カテゴリー:未分類

 

 

日本国憲法と戦後の日本の良さについて考えるシリーズの第19回目です。

 

 

現代の日本は、「日本国憲法」が人権を守ってくれているので、国民は自由な選択、発言、行動が可能です。

 

 

一方、戦前は「大日本帝国憲法」の下で国が運営されていたのですが、国民の人権を守ってくれませんでした。自由は奪われ、政府を批判したら逮捕されていました。

 

 

「戦前~戦後を生きた人達」は、2つの異なる憲法による社会システムを経験する事ができました。両者を比較すると、現代の日本がどれほど恵まれていて、ありがたいかが解るのですが、「戦後生まれの人達」は、片方だけしか体験していないので、よく分かってない人が多いです。つまり、日本国憲法の恩恵を受けていながら、その価値に気付いていない状態です。

 

 

一応言っておくと、日本国憲法は、公権力を縛るルールなので、公権力が暴走して、国民に危害を加えないように守ってくれています。その為、これを「ありがたい」と感じるのは、守ってもらえる立場の「国民」です。

 

 

反対に、縛られる立場である「権力側」は、このルールが気に入りません。従って彼らは、日本国憲法の価値を落とすような情報をバラまきます。ついでに、「戦前の魅力」もセットで伝えます。

 

 

考えない国民は騙されて、「改憲した方が良い」とか、「戦前の日本が素晴らしかった」...という思考に染まってしまいます。

 

 

何故、簡単に騙されるかというと、誘導のテクニックが優れているからです。よく使われるのが、「恐怖」や「仮想敵」を作って煽り、それから逃れる為の「解決策」を提示する方法です。

 

 

前回は、外国の恐怖を煽る勢力と、コロナ禍で恐怖を煽った勢力の共通点をイラストを使ってお話ししました。「表面的な恐怖」に惑わされると、いくらでも問題の本質から遠ざかっていきます。

 

 

⑱ 国と国との争いに気を取られている隙に蝕まれる世界。戦争もパンデミックも根は同じ。

 

 

今回はその続きです。誘導先が増える程、それに騙される人が増える程、それまで共にやってきた仲間達の意見が割れて、分裂する結果になるというお話です。実は、本記事を理解してもらうために、これまでのシリーズがあった...と言っても過言ではありません。

 

 

私がここ最近、戦争中に日本人が外国で行った侵略行為を紹介したり、「日本人は悪くない」と主張して事実を揉み消そうとする風潮を否定する記事を書いてきたのは、

 

 

現代の反ワクチン界隈が、そのような思考に染まっているからです。

 

 

元々は、これを解決する為に何が必要なんだろう...から始まりました。

 

 

「日本人は悪くない」という考えの何がいけないのかというと、事実を見ようとせず、最初から結論ありきだからです。

 

 

最近の活動家は、ワクチンやマスクの問題を、WHO等の外国勢力のせいにしようとしています。でも、「ちょっと待って下さい」と言いたいです。

 

 

コロナ禍では、日本政府は色々な事を、表向き強制はしませんでした。日本国憲法がある以上、人権侵害をすると憲法違反になるからです。

 

 

にもかかわらず、日本人はマスクやワクチンを強要し合いました。戦前の同調圧力をイメージした人も多かったです。

 

 

日本が接種を始めた時期、既に先に接種を開始した海外では、人が死にまくっていました。科学的におかしい事は小学生が見ても明らかなのですが、同調圧力に逆らえず、従ってしまった人は多いです。その結果、日本人の多くが健康を害してしまいました。

 

 

だから外国勢力のせいにするのではなく、日本人もやった事に対しては、総括し、反省しなければなりません。そうすることによって、同じ失敗を繰り返す事を防げるというものです。

 

 

しかし残念ながら、「日本人は悪くない。悪いのは外国勢力だ」となるのが、最近の活動界隈の流れです。そんな中で、冷静な人が日本人の問題を指摘しようものなら「反日」というレッテルを貼られたりします。

 

 

「日本人は素晴らしい。悪い事をするはずがないし、仮に悪い事をしても問題ない」...という考え方の問題は、善悪を「誰がやっているか」で判断して、「何をやっているか」で評価しようとしない事にあります。

 

 

政治をエンタメ化したら若い人に興味を持ってもらえる...と考える人がいますが、安直です。エンタメ化すると、政党や政治家のファンになり、推し活のようになる危険性があります。そうなると、「推しの悪口は許さない」という空気が生まれます。熱狂的なファンに圧倒されて、政治批判が難しくなります。

 

 

「この人なら何をやっても許す」...という発想をする人が増えました。こんな例があります。

 

 

●参政党が、言う事をコロコロ変えるのは問題ではない

 

●トランプが、ワープスピード作戦と称してワクチン接種を勧めたのは悪くない

 

●日本人が、中国を侵略したのは悪くない

 

 

 

...世の中の不正・腐敗を正そうとする人達が、こんな矛盾を起こすのは問題でしょう。世の中の人達から、「こいつらの言っている事は説得力がない」と思われます。

 

 

以上のような話を踏まえた上で、後は、You3さんの記事をメインで紹介します。

 

 

コロナ問題の歴史

 

You3さんは、コロナ禍初期の段階から、海外の情報を伝えてくれた情報発信者です。私もよく参考にさせてもらっていたのですが、昨年、その活動を辞めそうになったのです。

 

 

その時の心境が書かれた彼のnoteを読んで、いつかこれを紹介したいと思ったのですが、先に他の用事をしているうちに、時間が経ってしまいました。

 

 

全部は量が多いので、その記事の注目して欲しいところを一部だけ紹介します。私が個人的に重要だと思ったところは太字にしました。

 

Twitterの中断に関し(その2)

 

 

長々と書きましたが、自分のTwitterの出発点は、友人を含む、日本人の倫理観の欠如を訴え、認識の誤まりを伝えたい、ということでした。自分は、日本人の倫理観の欠如を訴えるために、海外の状況をリアルタイムでツイートしてきました。

 

 

海外では、政府によって、ロックダウンが強行されたり、マスクが義務化されました。親しい人たちとの交流を奪われた人たちにより、理不尽な差別や強制に反対して、大規模なデモ活動が世界中で行われました。

 

 

 

日本では、どうだったでしょうか。西浦氏は、行動制限を提唱し、宮沢氏は、マスクの義務化や黙食を提唱しましたが、政府は、行動制限、マスク着用を強制しませんでした。それを実施し、強要したのは、民間、市民たちでした。

 

 

日本の国民は、長期に渡るマスクの強制などの倫理観に反する非道行為を自主的にやったのです。心の中では不適切だったと感じた国民もいたのでしょうが、子供たちが長期に渡ってマスクを強制されて発育の機会を奪われているのを見て見ぬふりしました。精神的な弊害、肉体的な弊害、ありとあらゆる弊害をなかったことにしたのです。

 

 

 

WHOは、ロックダウンに反発し、運動中など、マスクの過度な着用には反対していました。日本人は冷静になろう。反省しよう。外国を見習おう。そういう運動がコロナ界隈の人たちの中心でした。

 

(中略)

 

 

なお、自分は、「体制側がわざと毒を盛った」、というような陰謀的なことは考えていません。単純に、短期間で適切なワクチンを作る能力は人類にないということです。

 

 

当初からワクチン問題をTwitterで発信していた人はとても少なかったです。Jsatoさんと自分と、一部の医師と、あとは数える位です。でも、だんだん変化が現れました。

 

 

当初、コロナウィルスが恐ろしいウィルスであると煽ってロックダウンやゼロコロナを推進してきた右翼系陰謀論者(トランプ支持者や参政党の幹部など)たちは、その流れで、ワクチンを推進していました。

 

 

(参政党の党首は、世界中で、マスクとワクチンに対する反対運動が全盛期である間、マスクとワクチンを推進していた。2021年6月26日、この日は、マスクを着用し、ワクチン接種推進を政策に掲げる政治家の応援演説をしている)

 

 

ところが、彼らは、手のひらを返し、徐々にワクチンの害を強調しだしたのです。マスクの義務化を提唱し、ワクチンが出口戦略だと説明していた宮沢氏まで、2021年7月頃には、ワクチンに問題があることを示唆するようになりました。そして、2022年頃には、ワクチン推進の立場を捨て、任意であることを強調しはじめました。

 

 

(この頃は、参政党は、ワクチンパスポートに類似する、差別的な免疫パスポートを推進していた)

 

 

その後、彼らは、一般の人には分からないように少しずつですが立場を変え、当初とは正反対の、ワクチンがキケンであるという思想を広め、人気を得ていきました。

 

 

彼らは、「反政府」という立場を強調し、国民をパニックに陥れ、国難だという意識を持たせることができればいいのです。

 

 

コロナが恐ろしいからマスクやワクチンが必要だと煽り、次はワクチンが恐ろしいと煽る。食料危機を煽り、外国人が危険だと煽る。危機意識を持たされてパニックになった人たちは、正常な思考能力を奪われます。自分の頭で考えることができない、ということです。

 

 

この頃から、マスクやロックダウンを推進していた右翼陰謀論派や宮沢氏(新興ワクチン反対派)と、当初から、スウェーデンを支持していたような、我々反マスク派との間で少しずつ溝が生じるようになりました。

 

 

新興ワクチン反対派の彼らは、「日本を守ろう」というプロパガンダを提唱し、「日本人は良い民族だ、外国が悪い」という立場をとって、ワクチンの問題を唱えだしました。

 

 

つまり、我々のように日本人に対する反省や総括を促す反マスク派新興ワクチン反対派とは正反対の思想を持っています。

 

 

昔からの反マスク派は、コロナ問題全般に対する意識を持っていて、その上で、ワクチンは不要であり、害もある、と考えています。人権問題に対する意識も非常に高いです。

 

 

新興ワクチン反対派は、元々は、マスクをつけ、ワクチン急造やロックダウンを推進したトランプ大統領を支持しています。そして、「ワクチンの急造は、ロックダウンを避けるために仕方なかった」、「ワクチンが沢山の人の命を守った」、「マスクを広めたのは米国だ」、「ワクチンを打ってもマスクをしよう」など、反マスク派が容認できない主張を展開しています。

 

 

当初、反マスク派と新興ワクチン反対派は、並列して活動しており、接点もそれほどなかったのですが、ここで、重大イベントが発生します。

 

 

それは、コロナウィルスの5類への移行です。このイベントを契機に、マスクの着用は基本的には自由になりました。それまで活動を続けていた反マスク派の人たちの大半が、この界隈から抜けてしまったのです。

 

 

もともと反マスク派は、少数でしたし、その上、実際に「子供のマスク反対」など、実需のある活動をしていた人たちがこのコロナ界隈からいなくなってしまったのです。

 

 

その反面、新興ワクチン反対派が強調するワクチンの害を知って、パニックに陥った人たちがこのコロナ界隈に流入してきました。その中の多くの人たちは今までマスクをつけてきた、ワクチンの接種歴がある人たちです。コロナもワクチンも怖い、というようなゼロリスク派や、健康問題に対して意識の高い人も沢山います。コロナ騒動の歴史については知りません。

 

 

コロナ界隈で活動する人たちの比率が完全に逆転しました。

 

 

事実上、元からの反マスク派が新興ワクチン反対派に吸収されてしまったような状態になったのですが、徐々に、過去の総括を求める人たちの声は小さくなってしまいました。

 

 

マスク、ロックダウン、ワクチンなどの全般に対して反対運動をしていたフロリダ州のデサンティス知事は右翼陰謀派の運動により、汚名をきせられました。そして、マスク、ロックダウン、ワクチンを推進、正当化、自慢したトランプが支持されるようになりました。

 

 

宮沢氏は、過去の黒歴史を知る残された少数の人たちを次々とブロックしていき、新しい正義を作り上げました。「マスクによって皆さんは感染しなかった。2回までのワクチンが世の中の人々に免疫を付け、命を守ってくれた。3回以上は害がありそうだから、打たなくてもよい」

 

 

右翼陰謀論派の人たちも同じです。コロナウィルスの5類移行後、実情を知っている人が少なくなりました。そして、右翼陰謀論派の人たちは、頃合いを見計らって、コロナウィルスを恐ろしいウィルスだと煽ってマスクを推進してきた黒歴史を隠しながら、パンデミック条約の反対を通じて、「日本人は悪くない、マスクの着用は自由だ、害のあるワクチンをばらまいた外国勢力が悪い、主権を守ろう」といってデモを開始しました。

