょっちゅうやっていたんです。作戦に出れば、一日おきとか、場合によっては毎日です。いつ死ぬか分からないから、やれるだけやっておこう、という気持ちでしたから。当時は『強かんをやるのは当たり前で、やらない奴はおかしい』といった風潮で、罪悪感はまったくありませんでした。そのため、自分で行った強かんや輪かんの具体的なことは、ほとんど覚えていないのです」
(111~121)
猟奇的な話が満載で、読んでいると正直気分が悪くなるのですが、こういった部分にも目を向けなければ戦争は語れません。
戦争は「正義の為」とか、「自国を守る為」等とカッコイイ事を言う人がいますが、実際は全然違います。
暴力が罪に問われなくなるので、人間の残虐性が限りなく発揮され、矛先は弱者に向かいます。紹介した話は、相手が女性や子どもでも容赦ない事がよく表れています。
証言者が多いので全部は紹介しきれませんが、この本には、命乞いをする無抵抗な老人でも、病人でも、容赦なく惨殺する話も載っていて、ショックが大きいです。
私は祖母や親せき、親しい高齢者から「日本人も酷い事やっとるんよ」と聞かされていましたが、ここまで酷いとは思いませんでした。
戦いでやむを得ず殺すにしても、苦しまない方法をとる...等すればいいのに、楽しみながら殺してるとしか思えないような方法が目立ちます。
現代の貧困や暴力を紹介するブラックアジアというブログに、暴力が弱者に向かう話がたくさん書かれています。
一部無料で読めます。
これを読んで、外国の人は酷いなと思っていましたが、日本人も同じです。戦争という環境だったにしろ、やることが酷すぎます。
その事について、金子氏は次のように語っています。
金子はいま、幼少の頃から受けた教育がその後の自分に大きな影響を与えた、と思っている。それ故、「なぜ我々がこういう『極悪人』になっていったのかを、教科書にでも書いたらいいと思う」と真剣に語る。
そしてまた、日本軍がかつて中国で行ったうす汚い行為を「無かったこと」にしようとする連中に対しては、「腹立たしさを感じる」と言い、顔を真っ赤にして怒る。「自分のような過ちを二度と繰り返させない」。そのために、金子は「こんなこと、妻や娘に聴かせられない」と言いつつも、自らの罪行を証言しつづけている。
(127p)
太字にしたところが重要です。
私も教科書か資料集にして、平和学習に取り入れるべきだと思います。今の教育は、被害者側の立場ばかりで偏りすぎています。
ただ酷い行いを伝えるだけでは、「ひどいね」「かわいそうだね」で終わります。広島の平和学習がそんな感じです。何故起きたのか、加害者の心理や状況を分析して、「再発しない為にはどうすればいいか」という発想がありません。
この本に限らず、加害者側の証言をたくさん見てきましたが、彼らが酷い事をした原因で目立つことは3つあると思いました。
一つは「洗脳」。これは誰でもわかりますね。
一つは「見栄」です。「仲間から「できない奴だ」と思われたくない」「名を上げたい」という本人から出た気持ちです。この気持ちがあると、嫌な事を我慢して成し遂げます。
一つは、「差別意識」です。相手を同じ人間だと思えば、相手の立場に立って考えることができます。しかし、相手を見下していれば、「こいつは下なんだから何をやってもいい」と酷い扱いを平気でするようになります。そのくせ上には媚びへつらいます。
洗脳されなくても、見栄や差別意識が暴走すると、人は酷い事をするのです。
これは昔の日本人だけの問題ではありません。
今の日本人、外国人、どんな人でも環境やシステムを変えることで、心は影響を受けます。
そして、自分達は偉いんだとか、相手は下等なんだとか...そういった選民思想が諸悪の根源です。
上下関係に拘らなければ、「エエカッコしよう!」と見栄を張る必要もありません。
無視される証言
ワクチン被害者遺族が声を上げるのはリスクがあります。辛い事を思い出すだけでなく、誹謗中傷にあう可能性もあります。
そんな中で、勇気をもって証言してくれる方がいます。
ありえない事に、そんな証言者を叩く人がいるのですが、まともな感覚の持ち主なら怒りを覚えます。
それと同じで、戦争体験の証言者も、冷酷な扱いを受けることがあります。