 

 

新興ワクチン反対派は、我々日本人自身に対して、反省や総括を促すことなく、自分たちのやってきたことの責任をWHOに擦り付ける活動を展開しています。

 

 

WHOの資金源のみに着目し、実際には、WHOがマスクの推奨にも躊躇し、ロックダウンや強制行為に反対してきたことには触れません。歴史や実情を無視した、いわゆる陰謀論です。

 

 

日本の主権も大事ですが、コロナ問題に対しては、まずは、日本人の判断が誤りであったことを猛省しなければなりません。その猛省をなくして、主権を主張したところで意味がありません。

 

 

スウェーデンの感染対策の方が正しい。それならば、外国の見習うべきところは、見習うべきなのです。

 

 

私は他の食品や医薬品が被害を起こした時の扱いの違いを比較して、「ワクチンは危険性が分かった上で、わざと進められている」と捉えているので、この部分に関しては、You3さんとは意見が違います。

 

 

ですが、それ以外の部分に関しては、ほぼ同意見です。

 

 

上の文章の補足です。以下は2022年、参政党が参議院選挙の前に配っていたパンフレットです。免疫パスポートに活動仲間がザワつきました。

 

 

 

 

今や反ワク界で一定の人気を得ている宮沢氏。

 

 

 

 

こんな分かりやすい嘘をついたのに、恥ずかしげもなく目立とうとするのは、何か別の目的があると思った方がよいでしょう。

 

 

 

嘘つく人は平気でまた嘘をつきます。

 

 

「日本人は悪くない」論

 

 

私が戦争の問題に関心を持つキッカケにもなった記事がこちら。

 

Twitterの中断に関し(その3)

 

 

先日まで、ワクチン後遺症の人たちを応援する趣旨の活動をしていました。ワクチン後遺症を患った方に、「マスクの強制もワクチンの強制も良くなかった」という話をしました。

 

 

そうしたら、その後遺症を患った方が、「マスクの強制をした日本人は悪くなく、反省など必要ない」、「マスクも米国による指示であり、悪いのはビルゲイツだ」などという陰謀論を当方に主張しました。

 

 

 

そして、「マスクの強制は問題ない。日本人に反省を促すあなたは日本人ではない、あなたは創価学会の人間か?」と罵倒されました。

 

 

これが、新興ワクチン反対派の広めた思想です。

 

 

申し訳ないのですが、ワクチンでいかにひどい被害を受けていようと、マスクの強制を容認、支持したり、そんな他責思考の人には共感できません。自業自得です。応援もできません。

 

 

こちらもマスク社会で自殺した友人がいるのです。

 

 

身近な人が差別してくるのは、パニックになって人間性を失ったその人自身の問題であり、外国勢力とは関係ありません。

 

 

遺族やワクチン後遺症の方々に正しい情報ではない、耳障りのよい陰謀論が広まっている現状を目の当たりにした、ということです。

 

 

 

「日本人は素晴らしい」という理想を維持したいが為に、「日本人の悪い部分」まで無かった事にするのはやりすぎです。

 

 

 

ここで補足です。当時のマスク事情は酷く、着用の結果、健康被害が生じたり、亡くなったケースもあります。

 

 

ほとんどの人は忘れていると思うので、国民主権党の党首だった平塚正幸氏の動画を貼っておきます。

 

 

 

 

有害物質や粉塵を吸い込むような場所もあるので、マスクは使い方によったらメリットがあります。しかし、以下のような健康を害する事実もあるので、そのデメリットを解った上で使用すべきです。

 

 

 

 

この情報を知った上で宮沢氏の話を聞くと、また違った印象になるのではないでしょうか。

 

 

当時は「コロナで死ぬのはダメ、マスクで死ぬのは仕方ない」...という、命を軽んじる意見が多く見られました。反ワクチンを訴える人の中から、そんな考えの人が出たら悲しくなります。

 

 

都合の悪い過去を振り返る

 

リンクを貼っておくので、全文を読みたい方はこちらからどうぞ。初期の頃、コロナの嘘に気付いてなかった方は、是非You3さんの記事を読んでみて下さい。

 

 

 

Twitterの中断に関し(その1) (note)

 

 

Twitterの中断に関し(その2) (note)

 

 

Twitterの中断に関し(その3) (note)

 

 

Twitterの中断に関し(その4) (note)

 

 

以下の3つは(その1~4)の補足のような内容となっています。You3さんは間違っていたら、きちんと反省する情報発信者なので好感が持てます。

 

 

雑記: (note)

 

 

雑記2:(WHOについて) (note)

 

 

「親しい身近な人を排除してはいけない」 (note)

 

 

こちらはXです。止めていないようなのでよかったです。

 

 

You3 (X)

 

 

 

 

日本中で同調圧力が酷かった時代に、現在表に出て活躍しているインフルエンサー達がどんな様子だったかや、多くの人が忘れてしまったコロナ禍の歴史が記してあります。

 

 

大切な事なのでもう一度言いますが、元々の反ワクチン界隈は「奴隷システムに対してハッキリNOを突き付ける外国を見習おう」という姿勢だったのです。

 

 

雰囲気がガラっと変わってしまった事からも分かるように、「目覚めた」と自称している人達程、「耳障りが良く刺激的な言葉」に流されやすい傾向があります。発言している人がインフルエンサーだったらイチコロです。

 

 

最近では、ほとんどの人は、自分で考えて気付いたというより、「ワクチンが危険だ」というインパクトの強い言葉に出逢って、流されて気付いたんだろうなと思っています。

 

 

このようなタイプは、「過激な言葉」で煽ったら、いくらでも誘導できます。軍国主義にもなりそうです。

 

 

「真実に気付いて」と他人に説教する人に限って、事実は直視できなかったりします。この柔軟性の無さが問題です。これが酷くなると信仰みたいになります。

 

 

真実かどうか簡単には分かりません。最初から断定するのは危険です。事実を根気よく積み上げていって、現段階では、これが信憑性があると。もし違っていたら訂正する...といった謙虚さが必要です。

 

 

ここまでの話を踏まえた上で、ワクチンの問題について考えてみましょう。真剣に考えてくれる人が少ないのは何故か...。

 

 

それは考えたら当たり前です。それを主張している人達自身が、「事実の追及」を放棄し、「推し活」と変わらない活動をしていれば、何時まで経っても世間からは信用されません。

 

 

そして、自分が属するグループの人や、応援している人が間違っていた場合は、訂正せず、「悪くない」と言い張る人が多いです。昨年、本の捏造が起きた時に、深刻だと思いました。

 

 

仲間同士でかばい合う「私たちは売りたくない!」捏造問題(前編)

 

 

「私たちは売りたくない!」捏造に対する反ワクのヤバい反応と、製薬会社の矛盾(後編)

 

 

そんな人が、他の誰かに対して「お前は間違っているから、謝れ、反省しろ、直せ」と言っても、これまた説得力がありません。

 

 

人に正しさを解く人は、人以上に真面目であるべきです。そして、自分が出来もしない事を、他人に要求するべきではありません。他人に「謝れ」と言うなら、まずそれを言う本人が、間違った時は謝罪できるようにしましょう。

 

 

お前に言われたくない...と思われるだけです。

 

 

自分や自分達は何をやってもいいけど、他の人が同じ事をするのは許さない...という発想や、自分がやった事は揉み消して、被害を受けた事だけアピールする姿勢は、ジャイアンと同じです。

 

 

ワクチン推進者に対して、「謝れ、反省しろ、被害者の声を聞け」...と言っても、推進者は悪いと思ってないし、反省も必要ないと思っているし、もっと勧める気でいるし、被害者の声は大したことない、デマだ...ぐらいにしか思っていないでしょう。

 

 

それは本当に腹立たしいですし、批判すべきです。

 

 

しかし、ワクチン推進者を叩いている人達が、その一方で、「自分達は悪くない」理論を展開。色々ありますが、例えば、日本人が戦争中に他国にやった酷い事は、謝る必要がない、反省も必要がない、被害を訴える人は嘘を言っている...と言うのであれば、ワクチン推進者と同じ精神構造ということになります。

 

 

酷い場合は、「あれは侵略じゃなかった、アジア解放だった。現地の人に喜ばれた」と言われます。

 

 

現実を無視したかなり無理のある理屈ですが、責められるのが嫌な人は、楽な理屈に逃げるものです。そういう非人道的な態度を昔から許していたからこそ、ワクチンで人が死んでも、「あれはコロナから守るためにやった。喜ばれた」という理屈が市民権を得るのです。

 

 

...そうなりますよ。事実を無視するような精神構造でも問題ないとしてきた国なのですから...。誰かが被害に遭った時に、それを無視するような社会を作った。その被害者のポジションに別の人が座っただけです。ツケが回ってきたに過ぎません。

 

 

「弱者A」に対しては配慮するのに、「弱者B」に対してはぞんざいに扱う...これは、相手によって態度を変えているという事です。

 

 

「弱者A」と「弱者B」に何故差が出るのかと言うと、ハッキリ言って「自分にとって大事か、そうでないか」の違いです。「好み」や「欲」や「利益追求」の気持ちが根底にあるので、心から不正を正す気はないのだなと、見る人が見れば解ります。

 

 

本気で社会を良くしたいなら、このような「理不尽な評価の仕方」は、改善すべきです。

 

 

「弱者B」の立場に、もし自分や自分の大切な人が立たされたらどんな気持ちになるか...という想像力があった方がいいです。そうならない為に、誰に対しても公平に評価する社会を築いておく必要があるのです。

 

 

起きている事実や証拠や証人を揉み消すような行動をする事が、日本人の為になるとは思えません。

 

 

日本人美化、日本人は悪くない...こういった小さな思いが積み重なっていくと、日本が天下を取ったような気分になり、プライドもどんどん高くなっていきます。

 

 

それが誇れる人間の姿なのか、よく考えていただきたいです。

 

 

カテゴリー
タグ

 

私は被爆地広島出身なので、子どもの頃から「被害者の立場に立った教育」を受けてきました。

 

でもそれは偏った視点なので、被害と加害の両方の視点を持つ事が必要だと考えるようになりました。

 

 

今後は、日本軍が外国人にした加害行為、日本人が同胞を虐殺した事、国民を守らなかった当時の憲法の問題についても、伝えていかなければいけないと思い、数回にわけて記事にしました。

 

日本国憲法と戦後の日本の良さについて考える

 

 

普段から、戦争はしてはいけない、今の憲法を変えてはいけない...と主張しているのですが、こんな話をすると、

 

 

よく「お前は攻撃されても黙っているのか?敵が侵略してきたら丸腰か」と反論されます。「頭の中がお花畑」のように見えるのかもしれません。

 

 

ですが実は逆で、「戦争した方が有利だ」と考える方が平和ボケなのです。

 

 

この世は物理的な制限があるので、カッコイイ戦隊ヒーローのようにいきません。

 

 

残念ながら日本の条件では、大きな国と戦争をすれば100%負けます。以下の記事でも解説しました。

 

⑯【欠陥だらけの社会システム】日本が改憲しても国防軍にしても、戦争したらボロ負けする残念な理由

 

 

危機意識が強いのは良い事だと思います。しかし、危機意識が強い故に武装した結果、かえって死ぬことになるケースだってあるのです。ワクチンがまさにそうですね。

 

 

沢山の死者が出ているのに、まだ打つ人もいます。「対処法そのもの」が目的になってしまって、「その結果どうなるか」を考えなかったらこうなります。

 

 

物事は表面だけ見てはいけません。「良さそうな対処法」に飛びつかない事だって危機管理の一つです。

 

 

だから、戦争に反対しているからといって「丸腰」とは限らないのです。そして、戦争の本質をよく分かっている人程、戦略のつもりで反対しています。

 

 

戦争に反対している人達には、大きく分けてタイプいるのですが、ほとんどが前者です。

 

 

●とにかく争いは良くないと思っていて、平和主義だから反対する

 

●戦争は、敵を装った国の上層部同士が、それぞれの国民を騙し搾取する目的で行われる事が分かっているから反対する

 

 

私は後者の考えをベースにしています。

 

加害も被害もどちらも、これらの戦争の仕組みから生まれるのです。

 

 

 

負けても突っ込む事に、「何らかの意味」や、「美しさ」を感じている日本人が意外に多いのですが、戦争の本質を理解できれば、「負ける戦い」に参加するのはアホらしくなると思います。

 

 

そのような戦いに誘導する人も悪質です。

 

 

本記事では、「戦争をしてはいけない理由」についてお話しします。

 

 

戦争と奴隷システムはセット

 

 

戦争がいけないのは、「無駄な殺し合い」をさせられるのはもちろんですが、それを遂行する為に、社会が「奴隷システム」になり、国民の地位が奴隷以下に落ちることです。これが一番よくない。

 

 

問題なのは、「自分の国が、国民を奴隷にしている」という現実の中にいても、「敵との戦争」の方に意識が持って行かれると、当人達に「奴隷になっている」という感覚がない事です。

 

 

戦争は「ステルス奴隷システム」でもあります。国民が奴隷ではない状態で、大型の戦争はできません。大日本帝国時代がそうでした。

 

 

⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。

 

 

服従させる為には、生活を支配するのが基本です。

 

 

『続・日本軍兵士―帝国陸海軍の現実 / 著者:吉田裕』

 

 

一九四四年四月に召集され、高知県で本土決戦のための陣地構築に従事していた真鍋元之は、次のように指摘している。

 

日本の軍隊は、食費、被服費、住宅費のすべてを、軍側で負担し、兵士からはビタ一文も徴集しない。それのみか、官給以外の物品は《私物》と称し、所持を厳禁している。兵士の生活につき、徹底的に全面保証を与えるのが、日本の軍隊の伝統的な性格であり、この故にこそ軍は、全面的な絶対服従を、兵に要求することが、できているのであった。(『ある日、赤紙が来て』)

 

(viii p)

 

 

「人から貰う物」に完全依存してしまうと楽ですが、それと引き換えに、「理不尽な要求」を押し付けてくる可能性があるので、良い事ばかりではありません。現代、話題になる、ベーシックインカムは、こうなったら怖いです。

 

 

軍隊は一応、建前では全面保証を謳っていました。しかし、「言ってる事」と「やってる事」が違うのが日本軍です。現実は食糧が不足し、栄養失調に悩まされ、住民から「闇米」を買う事もありました。

 

 

戦死した軍人の内訳は、餓死や病死が6~7割だったのですが、その原因を作ったのは日本の命令...つまり、「逆らう事が許されない、上に絶対服従しなければならない縦社会・奴隷システム」です。

 

 

敵に殺された数より、自分の国に殺された数の方が多い...という結果をみると、「戦争」より、実は「奴隷システム」の方が人を殺している事が良く分かります。

 

 

特攻隊は、生きて帰れる実力があっても、「死ね」と命じられていました。

 

 

奴隷は、権力者から命令されるし、自由や、意見を奪われるのです。従わない者には、容赦ない暴力が待っています。

 

 

当時は「一億玉砕火の玉」といったスローガンを掲げたり、みんな同じように負担を要求されていたように見えます。

 

 

しかし、実は相手の立場によって、大きな不公平があったのです。

 

一見公平に見えても格差がある

 

 

奴隷システムには、「命令する側」と「命令される側」がいます。

 

 

庶民が「命令する側」になれる確率はどのくらいなのでしょうか?

 

 

例えば軍隊。表向きは平等にみえても、実際は、みんな同じではありません。

 

調べると、少なくとも皇族は、上位の階級になりやすかったみたいです。

 

 

弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 軍隊と皇室(皇族)

 

旧軍は「天皇の軍隊」だった。それゆえ軍隊の研究には、大元帥(すい)たる天皇の研究は不可欠であり、皇室と軍隊の問題は重要な研究テーマである。

 

 

 

天皇は大元帥として軍隊を統帥する存在だったが、男性皇族は陸海軍いずれかの軍人将校として勤務することになっていた。むろん彼ら皇族将校は、普通の将校とは違い階級も早く上がるし、階級社会に厳しい軍隊生活のなかにあっても、特別に丁重に扱われるなど、常に別格的な存在だった。

 

 

閑院宮載仁や伏見宮博泰のように、それぞれ参謀総長・軍令部長(後に軍令部総長)という地位に就任した事例もある。しかし皇族総長は責任追及の難を避けるため、実際には実務を担当せず、次長以下が責任をもつ慣例になっていた。その意味では彼らは「神輿(みこし)」的な存在だった。

 

 

けれども両宮は陸海軍それぞれの最高人事権に影響力をもつなど、その存在と政治的言動は無視できなかった。とくに伏見宮は軍令部総長を辞めてからも、後任海相の最終人事権を掌握しており、宮の承諾なしに海相が決まることはなかった。
男性皇族が軍人将校にならねばならなかったことは、天皇の直弟たちも避けられなかった。秩父宮(ちちぶのみや)と三笠宮(みかさのみや)は陸軍将校、高松宮(たかまつのみや)は海軍将校となっている。

 

 

このうち秩父宮が三一連隊の大隊長に着任し、弘前市に赴任することとなった。そのため弘前市では上に下に宮を歓迎することになり、市当局はその任務に忙殺されることになった。天皇の直弟が来弘することは、弘前市民にとってたいへんな名誉となった。天皇や皇族の行幸啓がもつ政治的意味と地域にもたらす影響力は、地域と軍隊との関係を考える上で非常に重要なテーマなのである。

 

 

皇族も戦死しているので、完全に平等だと思っていたのですが...

 

【太平洋戦争秘史】意外に多かった皇族・華族の戦没者 高貴なる者の責務を果たした若者たち

 

 

将校等の、かなり上の立場であることが多いです。

 

 

上がこれなので、他にも配属や階級に不平等はあったと思っています。

 

 

軍隊は人の命がかかっている仕事です。向き・不向きもあるし、才能もあるので、この手の職業は、実力で出世してもらわないと困ります。実力が足りないのに、大きな仕事をすれば、ミスに繋がるからです。

 

 

当時の日本人は戦闘能力があまりに低いです。階級を能力で決めていないのでは?と疑いたくなるような戦いをしていました。

 

⑯【欠陥だらけの社会システム】日本が改憲しても国防軍にしても、戦争したらボロ負けする残念な理由

 

 

美輪明宏さんも「軍人はバカばっかり」と言っていました。

 

 

 

 

菅野完氏による日本軍の分析です。

 

 

 

 

例え戦う気があったとしても、階級の決め方が「能力」を基準にしていないのだとしたら、そこには加わりたくないです。私なら別行動を希望します。

 

 

戦争をやりたくない奴が安全な上位のポジションで、やりたい人達が、危険な最前線にいけばいいのです。でも世の中、だいたい威勢のいい奴程、根性がなかったりします。

 

上の立場ほど無責任なタイプが多い

 

全員ではありませんが、

 

 

上位ポジションの奴は、調子に乗っている時は、サムライ気取りで部下に偉そうに命令し、戦わせますが、いざ戦争が終わると、部下殺しの責任から逃げ回ります。

 

 

私が身近な人から「未来ある若者を死に追いやった責任を取って腹を斬った」という話を聞いたのは、たった1件です。

 

 

終戦時に腹を斬った人より、腹を斬らなかった人の方が圧倒的に多かったことから、当時の日本男児が強くなかった事が分かります。

 

 

私は弱くても、逃げてもいいと思います...身の丈に合った立ち回りをする事も必要ですから。

 

 

しかし、「上官」が、サムライ気取りで、部下を虐め、死ぬことを強要していたのに、命令の責任を取らないのは、卑怯ですし、人としてアウトだと思います。

 

 

酷いのは、部下を捨てて逃げるケースです。満州で上官やその家族が下っ端を置いてサッサと逃げた事は、当時も批判を受けたそうです。

 

 

アホで根性がない奴の下で動きたくはないですね。

 

命がけで尽くしても...協力した者はバカをみる

 

当時、「国家総動員法」によって、国民(=当時は臣民)は、戦争に強制的に参加させられました、

 

⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。

 

 

HugKum 「国家総動員法」とは? わかりやすく解説、参考図書も紹介【親子で歴史を学ぶ】

 

 

それにも関わらず、国内への攻撃による被害者に補償はなかったのでした。

 

 

私は広島の人達が、原爆手帳を貰って助かっている姿を見てきたので、てっきり、亡くなった方に対しても、補償があるのだと思っていたのですが、現実は違いました。

 

 

 

 

軍人には恩給があったのですが、被害を受けた民間人はこの扱いです。

 

 

 

「大日本帝国憲法」下の国民は、「臣民(家来)」ですから、財産、命、時間...等搾取されまくりで、一方通行の

 

 

国は彼らの生活や人生のことなど、どうでもいいと思っているみたいです。

 

 

しかし、現代の国民は、人権を尊重する「日本国憲法」の元で生活しています。

 

 

そりゃないだろ...と言う人が出てくるのは当然です。

 

 

 

 

民主主義国家の人間として真っ当な意見です。

 

 

これは、元々原稿に書いていない事で、田中氏がその場でアドリブで付け加えた言葉だそうです。

 

日本は自浄作用がない国なので、「外から変えてもらうしかない」と思ったのではないでしょうか。

 

 

余談ですが、参政党も「DIY」とか、「中から変えるんだ」とか言っていました。しかし、党内の事ですら、中にいて仕組みを変える事はできません。問題が表に出るのは、辞めた人等の情報である事がほとんどです。

 

 

話を戻します。

 

自浄作用がない国では、外に助けを求めたり、事実を表に出すと、圧力がかかります。

 

 

 

 

後ろめたい人の足掻き方はどこも一緒です。

 

「みんなの為を思って尽くして被害に合った側」に、さらに攻撃を仕掛けるような事をします。どの組織も問題が起きると、だいたいこのパターンになりますね。

 

 

被害者に優しくない国...

 

 

だから私は繰り返し言っているのです。日本は人権意識が低く、戦前・戦中は自国民にも酷い事をしていたのだから、外国人に酷い事をしていたとしても不思議ではないと。

 

 

 

 

戦争にほぼ強制的に巻き込んでおいて、何の責任も取らず、国民が補償を求めると、たかりと言われます。

 

 

 

 

美しい国「日本」‼

 

 

...言ってみただけです。

 

 

一方、軍人は階級によって貰える額が変わってきます。下っ端程、最前線の危険なところに行くと考えられるのですが、金額少ないですね。

 

 

 

何故、民間人には0で、軍人にだけうま味があるのかというと、お金貰えないと軍人になる人がいなくなるから...と言う理由なんだそうです。

 

 

臣民全員に補償する余裕はない。だから我慢しろ...と。

 

 

でも、日本のような考え方をしない国もあります。

 

 

 

 

戦い方や、武器の作り方等は、外国の方法を真似て改良するくせに、こういうところは、一切学ぼうとはしません。

 

 

そもそも、「軍人になる人がいなくなるから、軍人にだけお金渡す...」という理屈もおかしいです。

 

 

戦時中は、軍人もそれ以外の人も、なんらかの戦争業務に強制参加だったので、もしなり手がいなければ、再び同じように強制するかもしれません。

 

 

そういう意味で、人がいなくなる...という理屈は現実的ではないです。

 

 

特別扱いの理由

 

軍人のみにうま味がある理由として、みんなが思いそうな事は1つです。

 

当たり前ですが、階級が上だった人程、軍のヤバい秘密をたくさん握っています。

 

戦後、戦争に関わるヤバイ資料は、焼却処分して、揉み消してきました。せっかく証拠隠滅したのに、生き証人にいらん事をペラペラとしゃべられたらマズいわけです...。

 

 

みんな同じ事を考えたと思います。

 

 

民間人にはなく、軍人...それも階級が上になる程高い...これ、戦後に軍隊で知った事をバラすなよ...という無言の圧力と口止め料効果だと考えたら筋が通りますね。

 

昔の人は義理堅いので、大多数の人は、世話になっとる人に都合の悪い事はしないようにするはずです。

 

 

軍隊から帰ってきた人は、戦争体験をあまり語りませんでした。思い出したくないから、後ろめたいから...という理由もあると思いますが、戦後、お金を貰っていたというのも、少し関係していると思います。

 

 

あの戦争は悪くなかった、正しかった...と言う人がいますが、階級が上だったり、戦争で儲けていた会社関係者だったり、それらの末裔だったりします。

 

 

一方、ヤバイ秘密を握っていない民間人は、口止め料など必要ありません。

 

 

余計な事を言われると困る例は、他にもあります。

 

 

菅野完氏が、(亡くなったと思われていたけど)生きて帰ってきた英霊の声が無視されている件について話しています。

 