『未完の敗戦 / 著者:山崎雅弘』
例えば、日中戦争初期の一九三七年に中国で起きた「南京虐殺」について、「保守」の人々は次のような「根拠」を理由に、「そんなものはなかった」と強弁します。
●中国政府は「三〇万人」が犠牲者の総数だと言うが、当時の(平時の統計上の)南京市の人口はそれより少ない。
●日本軍が大量に殺した中国兵の捕虜は全員、暴動を起こそうとしていた者だから殺しても問題ない。
●日本軍が大量に殺した私服の中国人は全員、便衣兵(軍服を着ないで戦う戦闘員)だから殺しても問題ない。
●南京攻略戦に参加した何人かの日本兵に話を聞いたが、誰も虐殺を見ていない。
しかし彼らは、当時の日本軍の命令や従軍兵士の日記・手記に記されている、以下のような「虐殺を裏付ける事実」は一切見ようとしません。
密偵が、わが軍の占領地内にいることは確かだった。どこの部隊でも、怪しい土民[原住民]はすべて捕らえて処刑した。なかには無実の者もいたかもしれない。だが何しろ言葉はわからず服装は同じ—、戦場の常としてやむを得なかった点もある。
(樋貝義治『戦記 甲府連隊』サンケイ新聞社、p.236)
師団長は女、子供に至るまで殺してしまえと言っているということだった。我々は、片端から住民をつまみ出してきた。連隊長大野大佐は、住民を殺せと命令した。
(井口和起、木坂順一郎、下里正樹編『南京事件 京都師団関係資料集』青木書店、p.220)
午前十時から残敵掃討に出かける。(略)午後また出かける。若い奴を三百三十五名捕らえてくる。避難民の中から、敗残兵らしき奴を皆連れてくるのである。この[避難民の]中には家族もいるであろうに。これを連れ出すのに、ただただ泣くので困る。手にすがる、体にすがるで、まったく困った。(略)揚子江付近にこの敗残兵三百三十五名を連れて、他の兵が射殺に行った。(略)日本軍司令部[の統治下]で二度と腰の立てないようにするために、[中国の]若人は皆殺すのである。
(南京戦史編集委員会編『南京戦史資料集Ⅰ』増補改訂版、偕行社、p.370)
最後の文献は、日本陸軍の士官学校卒業生らを中心とする親睦団体の偕行社が、南京攻略戦に参加した日本軍人からの聞き取り調査に基づき編纂したもので、南京虐殺の実行を裏付ける膨大な証言や証拠が示され、その信憑性はきわめて高いと言えます。
(249~251p)
無視したり、「無い」と言い張ったり...
こんな事をずっと続けていると、そちらの方が知名度が上がって本当であるかのようになってしまうので、要注意です。
インドネシアとワクチン
意外と知られていない話を見つけたので紹介します。こちらはインドネシアの話です。
web 中公新書『インドネシア大虐殺』/倉沢愛子インタビュー
倉沢:コロナ禍で感染症やワクチン開発などの問題に関心が集まっていますね。インドネシアの歴史の中にも、日本の軍に徴発されていた数百名のインドネシア人労務者が、感染症の予防接種を受けた直後に集団で破傷風を発症して苦しみながら命を落とした、という痛ましい事件がありました。
日本占領期、78年前のことです。当時、この事件はインドネシアの医師たちが仕組んだ謀略だと一方的に断定され、その主犯格のモホタル博士が処刑される結果となりました。
私はこの事件に注目して、30年ほど前にインドネシアと日本で調査をおこないました。日本軍の秘密文書も入手して読み込んだのですが、どうやら日本当局が破傷風のワクチン開発に躍起になっていて、その臨床実験のために労務者に集団的に摂取したところ、何らかの手違いが生じて病気を発症させてしまったようだと推定しています。
そして、満州での人体事件などで悪名高い大日本帝国陸軍の防疫給水部が裏で関与していた可能性が高いこともわかりました。
※大日本帝国陸軍の防疫給水部とは「731」部隊の事です。
倉沢愛子氏のお話がこちらです。
言葉と行動が一致しない
「解放」「共栄」...等と、良い事いいながら、酷い事をしていました。証言や資料はたくさん見つかります。
現地の人は迷惑したと思いますし、「侵略」になるでしょう。こんなことをすれば。
今、日本の土地を合法的に買っている外国人の事を、日本人が「侵略」と呼ぶなら、その逆も「侵略」です。