 

 

 

逆に、余計な事をしゃべるとこうなります。

 

 

『私たちが中国でしたこと 中国帰還者連絡会の人びと 著者 / 星徹(2006年7月25日 初版発行)』

 

第二章 忘れえぬ七三一部隊の狂気

 

篠塚(旧姓・田村)良雄(千葉県在住・七七歳)

 

この一カ月ほど前の一九九八年六月二五日、自らの罪行について米国とカナダで講演をするため、篠塚は飛行機でシカゴ(米国)へと向かった。事前に、両国政府機関から「七三一部隊の戦犯なので、入国を許さない」という情報を受け取ってはいた。それでも、「話せば分かってもらえる」という思いで出発したのだ。

 

 

シカゴのオヘア国際空港の入国審査で、コンピュータが反応した。「ワシントン(米国政府)の命令だから、入国は認められない。篠塚には、ただちに日本へ帰ってもらう」。審査官にそう言われ、篠塚は成田へと送還された。

 

 

「米国とカナダで、わしの罪行について証言をしたかったのですが、残念でなりません。証言するから入国させない、としか思えない。口をつぐんでいる人は入国できるのに」。悔しさを押し殺してそう私に言うと、篠塚は目をつぶったまましばらく動かなかった。

(中略)

 

 

中国の寛大政策により、篠塚は五六年七月に起訴免除となり、八月に帰国した。

 

 

千葉県の故郷へ戻って数日後、同郷の七三一部隊の元上官たちが「歓迎会」を開いてくれた。その場で、別の部署の元上官から、「石井(四郎)部隊長閣下のところへ、帰還の挨拶に一緒に行こう」と誘われた。篠塚は行く筋合いではないと思い、「わしはもう石井の部下じゃない。行くのは嫌だ」と断った。

 

 

その場は険悪な雰囲気になり、それ以降こういった会合に誘われることはなくなったという。

 

 

「あの時、石井四郎に会って就職の世話にでもなっていたら、今頃は口をつくんでいたかもしれません。行かなくてよかった」。そう当時をふり返る。

 

 

その後、地方公務員となり、定年まで働いた。定年後の八四年ごろから、七三一部隊での体験を講演するようになった。「わしが中国でやったことを、闇から闇に葬るわけにはいかない、と思ったのです。真剣な眼差しで、そう篠塚は私に訴えた。

 

 

講演会での証言は、九三年から七三一部隊展が全国各地で開催されるのと並行して、頻繁に行われた。嫌がらせも度々あった。

 

 

渋谷(東京都)での講演後、ロビーでチンピラ風の若い男に「でたらめ言うな!刺すぞ!」と脅されたこともある。

 

 

千葉で講演をした時は、七三一部隊の部隊長のことを「石井四郎」と言うと、会場内の中年の男から「なんで石井閣下のことを、呼び捨てにするんだ!」と怒鳴りつけられたこともある。そんなことがあっても、証言を続けている。

 

 

「わしたちは、人としてやるべきでない事をしてしまったのです。被害者や遺族の立場になれば、どう思っただろうかといつも思います。せめてもの償いです」。

 

 

そう篠塚は言うのだが、講演で目にする彼はいつも苦しそうだ。それでも、悲しみやつらさの感情を押し殺し、必死に平静を装おうとする。「講演をして当時のことを思い出すと、苦しくて夜はなかなか眠れません。思い出すのは、とてもつらいのです」。そう篠塚は私に語ったことがある。

 

 

生涯を通じて責任を取る

 

 

米国とカナダへの入国拒否について、篠塚は力を込めて言う。

 

 

「確かにわしのやったことは、非人道的な行為でした。申し訳ないと思っています。しかし、米国は石井四郎(元部隊長)ら幹部と取り引きをして、“免罪”しているじゃないですか。彼らが入国できたのに、わしみたいな下っ端を入国させないのは、納得できない」

 

 

確かに、篠塚は非人道的行為をした。しかし、被害国である中国の裁判では不起訴処分となっており、「元戦犯」ではない。

 

米国は、七三一部隊などの人体実験やその他の“研究”資料を手に入れることを条件に、これら戦争犯罪を追及しない、という取り引きをした。その一方で、篠塚のように自らの罪を認めて謝罪し、積極的に事実を証言している元下級軍属を入国させないのである。

 

 

(160~167p)

 

 

ここにでた篠塚氏は、今から30年前、戦後50年に作成された動画(10:55~)に出演しています。

 

 

 

 

 

食料事情

 

臣民は少ない配給のせいで栄養失調になっていました。

 

 

子供が多い家は、食料を求めて、田舎で物々交換をしてもらっていたのですが、途中で待ち構えていた憲兵に没収される事もありました。

 

 

散々こき使われて、食料はほとんどなし、自力で調達しようとしても、それすらもダメとされる...これが日本式の戦争です。

 

しかし、裕福な人達はそうではありませんでした。

 

『太平洋戦争と「国民総動員」 / 著者:小野賢一 けやき出版 1995年出版』

 

カンヅメを買い集める資産家

 

国民のすべてが食べ物に苦しんだのではない。「一億一心」などと宣伝してみても、富める者と貧しい者がいる会社にあって、統制経済・戦争は軍需を中心とする大企業に大もうけをもたらしたから、金持ちたちは日米戦をまえに手当をはじめた。

 

 

その一端がカンヅメ買い集めである。

 

 

これを、新潟・岐阜・兵庫・奈良・香川五県の検事局からの報告を原資料とする「臨戦時下に於ける物資買漁状況」(四一年十一月)が、同年夏~秋のこととしてふれている。

 

 

「最近缶詰類を何程でも良いから売つて呉れと云ふ人がある。現在私の店には約三百個の缶詰があるが本月になつて二、三人もさうゆふ人が来たが売らないで置いた。聞くところに依ると東京方面の資産家が近在に家を作つて其処に二、三年分位の食糧を溜めて置き、いざ空襲と云ふ時其処に避難するのだと云ふことで其の為地方の親族、知人に依頼して缶詰類の買い占を遺らせて居ると云ふ」(新潟県、食料品商)。

 

 

 

金持ちの家の二、三年分の食糧というものがどれほどの量かちょっと見当つかないが、新潟にはまったく同様のケースがもう一例ある。

 

 

さらに西の岐阜県にも同様のケースが一例あり、それが空襲へのそなえと関係があることをしめしている。

 

 

「一人で缶詰類を何個も売つて呉れと云つて来ます・・・・・・空襲下に於ける用意に買留めせらるゝものと思ひます点は缶詰壜詰の中でも副産物になるものを選んで買つていかれるからであります」(果実類缶詰商)。

 

 

 

この人たちは売り惜しみに触れるのではないかと気にやんでいたが、金持ちにたいしてそれは杞憂であった。

 

 

 

疎開先の新潟から上京したある少女は、ある鉱山重役の屋敷に住み込みの女中として働き、その生活ぶりに衝撃をうけた。

 

 

「当時、銀飯とも純綿とも呼ばれていた白米が、ひきも切らずどこからか運ばれてくる」。上野駅の周辺か焼け野原のころというから、敗戦直前の時期のことである。

そこには「戦犯級の名高い人が時折来訪し、豊かな食膳が用意された。警官もなんの用だか、ときどき訪ねてきた」(小田ふみ子「加配米」)という。

 

 

 

「星と錨」の権威と特権をかさにきて、よろしくやっていた少数の連中は確かにいたのである。莫大な金が湯水のように軍・軍需産業に流れ込んでいたし、「オイコラ」の警官も軍には弱かった。

 

 

(45~46p)

 

 

庶民の我慢は何だったのでしょう。「欲しがりません、勝つまでは」「月月火水木金金」等のキャッチコピーを地でいく生活をしていたのに...。

 

 

ここまでは、戦争になると下っ端は損しかないので、やらない方がいい...という話をしました。ここからは、戦う事そのものが、やる意味がない理由について解説します。

 

本当の敵

 

頑張って戦争しても、敵に攻撃が当たらなかったら意味がありません。

 

 

戦争がいけないのは、「本当の敵ではない違う対象」と戦わされる事です。つまり、的外れ。これって最悪でしょう。

 

 

奴隷になってこき使われて、負けて、良い事は何もなかったです。...で、狙っていたのは、本当の敵ではありませんでした...こんなオチだからやるなと言っているのです。

 

 

大きな戦いの多くは、「本当の敵」と「嘘の敵」が存在します。どういう事かというと、

 

 

戦争というのは、戦争をする事を決めた人がいます。必ずです。

 

 

道を歩いていて、肩と肩がぶつかって、自然発生的に起きる揉め事は、ただのケンカ。これと戦争は違います。

 

戦争は大金がかかるので、計画と準備が必要です。これは自然に発生しません。誰か分からない人が決定してやったのではなく、ハッキリしています。

 

 

「戦争したい」ってみんなに言ってみたら、応援してくれる人が少しずつ寄付してくれた...なんてことは起こりません。あったとしても足りないです。続けられません。

 

 

決めた人の都合で、計画、決定され、下っ端同士が戦います。それが戦争です。

 

 

下っ端は、敵国の人を、元から憎んでいるとは限りません。嫌いではなくても、命令で攻撃させられます。

 

 

敵の悪いイメージを宣伝し、元々は悪い関係ではなかった者同士を憎しみ合わせる工作も行われます。

 

 

敵国も同じです。

 

 

戦争をすることで儲ける人達がいます。どこの国の「仕掛け人」も同じ事を考えます。

 

 

「お互いの国民」は、奴隷にされ、騙し、利用・誘導されているに過ぎないので、厳密に言うと、「本当の敵」ではありません。

 

 

本当の敵は、「闘わせている黒幕」です。戦争を仕掛けた側です。

 

 

でも軍はそこを「狙え」と命令しません。仕掛けた側は、永久に狙われないのです。

 

 

命令された側は、敵ではない相手を「敵だ」と思い込まされ、傷つけ合います。

 

 

このように、「本来の敵」ではない、「表面上の敵」に向かわされる事に、ほとんどの人は気付いていません。

 

 

では、「表面上の敵」とは何だと思いますか?戦争の場合は「国」です。

 

 

一つの国でも一枚岩ではないので、「国 vs 国」の構図だけで見たら判断を誤ります。

 

 

歴史から無視されたストーリー

 

広島を例に、国と国との構図で考えてはいけない理由をお話しします。

 

原爆は「上空で炸裂した」とされています。ですが、その一方で「地上起爆だ」という説もあります。

 

どちらの説を支持するかと、よく聞かれるのですが、私はこの点はあまり重要だと思っていません。

 

広島の原爆については、ネット、書籍、体験者の話を色々聞いてきましたが、私が一番問題だと思っているのは、原爆が投下される事をあらかじめ知っていた人がいたということです。

 

 

『原爆は本当に8時15分に落ちたのか 歴史をわずかに塗り替えようとする力たち / 著者:中条一雄

 

 

いま一人は私の中学、高校で二年先輩の水田泰次さんだ。二〇〇〇年八月発行の同人誌の中で、やはり「広島で原爆が落とされることがわかっていた」と次のように書いている。

 

 

当時、小生は京大工学部冶金教室の学生でした。原爆が投下される三ヵ月前の一九四五年五月のある日、冶金教室の主任教授の西村英雄先生に突然呼び出されました。

 

 

先生によると、アメリカの学会から秘密裡にニュースが先生に送られてきて、当時原爆制作を競争していた日本より先にアメリカで成功したというのです。

 

 

そして、その第一回現地テストを広島で行う予定が決まった。できるだけ早く両親を疎開させなさいということでした。

 

 

水田さんは西村教授の忠告にしたがって、両親をすぐに広島近郊の廿日市に疎開させた。おかげで両親は原爆の被害にあわなくてすんだ、この西村教授の忠告は、今や想像もできないくらい奇想天外ともいえる機密情報だが、水田さんはこう言う。

 

 

「西村先生に呼び出された時、先生の横に原子物語の湯川秀樹教授が座っておられた。それで、てっきり湯川教授からの秘密情報かと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。西村先生がアメリカとの独自のルートを持っておられたようだ」

 

 

独自のルートで考えられるのは『もはや高地なし』の一節だ。原爆投下の約半年前の一九四五年初めごろから、一部の米学者の間から「原爆使用反対」の声が出て、その中心になったのがシカゴ大学の冶金研究所だった。

 

 

アーサー・コンプトン所長を中心に政治家や軍関係者に対し、さまざまな反対運動を繰り広げたようだ。その様子は「届かなかった原爆使用反対の声」という項目で詳しく紹介されている。(同書一一一ページから一一九ページまで)。

 

 

六月四日には「同研究所で対日原爆使用を阻止しようとして七人の科学者が会合を開いていた」とあるが、結局反対の声は通らなかった。

 

 

シカゴ大と京大、そして同じ冶金教室。冶金つながりに不思議な符号がある。学者の間では、あの戦時中でもスイスあたりを経由して、日米間でひそかに情報を交換していたという話もある。

 

 

終戦後、西村教授が亡くなったのち、水田さんは同教授のご子息に「生前、こんな話を聞いていましたか」と尋ねたところ、「そんな話は一切聞かなかった」という返事だったという。だが、水田さんは、今でも日米間の「冶金つながり」を信じている。

 

 

(187p)

 

 

これは2001年発行なので、ネットを使う人が少なかった時代に書かれた本です。著者も被曝しており、当時の状況が書かれていました。

 

 

3か月前に分かっていて疎開するなら、他のみんなに伝えていれば、もっと多くの人が助かったでしょう。

 

 

そして、そんなヤバイ情報を知る事ができた...という点が最も重要です。

 

 

この時代は、天皇、皇族以外の人間は「臣民=絶対的な君主に使える家来」という扱いだったので、現代のような「国民」ではありませんでした。

 

 

従って当時は、治安維持法や、国防保安法...といった、家来がお上に逆らえないようにする為の、法律が作られました。

 

 

⑭戦前戦中に国民を奴隷化した「国家総動員法」ができた経緯。参政党がHPから消した授権法について。

 

私が知らないだけで、他にもヤバい法律があると思います。

 

 

何が言いたいかと言うと、この時代、国が推奨する事以外の自由はありません。亡くなった祖母がよく「おばあちゃんらは、青春やなんかなかった」と言っていたのですが、そういう事です。

 

 

臣民が何かできる...という事は、イコール国が許している事だと解釈できます。

 

 

「情報の取り扱い」を少し間違えると、死刑になる可能性がありました。

 

 

そんな中、「敵側の情報」を受け取るなんて、ありえないわけです。アメリカの学会とやり取りしてただけで拷問、虐殺でしょう。当時の感覚では。

 

 

戦争を終結させる原因の一つになった爆弾の情報が、臣民である京大の教授が知っていて、それを臣民の学生に告げる。もし学生が拡散したら、「アメリカ学会」とのお付き合いがバレて、どんな処分を受けるかわかりません。

 

 

「鬼畜」認定していた国の情報を受け取り、それを学生に教える余裕がある...という事は、

 

このようなやり取りを、元から国は知っていて許していた...と考えるのが自然です。でないと無事でいられません。教授が知っている情報なら、国の上層部も知っていたでしょう。

 

また、大本教の教祖である出口王仁三郎は、第二次世界大戦や、広島・長崎の原爆を予言していたそうです。

 

 

...これは予告だと考える方が自然ですね。

 

 

...9.11同時多発テロに詳しい人なら、何故かあの当日、ワールドトレードセンターに出勤せずに難を逃れた人がたくさんいた...という話を思い出すのではないでしょうか。

 

 

一部の人だけ情報を貰って逃げた...としたら、被害者は同胞に見捨てられた事になります。

 

 

あの爆弾が投下だろうが起爆だろうが、広島で使われると日本人が知っていた事は変わりません。

 

 

原爆計画に例えわずかでも日本人が関わっていたなら、この戦争は「日本vsアメリカ」の構図ではなくなります。臣民の立場からすれば、誰と戦わされているのか...という話になります。

 

 

表向き戦争をしているように見えても、水面下では上層部だけ繋がっている...このような状態だったことを考えると、本当の敵はアメリカというですか?

 

 

...違いますよね。アメリカの国民でもない。

 

 

上の方で繋がって、国民に分からないように悪い事をしている人達が敵ですよね。だから、どちらの国も、戦争にのってはダメなのです。

 

 

「平和ボケ」とは戦いを避けることではありません。表面的に考えた気になって、浅い考えで安易に戦いという選択をしてしまう事、実力がなくても呑気に「勝てる」と思ってしまう事を言います。

 

 

そして、戦争という大きなイベントに気を取られて、気がついたら奴隷制度に侵食されてしまう事も「平和ボケ」です。

 

 

戦争に関われば、自らの立場を奴隷に落としてしまいます。その為、反対する必要があるのです。

 

 

戦争することも必要だ...と考えてしまうのは、「国vs国」の闘いの構図だけで物事を考えているからです。次回はこの解説をします。

 

 

カテゴリー
タグ

 

最近、敵が攻めて来るから、憲法を改正して、自分の国を自分で守れるようにしよう...と主張する人が増えました。

 

 

この「守る」というキーワードは、注意しなければいけません。「言ってる事」と「やってる事」が同じとは限らないからです。

 

 

戦前も「自分の国を守る為」「アジア解放の為」...という口実で戦争をしましたが、実態は侵略目的でした。

 

⑧大日本帝国に対する他国のきびしい評価と、共通する被害。

 

 

自分達の事しか考えていなかった情報が、いくらでも出てきます。最近、以下の話を知りました。

 

毎日新聞 終戦の8~9月、南樺太で朝鮮人の虐殺が多発 旧ソ連の新資料で判明

 

 

他国に迷惑をかけただけではありません。自国民も犠牲にして、コテンパンに負けました。

 

 

酷いのが軍隊の死因です。

 

餓死や栄養失調等による病死が、6~7割。

 

名誉の為に、上官に「死ね」と命じられたケースも多いです。

 

 

 

内訳を見ると、強制力のあるブラック労働で人が死んでるわけです。もし現代、どこかの中小企業が、同じような人の扱いをしたら、責任を取らないといけないですし、ボロクソに叩かれます。

 

 

敵を倒して戻って来れる実力がある兵隊に、「死ぬ」ことを強要するのは、人材の使い捨てです。もし、現代の労働現場でこんな事があったら、世間の目は厳しいでしょう。

 

 

現代の政治は、バックに外国勢力がいるという理由で、「国内の問題」を全て外国人になすりつけていますが、大日本帝国を動かしていたのは、(外国との癒着は見られるとはいえ)、一応日本人です。

 

 

日本人が国を運営したら、残念な結果になったのです。大日本帝国を越えるブラック組織は、この日本に存在しないと思います。

 

 

亡くなった人達の事を「英霊」とか「お国の為に戦った先人たちのお陰」と言って、褒める人は多いですが、その人達が、先人を死に追いやった原因である当時のブラック体制の問題を追及し、謝ったり、反省している姿を見た事がありません。

 

 

労働システムの欠陥として捉えた時に、無責任極まりないと思いますし、

 

 

「あれで問題ない、戦争だから仕方ない」...と甘い考えをしているなら、日本人は「組織を動かす能力」「戦争する能力」が低いということになります。

 

 

改憲して戦えるようになったところで、こういった日本人の特性は変わってないので、また同じ事を繰り返すだけです。また負けます。

 

 

本記事では、「戦う為に必要」という理由で、憲法改正する事がいかに馬鹿げているかと言う事と、戦ってもまた負ける理由をお話します。

 

 

情報に対する意識

 

何故改憲がダメなのかと言うと、改憲しても優れた軍隊を持っても、日本を守れないからです。

 

日本は既に情報戦で負けています。この部分で負けていたら、物理的な戦いも絶望的です。戦前がそうだったように...。

 

 

日本は情報の扱い方が、個人から国まで、なってないです。例えば、現在進行形でこういった政策が平気で行われています。

 

 

【要注意!!】万博IDを作らなければ『大阪万博』に入場できないことが判明 万博IDの作成には個人除法保護方針の同意が必要で、同意すれば個人情報を外国政府、協賛企業などに提供される仕組み

 

 

【河野太郎】マイナンバーカードの対面確認アプリの提供を開始すると発表 事業者のアプリにダウンロードし、券面をカメラで撮影 画像が中国などに横流しされる恐れ

 

 

内閣官房・警察庁・公安調査庁・外務省・防衛省がマイナンバーカードの危険性を政府に訴えていたことが発覚「個人情報を一括して盗まれ、悪用される可能性が否定できない」

 

 

LINEヤフー、個人情報の流出件数が51万件に拡大「LINEを禁止にしない政府はヤフーと共謀していると判断してよいと思う」「え〜本当に盗み取られたんですか? 個人情報を売買していたんじゃないですか?」「ワザとですよねこれ」

 

 

 

この手のニュースが多すぎます。

 

 

lineなんか平気で使うし、個人情報が流出する危険性があるマイナンバーをポイントにつられてとったり...もう、国民の情報は外国にダダ洩れだと思います。

 

 

こういった仕組みを作る国自体にも危機意識がありません。

 

 

国を守る立場の人達がマイナンバーを作られているかどうかは分かりませんが、彼らの情報はちゃんと守られているのか心配です

 

 

自衛隊員や警察官の情報が外国に流出しているとしたら怖い事だと思います。

 

 

命を守る情報

 

戦争に勝つためには、情報を上手く扱う能力が必要です。これができないと、勝てるものも勝てなくなります。

 

 

もし、日本が情報戦に強かったら、国民は誰もmRNAワクチンを打っていなかったことでしょう。

 

 

何故なら、日本が最初の一回目の接種をしたのは、外国より遅かったからです。日本が接種を開始したのは、2021年2月17日でした。

 

 

その時には既に、先に打ち始めた国から、悲惨な結果が沢山出ていました。例えば以下は、日本の接種が始まった少し後くらいに拡散されたドイツの情報です。

 

 

3か月のコロナワクチン接種を終えた結果

 

 

同じくドイツで製作されたドキュメンタリーです。

 

 

以下はだいぶ経ってからですが、他の国でも...。

 

ワクチン被害の真実

 

 

これらの動画から分かる事は、「他の医薬品」に比べて被害が深刻なのにも関わらず、どの国も解決する気がないということです。

 

 

アビガンや、ヒドロキシクロロキン、(後に小林製薬の事件)等、他の商品や企業だったら、ボロクソに叩いて使わせないようにするのに、コロナワクチンはどんな問題が起きても、打ってすぐに人が亡くなってもかばいます。この特別扱いは異常です。

 

新型コロナの治療法一覧

 

 

この時点で、普通の医薬品と同じような扱いになっていない異常性に気づかなければいけないです。

 

 

これらの情報を受け取って吟味して、止めようと思えば、止められたわけです。でも、「国を守る職業の人」は、それができませんでした。

 

 

「専門的な能力がない国民」が危険性に気がつかないのは仕方がないですが、「国を守る職業の人」が気づけないのは問題だと思います。

 

 

国会議員は実は知っているだろう...と考える人は多かったですが、意外と知らずに打ってました。立憲民主党の原口議員も被害に合いました。

 

 

地方議員はかなりの確率で打っています。

 

 

私や、私の周囲の人が、ワクチンを止める為に身近な議員を訪ねて話をしているので、その時に、地方議員のワクチンの認識は、だいたい分かりました。

 

 

そんな状態なので、当時から、一般の人達が危機を察知して拡散していました。

 

 

 

たかがワクチンの情報だろ?医療従事者でもない政治家や自衛隊が知らなかったからと言って、大したことないだろう...と思われるかもしれません。

 

 

ですが、ワクチンは国防問題なので、薬害情報に危機感がなく、対処できないというのは致命的と言えます。次にその理由を説明します。

 

ワクチンの危険性の情報を受け取れないということ

 

mRNAワクチンは、「遺伝子ワクチン」とも呼ばれています。

 

 

接種前から、動物実験でも問題があった...と、多くの専門家が警鐘を鳴らしていました。

 

 

しかし、こういった情報は、政府にもメディアにも無視されました。

 

海外でも同じような状況ですが、「関心を持つ人の数」は日本よりはマシで、以下のようになっていました。

 

 

 

これだけ健康被害や死亡者がでたら、普通なら国が動きます。次の被害が起きないように対処するわけです。

 

 

日本の例でいうと、2011年、ユッケによる集団食中毒が原因で、5人が亡くなった時は大騒ぎになり、生食用食肉の衛生基準が厳格化されました。

 

 

5人の死亡で対処しています。

 

 

うずらの卵による死亡事故でも世間は騒ぎました。

 

 

 

それらの件をはるかに上回る人数が、ワクチンによって亡くなっているのに、問題視せず、強引に継続すると言う事は、これは医療問題ではなく、政治問題です。

 

 

アメリカでも似たような状況ですが、凄いのは、ワクチンが生物兵器である事を指摘した人がいたことです。その人はリー・メリット博士といって、アメリカ海軍で外科医として働き、生物兵器の研究をしてきた経験があります。

 

 

以下は私が2021年に書いた記事です。日本で接種が本格化する前に、ハッキリと述べていました。

 

 

【副作用が酷い理由】アメリカ外科医協会の前会長リー・メリット博士が語るコロナワクチンの正体

 

 

かつて、関東軍防疫給水部(731部隊)が、生物兵器などの研究を行っていました。

 

しかし今では「日本軍がやった事」をすっかり忘れている人が多いので、生物兵器というものの存在にあまり関心がないのでしょう。

 

生物兵器の疑いがあるなら、情報源が外国人であっても、その意見には耳を傾けるべきです。大量破壊兵器ですからね。

 

だから、国防問題なのです。

 

大量破壊兵器 Wikipedia

 

 

大量破壊兵器または物理兵器とは、人間を大量に殺傷すること、または人工構造物(建造物や船など)に対して多大な破壊をもたらすことが可能な兵器のことを指す。

 

典型的には特に生物兵器、化学兵器、核兵器、放射能兵器の4種類を指すものとして用いられる(放射能兵器を核兵器に含めるとして3種類と数える場合もある)。

 

 

現在、日本だけで接種後に2000人以上亡くなっています。結果だけをみれば、人間を大量に殺傷しています。

 

沢山打ったから、数が増えるのは当然...という人がいますが、馬鹿げた理論です。

 

 

 

 

命を守るものだと信じて、多くの人が打ったワクチンには、以下のような問題があります。

 

●副反応、後遺症、死亡者が増えても継続

 

●接種推進に協力する方が儲かる仕組みを作る

 

●被害やリスクを隠蔽

 

●被害を訴えた人を攻撃

 

●被害に合った人を助けない

 

 

被害者ファーストではありません。誰の為の政策なのかと突っ込みたくなりますね。

 

人を救う気がないことは明白です。

 

 

日本政府は、生物兵器から国民を守ることができませんでした。それどころか、危険に晒しています。

 

 

頼りになる自衛隊員や警察官も、ほぼmRNAワクチンを接種しています。血管が詰まるリスク、突然死のリスク、発癌のリスクを抱えているので、早急に治療をした方がいいと思うのですが、そういった話は聞きません。

 

 

接種してしまうのは、「生物兵器」という認識がないから。「ワクチンは医薬品」という情報しかないからです。

 

 

大勢の人が亡くなっているにも関わらず、ワクチンが生物兵器だという視点を全く持てないのは、情報戦で負けていることを意味します。

 

 

世界中で打ってますが、日本は他国に比べると、回数を多く接種しているので、それだけ大きなリスクを負っています。

 

もっと人を大事にして欲しいです。日本は資源に乏しいので、人を守らなかったら終わりです。

 

この動画のコメント欄でも、「自衛官を大事にしてほしい」とか、「マスクを外してあげて」といった声があがっています。ワクチン程ではないですが、マスクの健康被害も大きいので、気を付けてほしいです。

 

 

 

 

そして、最近入ってきた話も大問題です。タイトルを見て怖いと思いました。

 

【前代未聞】防衛省、海上自衛艦の乗員不足解消のため、外国人の登用を検討していることが判明

 

 

自衛隊員や警察官や消防士がワクチンを打てば、薬害で弱ります。人が減った時、不足を外国人で補う事は、私は最初から予想していました。それに近い方向になりそうですね。

 

 

スポーツチームみたいな感覚で、国を守る組織に外国人を入れたら、スパイ活動されるかもしれない、寝返るかもしれない...と思わないのでしょうか?

 

 

今後はどの業界も、人不足の原因を考える時、「ワクチン死」も可能性の一つに入れておいて下さい。日本に比べると、他の国の方が危機意識が高いです。

 

 

 

最近、外国人問題を取り扱っているインフルエンサーが増えました。この人達がワクチンの問題を追及するかどうか見て下さい。

 

減った人を補うために外国人を入れるなら、その件とセットで、減った理由を追及するのが筋というものです。原因に目もくれないのだとしたら、本気で解決する気はないと考えています。他に目的があるのかもしれません。

 

情報や健康面の問題から、日本が負ける理由を説明してきましたが、次は、それ以外の理由についてお話します。

 

改憲しても日本が負ける理由

 

戦争をする為には、武器も大事ですが、情報、健康、食料、エネルギーが重要です。

 

 

戦中は、物資の不足で痛い目に合いましたね。今の日本はどうでしょうか。

 

 

食料自給率は低く、今年はコメ不足です。それ以外の物も、ジワジワ生産量が落ちています。

 

動物性タンパク源が高くなる理由

 

 

エネルギーは乏しいので、外国に頼らないといけません。

 

 

原発がいたるところにありますが、ここにミサイル打ち込まれたら終わりです。

 

 

そして、情報インフラの問題があります。

 

今年の通常国会での「NTT法廃止」は見送られたようなので、とりあえず安心ですが、油断はできません。

 

 

昨年のNTT法一部改正の附則第4条に、「NTT法廃止を含め会社の在り方を検討し、令和7年の通常国会に法案を提出する」と書かれているので、そうしたい気持ちはあるはずです。

 

現行のNTT法(日本電信電話公社が民営化された1985年に成立)は、第4条に、政府が常時1/3以上の株式を保有するよう義務付けられています。

 

ですが、もしこの法律が廃止されると、撤廃され、社長も外国人が可能になります。

 

 

自衛隊も大半の通信設備をNTTに委ねているので、外資が多く株を持てば、情報インフラを外国にコントロールされることになりかねません。

 

 

要注意です。

 

 

最近ではこんな話もでてきました。

 

 

中国は日本の電力を遮断できる!?

 

 

これが本当だったらヤバイです。電気が止まれば、病院、水道、交通機関も止まるので致命的と語られてます。

 

 

それだけではなく、日本を取り巻く環境にも問題があります。

 

改憲したら敵国条項があるので、よけい危険になります。

 

 

 

...このように、負けるの条件のデパートです。

 

改憲を訴えている人達の正体

 

今の日本は、戦争に勝つために必要な、健康、食、エネルギー、情報...これらを壊したり、売ったり、不利になるような事ばかりやっています。

 

 

それと同時に、改憲を叫ぶわけです。戦争を出来るようにしようと。

 

負ける為の準備をして、整ったから、戦争の為に改憲するつもりでしょうか?

 

mRNAワクチン接種推進をはじめとした日本弱体化政策を行っている人達の多くが、憲法改正を訴えています。この意味をよく考えた方がいいです。

 

もしこの状態で戦争したら、確実に玉砕します。

 

合理的な判断ができず、感情論に走るのも負ける理由

 

負ける条件が揃っていても、根性があれば何とかなるんだ!最後は人が残っている。一億玉砕火の玉だ!...と、

 

昔のように頑張っても、「負ける理屈」が同じなので、また失敗するだけです。

 

 

世の中には、やる前から結果が分かっている勝負というものがあります。賢い人は、日本の条件では、戦ったら負けると、すぐに悟るはずです。

 

 

それを「精神力で乗り切ればなんとかなる」と考えるのは、合理的判断ができないということです。戦いのセンスがありません。

 

 

昔の日本人も非効率な事を考えていました。一部、賢い人はいたようですが、「周りと異なる意見」を言える空気ではなかったようです。

 

『ヒロポンと特攻 太平洋戦争の日本軍 / 著者:相可文代』

 

兄弟と同期だった和田稔

 

「海軍反省会」で、鳥巣健之助が模範的な犠牲的精神の特攻兵として持ちあげた和田稔は、岩井忠正の「回転」隊の同期である。忠正にとっては特別な思い出のある人物だった。

 

和田は東京大学から海軍に召集され、特攻を志願して「回転」隊に配属され、忠正と同期になった。年齢は忠正より一歳下だが、常に成績が主席の優等生で、リーダーだった。

 

あるとき、居室で仲間たちとくつろいでいるとき、忠正はふだんから言ってみたかったことを口にした。

 

世間では大和魂だとか敢闘精神だとか軍人精神なんてギャーギャー言っているけど、戦争は結局は物理力と物理力のぶつかりあいじゃないか。そんな観念なんかで勝てるわけないさ。もしそんなもので戦争に勝てるんだったら、ちょっとその念力で、この茶碗をひっくり返してもらおうじゃないか。そんなこともできないのに、何が大和魂だ。な、そうだろう?

 

(『特攻 自殺兵器となった学徒兵兄弟の証言』)

 

この忠正の放言に、同期生の近江哲男はおもしろがって同意したが、同期のリーダーだった和田は、「おい、遠山、そんな話はするな!」と、たしなめた。おもしろがったのは近江だったので、遠山巌もむっとしていた。

 

忠正はこれ以上はまずいと思って話をやめた。しかし、自分を直接たしなめるのではなく、奇妙なかたちでたしなめた和田に対しては反感が残った。

 

数日後、忠正は魚雷艇を受け取りに、和田と大津島(山口県)に行った。大津島の士官食堂のこの日のメニューは、光基地では食べたことのない「すき焼き」だった。

 

同級生ともひさしぶりに会えて、二人とも先任将校への到着の報告をすっかり忘れていた。翌朝、朝食のとき、先任将校から到着の報告がなかったことをとがめられ、二人は鉄拳制裁を受けた。帰りの船のデッキで二人になったとき、突然、和田が忠正に話かけてきた。

 

「おい、岩井、貴様がこのあいだ遠山たちに話していたことだがな、じつは俺もそう思っているんだ」

 

忠正は和田が同意したことに驚いたが、あのときの和田の注意のしかたに対する反感はまだ残っていた。

 

(306~306p)

 

 

 

物理力と物理力のぶつかりあい...は、当たり前のことです。これすらも分からない、考えさせない、言えないようにするなら、当時の人は、戦いに必要な知能を持っていないことになります。

 

 

また、このような当時の軍隊を賞賛する現代の人も賢くないです。

 

貴重な意見を無視

 

日本人が情報の扱いが下手なのは、今に始まったことではなく、昔からです。「良い情報」が手に入ったとしても、全く生かさず無駄にする人が多いです。

 

 

当時、闘う前から、日本が負ける事は予測されていたそうです。それを無視して押し切って、負けました。

 

 

『愛国者の条件 昭和の失策とナショナリズムの本質を問う 著者 / 半藤一利 戸高一成(2006年12月4日 初版発行)』

 

第七章 再軍備を語る前に知っておくべきこと 半藤一利

 

日本が持つ致命的な弱点

 

 

反三国同盟トリオの一角、井上成美が対米英戦争の直前に、絶対にアメリカと戦ってはならない理由を箇条書きにし、上層部に突きつけたことがありました。どう転んでも日本に勝ち目はない、その理由は次のようなものです。

 

 

イ、米国本土の広大さ。政治的にも占領不可能

 

 

ロ、首都攻略も不可能

 

 

ハ、米軍事力の殲滅不可能

 

 

二、米国の対外依存度の低さ

 

 

ホ、海岸線の長大さ。海上封鎖も不可能

 

 

へ、カナダ・メキシコと陸続きであり、海上封鎖不可能

 

 

 

これは極めて常識的な内容で、上層部にとっては、「そんなこと十分わかっておるわいという気持ちだったのでしょう。そして「それでもやる以外にないのだ」「戦争はやってみなければわからないのだ」というのが彼らの結論でした。

 

 

ただ、この井上さんの指摘が面白いのは、全く別の点にあります。よくよく考えてみると、この六つの条件をひっくり返せば、そのまま日本の致命的弱点になるのです。

 

つまり、国土(特に平野部)が狭く、海に面した首都の攻略も簡単で、軍事力の殲滅も可能。しかも食糧から戦略物資まで資源に乏しく、対外依存度が高い島国であり、海上封鎖によって決定的なダメージを与えることができる。

 

 

すなわち、地政学的に考えたとき、日本は現在もなお、とても国家総力戦に耐えられる国ではないのですね。

 

 

もちろん、この弱点はこれから先もずっと変わることはありません。自衛隊を軍に変えようと、あるいは自前の核兵器を持とうと、ほとんど意味がないのです。いま何やら勇ましいことを言っている人たちは、やはりあのときと同じように「それでもやる以外にないのだ」「やってみなけりゃわからんのだ」と答えるのでしょうか。

 

 

太平洋戦争や日本海軍が残した教訓はそれこそ山のようにありますが、あえて最初にこの井上さんの言葉を持ってきました。

 

 

(158~160p)

 

 

シュミレーションできていたのに、対策せず負けたのです。イージーミスです。

 

「良い食材」が手に入ったのに、材料を使わずに腐らせてしまう料理人みたいなもんです。

 

 

 

戦争の失敗を考える場合、太平洋戦争だけ考えるのは不十分です。

 

さらに遡る必要があります。

 

戦争を時系列で振り返る

 

菅野完氏が動画で「十五年戦争小史」という本を、数回に分けて読んでいるのですが、日本が負けた理由がよく分かります。

 

何年何月に何が起こったのか...といった「起きた事象」だけを元に、あの戦争の本質に迫っているのが特徴的です。余計な意見や感想に振り回されないので、歴史の勉強をつまみ食いしかしてこなかった人に見て欲しい動画です。

 

 

 

 

Ⅰ.満州事変

 

第1章 大日本帝国

 

第2章 十五年戦争の発端

 

第3章 戦線の拡大

 

第4章 上海事変と満州国

 

第5章 排外主義と軍国主義

 

 

 

 

 

第6章 国際連盟脱退と熱河・河北省侵攻

 

Ⅱ.華北分離

 

第7章 非常時

 

第8章 満州帝国

 

第9章 華北分離工作

 

第10章 準戦時体制

 

 

 

 

Ⅲ.日中戦争 第11章 日中戦争の全面化

 

第12章 日中戦争の行き詰り

 

第13章 東亜新秩序と第二次世界大戦

 

第14章 日独伊三国同盟

 

第15章 日米交渉

 

第16章 対米英蘭戦の決定

 

 

 

 

Ⅳ.アジア・太平洋戦争 第17章 開戦と緒戦の勝利〜第18章 連合国軍の反攻

 

第19章 大東亜共栄圏

 

第20章 中国・満州・朝鮮・台湾

 

第21章 日本ファシズム

 

第22章 戦線の崩壊

 

第23章 ポツダム宣言と原爆投下

 

第24章 降伏

 

私は陰謀論的な見方もするので、「表向きのストーリー」だけでなく、「裏の事情」を考えるクセがあるのですが、この本の内容を知ると、深読みするのがアホらしくなってきました。

 

そんな高尚な戦い方だったとは思えないからです。

 

日本人ってここまで仕事できなかったのか...と、かなりショックを受けます。こういう人達が同僚だったら、仕事が回らないだけでなく、余計な用事が増えそう...。

 

この実態なのに、「日本人は素晴らしかった、他の民族より優秀だ」と言い張る人が多いので、目覚めてほしいと思います。この手の広告を繰り返し見ると、信じる人が増えそうです。

 

 

証拠や証言が新鮮な80年前の事ですら、恥ずかしげもなく装飾する人達は、それよりさらに昔の事は、記録が不十分なのをいい事に、もっと盛っている可能性があります。

 

 

菅野氏は以下の動画で、日本人が悪だったという意見も「美化」の一種だと言ってますが、その視点はなかったです。

 

悪ならまだ救いがあって、ただアホだったとのこと...。

 

 

 

本当の「愛国者」とは負ける戦争を二回目やらない為に手を尽くす事だと思う...と言っていたのが印象的でした。

 

 

アホだった...で思い出したのが、条約をよく読んでなかったという話です...。

 

『愛国者の条件 昭和の失策とナショナリズムの本質を問う 著者 / 半藤一利 戸高一成(2006年12月4日 初版発行)』

 

東京裁判で露見した国際条約を読んでいなかった首脳部

 

あまり日本人の悪口めいたことを言うのは気が進みませんが、太平洋戦争がどういう戦争だったのかという認識について、当時の首脳部にひとつ大きな誤りがあったことを指摘しておきます。

 

 

極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判において、日本が問われた罪は大きく二つに分けられます。

 

ひとつは昭和三(一九二八)年の不戦条約違反。

 

 

そしてもうひとつが大正十一(一九二二)年の九カ国条約違反です。

 

 

ちなみに九カ国条約というのは、ワシントン海軍軍縮条約の席上、中国の権益を守るためにアメリカ・イギリス・オランダ・イタリア・フランス・ベルギー・ポルトガル・日本、そして中国の間で別に結ばれた条約、対華関税条約・同門戸開放条約のことでして、要するに中国で勝手なことをやってはならん、という条約なんですね。

 

 

ところが東条英機さんは、東京裁判で九カ国条約違反について追及されると、「エッ?」なんて言って、どうもよくわかっていないらしいんですよ。

 

 

これは一国の指導者としてまったく情けない話で、日本人というのは自分が結んだはずの国際条約でさえよく読まないんですね。

 

 

よく読まないままサインして、あとで突っ込まれることになる。日本人に外交センスがないなんて話は、もうこの「条約を読み込む」という時点から落第点なんです。

 

 

だから、たしかに東京裁判は一面ではインチキな裁判なのですが、少なくとも不戦条約と九カ国条約の違反に関しては責められて当然のことであったのです。

 

 

(170~171p)

 

 

気をつけたら防げるレベルのミスが多いです。

 

玉音放送の内容も、初期の設定変わってるとのこと...。

 

 

 

 

 

失敗をお手本にする人達

 

戦略的撤退が出来る人は、能力と強さがあります。

 

 

失敗する条件が揃っているのに、それが分かった上で闘おうとする...これは強さでも、カッコよさでもありません。

 

 

戦争で亡くなった日本の兵隊は、闘いよりも、飢えと病気で亡くなった人が6~7割でした。

 

上手くやれば生きて生還できる可能性がある人でさえ、名誉のために「死ね」と命令していました。

 

...こんな戦い方をする時点で大失敗です。しかし、もっと問題なのは、その軍隊に憧れる現代の人達です。

 

 

自己啓発系の動画や本では「成功したければ、成功している人の行動を真似しましょう」と語られています。

 

 

ですが、戦前回帰を望む人達は、大失敗した「愚かな戦い」や、「社会システム」を、もう一度再現したいと思っているのです。

 

 

せめて反面教師にしてくれと言いたくなります。

 

 

「成功したければ、成功している人の行動を真似しましょう」説をベースに考えると、

 

「失敗したければ、失敗した人の行動を真似しましょうと」...言う事になります。

 

 

負けた方法や、失敗をお手本にしている限り、日本は何度でも負けるでしょう。

 

 

改憲して戦えるようになっても負けるので、国民にとってのメリットはです。

 

それだけでなく、人権を失うような内容になっているので、国民に良い事は全くありません。

 

 

カテゴリー
タグ

 

 

戦前回帰を良い事のように語っている人が増えたので、それがいかに国民にとってマイナスであるかを、数回に分けてお話しています。

 

 

日本国憲法と戦後の日本の良さについて考える

 

 

過去記事を読んでいただければ、一部の人達が、「国民にとって毒性の強いもの」を、「良い事」であるかのように見せかけていた事が分かります。

 

 

参政党もそうです。

 

 

彼らは「日本人ファースト」をキャッチコピーにしています。この言葉をそのまま受け取れば、国民の事を大切にしているように見えます。

 

 

しかし、実際の行動を見ていると、「治安維持法」を彷彿とさせる「スパイ防止法」を作りたいと言ってみたり、「国民総動員法」と似ている「授権法」をHPの政策例に載せたこともありました(後に削除)。

 

 

どちらも国民にとっては有害なのですが、「良い事」のように感じる人もいると思います。

 

 

しかし、「スパイ防止法」や「授権法」の中身を知ったら、「何故参政党は、こんな国民にとってマイナスな事」を考えているのだろう...と疑問が湧くはずです。

 

 

今後も似たような事は続くでしょう。

 

 

本記事では、参政党が「日本人ファースト」と言いながら、国民の立場を危うくするような政策を考えるのは何故なのか、考えてみたいと思います。

 

 

天皇を中心に社会を動かす戦前・戦中の社会システム

 

参政党が「国民にとって不利益な政策」を掲げるのは、不思議でもなんでもありません。むしろ、当然の事です。

 

 

それは「参政党の軸になっている考え方」を見れば、最初から分かります。

 

 

よく、参政党は考えをコロコロ変える。その時々でウケそうなネタを語り、票を集めるので、信念なんてないんだ...と言う人がいます。

 

 

しかし、そんな参政党が、唯一変えない事があるのです。

 

 

それが天皇を中心とした国家にする...という考えです。綱領の一番最初に書いてあります。

 

 

参政党公式HP 参政党について

 

 

 

綱領とは、政治団体、政党の対策・方針・主義主張を(箇条書で)示したものです。

 

 

「天皇」について冷静に考えようとすると、戦前は「不敬だ」と言って、それ以上考えを続ける事を許さない雰囲気がありました。現代でもその影響は残っており、思考停止になる人は多いです。

 

 

従って、ここでは「天皇」に注目せず、シンプルに「誰か一人を中心にして社会を動かすシステム」について考えてみましょう。

 

 

一つにまとまる...とは、「みんなが同じ考え、同じ行動を強制される」という事を意味します。「一つに」とあるので、「それ以外の考えや行動」は否定されます。

 

 

違いが認められず、「パワーバランスが強い方」に従わざるを得ないので、偏っており、異なる要素が統一感を持って、バランス良く組み合わさっている状態を指す「調和」とは真逆の状態です。

 

 

乱暴な発想なので、後ろに「平和な国を」と書いて、マイルドに見せかけようとしてますが、誤魔化せません。

 

 

「自由な考えを奪われた状態」や「誰かに、考えや行動を強引に決められる状態」は、奴隷みたいなものです。その状態を「平和」と名付けるのは適切ではありません。

 

 

「天皇を中心にしてみんなが一つにまとまる」事を良しとする人は、強力な縦社会を好む傾向があり、「上下関係」が考えの基礎になっています。

 

 

トップを絶対的な存在とする考えだけで終わりません。上を立てる為には、下の存在が必要です。その為、下の存在を求めるようになります。

 

 

そして、日本式縦社会には「下の者に対しては、横暴にふるまっても構わない」...という暗黙の了解があります。天皇中心の国だった戦前、戦中があからさまでした。

 

 

このような社会を理想としている以上、「下っ端の意見は無視していい」...という発想になっても不思議ではないのです。

 

 

底辺だと位置づけた人に対して、舐めた態度をとったり、イジメることもあります。

 

 

その歪んだ考えは、その人が他の事を考える時にも滲み出てきます。

 

 

その一つが、「考えの異なる仲間」に対する横柄な態度です。

 

 

縦社会至上主義と服従精神

 

一つの答えだけが正解で、それ以外はダメだ...とする考えを強く持っている人は、普通の人以上に上下関係を重視して生きています。

 

 

観察していると、「上の立場の人間」に必要以上に媚びたり、「下の立場の人間」を粗末に扱う傾向があります。

 

 

人間の尊さに、上も下もない...と思っているタイプの人は、人を崇拝する事に否定的ですが、

 

 

縦社会を基準に生きている人は、「力のある誰か」に服従する習慣が身についているで、「人を崇拝する事」にも抵抗がありません。

 

 

特別扱いするようになると、「この人の悪い部分は絶対見ない」...とか、「この人の批判をするのは許さない」...みたいな考えになります。それを人に押し付ける場合もあります。

 

 

私は権力、支配、コントロールが嫌いなので、表面上はどんなに良い人でも、その人からこういった「権力への執着や憧れ」が滲み出ていれば、感じ取ってしまいます。

 

 

「他の面」が良くて、話が合っても、この性質はやっぱり引っかかります。その人の事が嫌いになるわけではないですが、どこか壁を感じます。

 

同時に相手も、権力・権威の良さに共感しない私に対して、壁を感じているでしょう。

 

ヤメ参

 

 

参政党が一番最初に掲げている綱領である「先人の叡智を活かし、天皇を中心に一つにまとまる平和な国をつくる。」...は、「究極の縦社会」です。

 

 

言葉ではそこまでハッキリ書いてはいません。しかし、「天皇中心=縦社会」なので、「お上には逆らってはダメ」...という「隠れた本音」がセットで潜んでいます。

 

 

だから参政党という組織の中が、そういった世界観になるのは当たり前です。ここまでご理解いただけましたか?

 

 

さて、「ヤメ参(参政党を辞めた人の事)」の人達が語る参政党に裏切られたエピソードには様々なものがあります。

 

 

例えば、「言っている事」と「やっている事」が違うとか、カネを取り過ぎだとか、縛りが多くて独自に動けないとか...。

 

 

投票したい政党がないから自分達で作ってみた。DIYだ...とうたっているから入ったのに、実際は全然DIYできない。

 

 

説明から逃げる、謝罪しない、反省がない...など、「政策」よりも、「党の独裁的な性質」に嫌気がさしている人が多いみたいです。

 

 

 

 

 

参政党が絶賛している戦前・戦中の日本社会では、ヤメ参のエピソードがかわいいと思えるくらい酷い話が満載です。

 

 

④証言を元に、大日本帝国の軍隊のイジメがいかに酷かったか考える。

 

 

⑪外国人問題を煽る投稿に要注意。100年前の日本で起きた虐殺事件と向き合う。

 

 

上の記事のような世界観を理想としていれば、党内で理不尽な事が起きるのは当たり前です。

 

 

矛先

 

参政党の人達は、戦前・戦中に日本がやってきた非人道的な事を、「悪くなかった」「そんなことはしていない」「日本を悪く言う人は愛国心がない。反日だ」と言い張る傾向があります。

 

 

ヤメ参の人は、参政党を辞めた後、「騙された」とか、「独裁的だ」とか、「謝罪も反省もない」等と言っています。

 

 

そのヤメ参に対して、参政党は、「自分達は悪くない」「辞めた本人に問題がある」「批判してくる人は工作員だ」等と言っています。

 

 

...これ全部、被害者が違うだけで、同じ構図です。

 

 

参政党で理不尽な目に合ったなら可哀想です。

 

 

しかし、他国を侵略し、虐殺をしても「悪くない」と言い張る神経の党に入ったということなのです。

 

 

被害に合う前は、組織と一緒になって、「叩く側」にいたかもしれません。ですが、何かトラブルがあって、党から「見下す対象」だと認識されたら、「叩かれる側」になるわけです。

 

 

自分にはその矛先は向かないだろう。誰かを叩ける...と思っている人は、その矛先はいずれ仲間にも向くと構えておいた方がいいでしょう。

 

 

単純な理屈で、日本人が過去外国人に対して悪い事をした証拠があるにもかかわらず、「悪くない」「謝らなくていい」と、無かった事にするのが許されている組織だからこそ、仲間に酷い事をしても「謝らなくていい」となるのです。

 

 

誰かに対して非人道的な事をしている組織に入ると言う事は、そういう事です。

 

 

結局、権力者の為に動く

 

 

「縦社会」や「独裁社会」を理想とする人は、権力が大好きです。

 

 

力がないうちは、下手に出て、仲間を集めますが、力を手に入れると態度が一変します。

 

 

3年前の参議院選挙の時の事。参政党は当選前はワクチンの問題はハッキリ主張していませんでした。一部の人を除き...。

 

 

選挙対策の為、「バッシングの対象だったワクチン」を封印するのは、戦略として理解できます。

 

応援している人達は、今は仕方ないと思っていたので、そこは突っ込まないようにしていました。当選したら、ワクチンの問題を訴えてくれると思っていたからです。

 

 

しかし、神谷氏が当選して国政政党になっても、大きな変化はありませんでした。

 

 

この2022年の時点で、既に多くの人が亡くなっていたのに、神谷氏はそれを知りながら、高齢者が自分の判断で必要なら打ったらいいと言ったのです。これはショックでした。

 

 

 

 

 

選挙の時にワクチンの事を言わなかったのは、戦略ではなく、

 

神谷氏は、元々本気でワクチンに反対していなかった事が分かりました。

 

他の場面でも言っています。

 

 

 

 

危険性を訴えながら賛成もする...みたいな、紛らわしい事をする人は、神谷氏だけではありません。

 

 

参政党には、ワクチン薬害は分かっているはずなのに、推進している人達も混ざっているようです。

 

 

 

 

 

ワクチンが危険だという情報を知らなくて打ちました...の場合は、医師の「能力」に問題がありますが、

 

 

危険性を分かっていて打つ...のは「倫理観」に問題があると言えます。

 

 

 

 

 

他にも、後でコロっと言う事が変わった話はあります。

 

 

 

 

元参政党に関わっていた武田邦彦先生の証言です。

 

 

 

 

「どっちとも取れるような行動」をとる動機ですが、実は「権力者の利益」の為に動いていると考えれば納得です。

 

 

そのことがよく表れている話をします。

 

国民にとって不利益な政策だらけ

 

権力を崇拝していると、権力を守ろうとする思いが、言葉や行動から滲み出てきます。

 

 

ここでいう「権力」とは、「自分達の組織の権力」だけでなく、「国の権力」も該当します。

 

 

参政党の松田学氏はマイナンバー推しです。マイナンバーは、中央集権型の国家にする為の重要な政策です。

 

 

 

 

憲法に対する考え方も、「国民寄り」ではなく、「権力者寄り」になります。

 

 

以前は、それを全面に押し出しませんでしたが、勢力が大きくなるにつれ、少しずつ本音を出すようになりました。

 

 

参政党は改憲派ですが、緊急事態条項には反対しています。

 

以下は2022年に広島で行われたタウンミーティングの様子。

 

 

 

緊急事態条項とは、次のようなものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参政党は表向きには、緊急事態条項反対と言っていますが、安心はできません。支持する人や親しい人を見ると、そうでもないようです。

 

 

高市氏は緊急事態条項賛成です。

 

 

 

 

こんな感じで、嘘も多く、言うことがコロコロ変わるので、初期から反ワクチンの活動をしている人はガッカリすることも多いです。

 

 

最近出た参政党の改憲案もかなり問題視されています。

 

 

参政党は「改憲」の事を、「創憲」と言ってイメージを良くしようとしていますが、本質は同じです。「アルバイト」の事を「クルー」と呼ぶようなものです。

 

バイトをクルーと呼ぶ「まやかし」今野晴貴さんが見抜く悪い言葉遊び

 

 

 

 

極端な批判もありますが、みんなそれだけ、国民の人権が脅かされると、ザワついているのです。

 

 

独裁を受け入れる人の心理

 

戦前回帰を望むのは、天皇を中心にした大日本帝国型の社会を望んでいると言う事です。帝国時代の日本では、国民は「臣民(=家来)」と呼ばれていました。

 

 

天皇中心の国にしたい人は、基本的に「独裁システム」を愛しています。

 

 

「自身が推す人」以外の独裁は嫌がるのですが、「推し」による独裁には喜びます。支配して下さいと言わんばかりです(WHOの独裁には反対し、天皇中心は賛成という人は多い)。

 

 

このような世界観では、トップが一番偉くて、その取り巻きも「偉い人の一部」として、崇拝の対象になります。

 

 

天皇がトップになれば、天皇の周囲の人達の立場もセットで高くなります。

 

 

「上の者には従え。下の者は蔑ろにしていい」...といった究極の縦社会では、階級が上になればなるほど良い思いをします。その代わり、下になればなるほど地獄です。

 

 

この世界観が根底にあれば、神谷氏や参政党に限らず、誰でも、どのグループでも、似たような動きになります。

 

 

そして、このような考えを元に動く社会は、平和にはなりません。「戦争」にはならなかったとしても、「支配と搾取の社会」になるからです。

 

 

我々国民は、「戦争」だけでなく、「支配と搾取の社会」も警戒する必要があります。

 

 

参政党ばかりを例に出して申し訳ないのですが、国政政党になる直前から観察していて、矛盾が露骨なので、取り上げさせていただきました。

 

 

でも、参政党だけではありません。

 

隠しきれない本音

 

参政党を辞めた人でも、「参政党の理念や政策」に共感していた人は、心の中に支配、コントロール、権力欲が潜んでいます。

 

 

そうではない人もいますが、割合は少ないです。

 

 

時々、「自分より下だと認識した相手」を見下したような態度をとったりしています。

 

 

元参政党だった吉野敏明氏もこの傾向があります。現在は誠真会のトップです。

 

 

参政党時代は、神谷氏と共に、我々は違う意見を排除するつもりはないから、言いたい事があれば話し合いたい...みたいなことを言っていました。

 

 

 

 

その際に「絶対論破できない、勝てるわけない、勉強量が絶対違う」等といって、小馬鹿にして2人で笑っていました。

 

 

こんな事を言えば、実際に行く人がでてきます。

 

 

 

 

今では考えられない2ショットですが、「どーぞ、どーぞ、かかって来なさい!」のポーズが決まってます。

 

 

 

 

 

実際に議論しに行った、つばさの党の黒川敦彦氏は、応じてもらえなかったみたいです。

 

 

威勢のいい事を言って逃げるなよ...と思いますが、

 

 

それよりも、「違う意見を持っている人」に対して、まだ議論もしていない段階から、「見下した態度」が平気で取れることの方が問題なのです。

 

 

 

 

動画で証拠が残っているのに、平気で約束を破る神経も凄いです。

 

 

...もっとも、下品で強引な行動をする黒川氏にも問題があるので、どっちもどっちな感じもしますが、「見下されたら、こういう扱いを受ける」...という例を残してくれたので、その点は評価できます。

 

 

もし黒川氏が真面目に抗議に行っていたら、参政党が逃げた事が際立ったはずです。

 

 

いくら「正しい主張」をしていても、態度が悪かったら、「こんな人なら、粗末に扱うのは仕方ないよね」と、「逃げた相手」の方に世間の同情が行くので、やはり、私が常日ごろから言っているように、言い方、態度は大事なのです。

 

 

逃げるとは、議論に参加しない事だけではありません。論点をズラすのも「逃げ」の一種です。

 

以下は2025年6月の街宣で、質問者に対して吉野氏が答えている場面なのですが、ズレています。

 

 

 

 

 

若者相手にオコのよしりん「か、か、官報」と広まる不安感

 

 

吉野氏は改憲派なのですが、その中身を見て見ると、戦前回帰を望んでいる事が分かります。

 

日本誠真会の主張する憲法論(真正護憲論)について

 

 

参政党から離れても、根本的な部分や、性質は似ています。

 

 

吉野敏明 既読スルーに説明拒否 未確認で公表して牽制

 

 

吉野敏明 警察署に電話の呼びかけ・アンチコメント誘導

 

 

ワクチン関係では、吉野氏は良い情報を発信されていたのですが、戦前回帰を望むとなると警戒しますね。

 

 

「小さな支配欲」は、立場とともに雪だるま式に大きくなるので、その性質がある人は、いつ態度が変わっても不思議ではないのです。

 

 

最近は堂々と態度を変えている参政党

 

 

こちらは、つい最近の鵜川氏の投稿です。

 

 

 

 

神谷氏は散々講演会などで勉強しているので、ワクチンの危険性は分かっているはずです。

 

それなのに、国民を守る行動に出ない理由はなんでしょうか?愛国者なのにです。

 

 

神谷氏が本気で国民を守ろうとしない理由は、彼の過去にヒントがあるかもしれません。

 

 

神谷氏が参政党を立ち上げる前のお話です。

 

 

 

 

籠池氏の証言です。菅野氏と電話で会話しています。

 

 

 

 

以下が最近の動画。

 

 

 

 

動画のネタになった神谷氏のxです。

 

 

 

 

 

 

 

 

以下は切り抜きでない元なので、長いです。

 

 

 

 

 

 

言っている事と、やっている事

 

二枚舌も騙される原因です。

 

 

ワクチンパスポートを反対しながら、免疫パスポートを普及させるという政策を見た時は、私の周囲の人は引いてました。

 

 

 

国民の味方のようなアピールをしていますが、免疫パスポートは支配・コントロールしたい側が喜ぶ政策です。

 

 

一見、国民の事を心配している態度をとりながら、行動は権力側と同じ流れを行く。

 

 

彼らの語る愛国心が薄っぺらく感じるのは、そういった矛盾があるからです。

 

 

日本人ファースト、愛国心...こういった言葉を使ってますが、彼らが本当に大切にしている対象は何なのか、よく考えた方がいいです。

 

 

 

 

 

日本国憲法と戦後の日本の良さについて考えるに続く

 

 

カテゴリー
タグ